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【エッセイ】たった一つの正解を

 物欲に駆られている。具体的には、服が欲しい。

 高倉はこの春から現場が変わり、インフラ設備の構築、運用保守の仕事をしている。オフィスワークも勿論あるが、構築した機器の納入、故障した機器の交換等、ちょっとした運動を伴う作業が定期的に発生する。つまるところ、軽率にスカートを履けない。
 職場にそうと強いられたわけではないのだが、スカートは履かない方が何かと都合がよさそうだった。保守作業は機器の故障が判明したら適宜入ってくるわけで、場合によってはその日のうちに急に決まることもある。スカートでは急な対応ができない。職場からは作業着のジャケットとズボンが貸与されているので、急な作業の時には着替えたらいいだろうという気もしたが、他の作業員は大体ジャケットを羽織るだけで済ませていてズボンまでは履き替えない。高倉だけにズボン履き替えタイムが発生するのは聊か合理的でない。
 毎日パンツスタイルで出勤、が最適解なのだと分かっている。しかし高倉は今まで、スカートを履いているから辛うじて見れる状態のクソダルダルファッションで凌いできたので、「パンツスタイル?スカートをパンツに履き替えたらいいだけじゃん」とはいかないのだ。そうするとあまりにもラフでダルでモサい。可及的速やかに、新しいファッションスタイルを導入する必要がある。

 パンツスタイルってどうしたらいいんだろう。「オフィスカジュアル パンツスタイル」で画像検索して先人の知恵を借りても、Kindleでファッション誌を漁ってみても、どれが自分に似合って似合わないのかがピンとこない。SNSのファッション情報を浚っていると、定期的に骨格診断を勧められる。途方に暮れるあまり、生来の骨格なんて見る影もない程度のデブの分際で「骨格診断……診断されるしかないか……」と血迷いそうになる。
 そもそも、世の中にあるいずれかの服が「自分に似合う」と信じていることがおこがましいのかもしれない。豚に真珠、猫に小判、身の程をわきまえた方が良い。ある程度の清潔感が担保され、品性を欠かず、作業に支障が出ない程度に快適に着ることができる服装ならば何でもいいと知るべきだ。
 ひとつ、たったひとつでいいから、そういうコーディネートに到達したい。ファッションにおける正解が一つじゃないことは承知だが、高倉はそのうちの一つが分かればそれでいい。あとは、同じ形の服を五着買っておけば、一週間の着回しに困ることはなくなる。同じ形の同じ服で同じ格好を、毎日続けるだけでいい。

 かの有名なApple創業者、スティーブ・ジョブズは毎日同じ服を着る人だった、というエピソードはあまりにも有名だ。世の中の意識高い系と呼ばれる人々は、だいたいスティーブ・ジョブズの敷いた道を我が物顔で歩いている。
 スティーブ・ジョブズ曰く、毎日同じ服を着ることで決断の回数を減らすことができ、より精度の高い決断を下せるようになるらしい。毎朝服を選ぶ、その選択で消耗される精神がある。それをもっと違うことに温存しておけよという話だそうだ。成程、合理的だ。

 スティーブ・ジョブズは、あの正解の形にどうやってたどり着いたのだろうか。黒タートルネックにジーンズというスタイルは、彼に大変に合っていた。きっと色んな服との出会いを経て、「うん、これだな」と決定したに違いない。
 その過程を、是非とも今後の参考にさせて頂きたい。ということはつまり高倉が読むべきはファッション雑誌でも骨格診断サイトでもなく、スティーブ・ジョブズの伝記だったということか。

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