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【読後想】『フーガはユーガ』★★★★☆

 空想と現実の間には大きな溝がある。
 だから二つの世界は交わらない。

 人はどうして空想をするのか。
 例えば、宝くじがもし当たったらという空想は誰もがしたことがあるのではないだろうか。一億円手に入ったらあれを買おう、これもいいかも、でも半分は貯金しておいたほうがいいか、なんて実際には起こらないことをあれこれ考える。そんなとき人は、どうしょうもなくだらしない顔をしているのだろうけども、途方もなく楽しいのも事実だ。
 つまり空想は楽しい。

 夏休みの宿題で読書感想文が苦手だったけれど、感想でも書評でもなく、想ったことを勝手に書き留めるだけなら出来そうだということで記録する読後想。

***

 彼の紡ぐ物語は空想小説だと思っている。
 現実を模した舞台で繰り広げられるからどこか現実と錯覚しがちであるが騙されてはいけない。現実に似て非なる空想の物語だ。
 しかし人類に空想が必要だったように、物語は現実以上に現実を表してもいる。

 そんなわけで今回私が選んだのはこちら。

伊坂幸太郎(著)、『フーガはユーガ』(実業之日本社文庫)

 本作では空想が複雑に入れ子になっている。

 読んでいて空想と現実の境界線が分からなくなったと思ったら、あなたは騙されている。騙されるというのは言葉が悪いかもしれない。マジックショーの手品を見せられて騙されたと言う人はいないだろう。
 好んで騙されるのだから、「ほほぅ」などと言いながら筆者の空想劇を褒め称えるのが正しい鑑賞の仕方だ。
 
 本作で舞台となっている状況は登場人物たちにとって、空想にしては残酷だ。どこまでが本当か分からないのは良いとして(どうせ空想なのだから)、なぜそのような過酷な状況に置かなければならなかったのか。救いを際立たせるためなのか。人の本質が現れるのは過酷な状況下だと言うのか。
 でもそういった蘊蓄うんちくは、実はどうでも良い。
 あなた自身の現実の、その対極にあるはずの空想世界に身を委ね、現実と空想の境界線を見失うことにこそ価値がある。

 という訳で私の評は★★★★☆。
 星4つだ。

 作者のファンならいざ知らず、目を覆いたくなる描写のシーンもあって、読む人を選ぶ作品かも知れない。
 もし途中で描写に嫌悪感を抱いたとしたら、あくまで空想のお話だと割り切って読み進めると良いだろう。人体切断のマジックと同じだと言い聞かせては如何だろうか。

 この物語が空想に終わらないのは、現実の世界が完全ではないのと同じように、描かれる空想の世界が完全ではないからだ。完全でないどころか、1億円を夢想する前に宝くじすら買えないような物語。
 そんな世界でも人には絶望以外の何かがあると気づく。絶望の中で希望を探す旅こそが人が生きるということ。生きていれば、良くも悪くも何が起きるか分からないものだ。

 意外にも、読後感は晴れやかだ。

おわり

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