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活きろ、そなたは美しい

夫が最近、財布の管理に目覚めた。
いや、私が、目覚めさせたのかもしれない、間接的に。

そもそも、結婚してから十数年は、私が財務省としてお金をやりくりしていた。
ふるさと納税も、医療費控除も、貯金も、車検も、食費も小遣いも。
得意かと聞かれたら、もうこれが苦痛で苦痛で仕方なかったが、財布の紐が緩すぎる夫に任せておいたら破産すると、義母からもきつくおおせつかっていたのである。

しかし、3年前、確定申告にミスがあり、『更正の請求』なるものをしなくてはならなくなって、なんとかそれをクリアしたものの、私は突然、何もかもが嫌になった。
よくよく考えたら、ふるさと納税も「豪華な果物」案がちょいちょい却下されるのに、どうして申請だの請求だのの仕事は私なのだ、よこせよシャインマスカット!

それで一切のあれこれを投げ出したことで、我が家にはふるさと納税の返礼品が1年ほど届かなくなった。
あの美味かった肉は?鮭は?もう届かないのかえ?
お歳暮が届かなくなったかつての重役みたいな顔するのやめて。

夫は、重い腰をあげ、我が家のふるさと納税は復活した。

まぁ、それが引き金になったかは分からない。
それとも義夫の調子が悪くなったことがきっかけだろうか。
今までお金に無頓着だった夫は、自分の納税額や貯蓄額の管理に急に目覚めてしまった。
暇さえあれば、YouTubeから何かを学び、運用がどうの、NISAがどうのと細かくなり、家庭のお金を管理し始めたのである。

最初はとても有り難かった。
面倒な申請も計算もやってくれるのだ、私は、届いた三ヶ月待ち絶品ハンバーグなどを焼けばいい。天国。

問題は、私がキリギリス体質だと言うことである。

いや。普段は貧乏性なのだ。
セブンカフェ70円クーポンに歓喜するほどには慎ましく生きている。
だが。
楽しいと思えることにお金を惜しむ傾向があまりない。
それは、ユニバの年パス然り、文フリ参戦然り。

先日。
美しすぎるウクレレに出会ってしまった。
ものすごく高かった。今持ってるウクレレ4本は買える。
先生が「弾いていいよ」とおっしゃるものだから、弾くだけはタダ、なんて思った私がバカだった。
音色が、ウクレレから私の心臓に一回入って、他の臓器を巡った後、またウクレレの穴から出ていった。
「んな…っ!」
と言った私に、先生が「一本一本手作り、合板じゃなく単板やで」と囁く。

初めて知ったが、単板の音色は別格、らしい。
「いやでも、私にはまだ、こんな高級品は弾きこなせない」
と、そう言ったら
「いい楽器は、弾くことが楽しくなるから、上達が早まるんやで」
書くと、押し売りの雰囲気っぽいが、実際の口調は、楽器を愛してやまないうっとりしている口調だったのがさらに好ましさを爆発させる。

「一度、家に帰って考えます」
そう言ったものの、あの臓器が震えた高揚感はいつまでも私を魅了した。
撮らせてもらったウクレレの写真をもとに、製作者を調べてみる。
すると、茨城県の工房で作っているというではないか。

茨城県出身の私は震えた。
「はるばる私に会いに来てくれたの?」
シリアルナンバーをみた。
私の生年月日と娘の生年月日のアナグラムみたいになっている!!
ここまでくると、もはやこじつけなのだが、私は、このウクレレとのご縁がいかに強いかを、己にプレゼンし始める。
あの美しいウクレレを買うということは、つまり生きた金を使うということ。
私のへそくりが今まさに、命を吹き込まれようとしている。
これぞ私の活き活き人生。
ー活きろ、そなたは美しいー
突如、アシタカが私の脳内に降臨した。
(出典 もののけ姫)
この段で私はもう購入を決めている。


財務省の座を自分から夫に明け渡してしまったことを悔いた。
くそう、シレッと購入してしまいたい。
しかし、お金の動きに鋭くなっている夫の目を誤魔化し切ることは難しい、何より、家でかき鳴らすのだ、コソコソするなど不可能。
元々、私が楽しむことに文句を言うタイプではないのであるから、まぁ怒られることはないにせよ、値段が値段である、できれば、シレッとスルッとサラッとやり過ごしたい。

数日悩んだ。
その悩んでいる私を見透かしていたのだろうか。
あるニュースを観ていた夫がまさかの「アリとキリギリス」の話をし始めたのである。
「キリギリスみたいなのはダメだよ、やっぱり蓄えておかないと」

キリギリス体質を痛感している真っ只中の私に、今。
「いや、明日死ぬかもわからんのに、蓄えだけしてるというのもね、どうかね」
弱々しいディフェンスである。
「でもさ、今死なずに、蓄えなくて死ぬってどうなの」

…でっ、でもさ、キリギリスはさ。別にアリの仕事の邪魔をしたわけでも博打や詐欺をするでもなく、なんならバイオリンの音色を届けて癒してあげたりしてたわけよ、なのに、冬になったら「お前が悪い」って外に締め出すアリ、酷くない?
つーか、外に締め出して死亡させた後、自分らの食糧にしようって魂胆だな、良質なタンパク質だもんなキリギリス!

いや。リアルな昆虫の話してねぇよ。
そう思ったので、言わなかった。

しかし、今、キリギリスについて責めるのはやめてくれ。
私は、あいつの生き様は嫌いじゃない。
キリギリスはバイオリン一本を大切に抱えてひと夏を駆け抜けたのである。(※私の読んだ絵本)
それは、裸の大将のおにぎり。
それは、釣りバカ日誌浜ちゃんの釣竿。
それは、フーテンの寅さんのトランク。
彼らは生き生き輝いているじゃねぇかこんちくしょう!

全く責められていないのに、なぜか高まる私の反骨心。夫、いい迷惑である。
そして、どういうわけかもわからず、不機嫌に繰り出される
「ウクレレを買おうと思っている」という嫁の発言。
アリとキリギリスの話は今じゃなかった、と、何かを悟った夫は
「いいんじゃない?いくらぐらいなの?」と優しい口調で言った。
つい、今のウクレレ2.5本分ぐらいの値段を言った。
「ええー、結構するねぇ!」
と言われて、今更4本分とは言えなかった。
追い討ちをかけるように
「頑張ってるんだし、いいんじゃない?そろそろ楽器もステップアップって感じなんでしょ?それだけの値段だったら、ますます楽しくなるね」
ああ、エイプリルフールは過ぎたばかりだ。
私は、半笑いで「へへへ…」と返した。

そうして、真実は闇に葬られたまま、新しいウクレレは我が家にやってきた。
あまりにも美しい音色に、私は、今までの倍の時間を練習に費やしている。
暇さえあれば膝にのせ、なんならそのままの姿勢で昼寝まで。

5月の文フリ東京に遊びに行きたいという夢はそっとしまった。
「やっぱり高いウクレレは違うねぇ」という夫の仏のような顔に両手を合わせ、次の文フリ大阪へ向けて、パート代を少しずつへそくってはニヤけているのだが、「子供のために」とコツコツしている母のそれと趣が違いすぎているので、死ぬ間際には「我が人生に一片の悔いなし」と書き残そう。


「NISAの枠増やしていい?」
そういう夫に、ウクレレの音色を聴かせる私。
典型的なアリを前に、キリギリスの私は、冬に良質なタンパク質にならないよう、今、密かに『家族に優しくしよう運動』を開催中である。



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