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泣く人と泣かない人

 泣く季節真っ盛りだ。
 今泣かなくて、いつ泣く。

 勿論、卒業式のことだ。
 これまでの歩みや思い出と、これからの不安や希望とがぜになって涙が溢れる。
 悲しみというよりも嬉しさや安堵による涙。

 卒業する本人ならまだしも親の立場でも同じような感情に襲われる。これは何なのだろうか。

 しかし、涙が溢れてチラリと周囲に目をやると、泣く人と泣かない人がいる。中には笑っている人までいる。どちらかといえば女性は泣いて男性は泣かないイメージだが、男の中には痩せ我慢もあるだろうから、実際の感情は見た目通りでは無いだろう。この違いは何なのだろうか。

 アスリートのインタビューでは、喜びに涙する選手でも、一旦カメラを避けて涙を拭いながら、すみませんなどという。流れるに任せて涙ボロボロになりながらインタビュー受けたりはしない。これは何故だろうか。


 そもそも何故泣くのだろうか。

 ハードコンタクトレンズを使っている私は、目に異物が入って痛くなると涙が出る。これはきっと涙の本来の機能だろう。異物を洗い流すという機能だ。
 涙が出たことによって起きる現象から考えて見よう。
 涙が出ると、視界が霞んでよく見えなくなる。この状態を解消するために瞬きをしたり目を擦ったりする。目を擦ることを促す為に涙を出すのだとすれば、目の中に入ったゴミを排除する以外に目になにか入っている事を他者に知らせる役割か。
 視界を遮るためだとすれば、見たくないことの表れか。
 瞬きの方は、これがワイパー効果だとすればより良く見るためだ。

 何れにしても、泣いてる人がいたら人が気にする。注目する。どうしたのと声を掛けようとする。つまり共感しようとする。
 これだろうか、涙が出る理由は。
 共感してほしいということか。それが進んで、共感している事を他者に示すということか。
 そうだとすると、男性に比べて女性の方がよく泣く理由に通ずる。
 男はなるべく考えていることを知られまいとし、女は知ってほしいと共感を求める。こんなステレオタイプな解釈が全てに当てはまるわけもないが、生物としての性質や行動の傾向だとすれば、あながち外れているともいえまい。

 ちなみに私は、周囲からは泣かない人に分類されているが、実は涙もろいのだ。

おわり

▼号泣必死▼


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