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ツーベンリッヒは嘘をつく

 スカーバッカス、通称『スカバ』
 生徒たちが、連日「もう飲んだ?」と囁き合う。
「私、昨日行ったんだけど、お店が開いてなかった」
「え、私は先週ついに入れたよ」
「そうなんだぁ。私、あの味が忘れられないのにもう行けないのかなー?」
 どうやら、その日によって、入れる客と入れない客がいるらしい。
「まっすぐ家に帰りなさい」と生徒たちに指導している手前、そのスカバが一体どんな店なのか、気になって仕方がないのだけれど聞き出せずにいる。飲み物を提供しているのは間違いなさそうなのだが、基本的にグループで入れるようなカフェではないらしい。
 聞き出せない理由はもっとある。生徒と友達みたいな先生になるのはまっぴらごめんだし、流行りのカフェに興味があると思われるのもとても癪なのだ。フォトジェニックだとはしゃぐ生徒を、心底バカにしていると言っていい。
 でももはや「スカバ」と聞くだけで、高鳴る胸を抑えられない。

 どうしても気になるので、さも「興味はないのですがこれも仕事」という顔つきで学年主任を務める川村先生の席まで行って思い出したように聞いてみることにした。
「近頃生徒が夢中のスカバって、どこにあるんでしょうね?一度見回りに行った方がいいと思うのですけれど」
 川村先生は、私が尊敬する距離感でもって生徒と接している唯一のお方だ。凛とした佇まいに謎の貫禄、推定年齢45歳、いや、もうちょい上なのだろうか、それにしては肌に艶がある。少し白髪の混じった髪の毛は綺麗に束ねられて丁寧さと几帳面さを伺わせる。メガネの奥から見つめる瞳は常に冷静、ピリリとした言葉づかいは常に厳しさを感じるが、時おり宿る優しさを湛えた光が、木漏れ日のように瞳の奥でチラチラ輝く。どうやら川村は旧姓。噂だと、ドイツ人の旦那様がいて、ハーフのご子息が度肝を抜く美形らしい。
 おっと、好きが過ぎて個人情報まで漏らしてしまいそうだ。実は、私は川村先生を追って高校教師となった。正直言って、生徒に興味は全くない。

「ああ、スカバ。あれは、店が客を選んでいるから大丈夫ですよ」
 彼女は、含みのある笑顔でそう答えて、さらに付け加えた。
「私も、高校生の頃一度だけ入れたことがあります。懐かしい」
「はぁ…? でも、うちのクラスの子達は頻繁に行っているようです。このご時世、変な薬を売りつけるような輩もいますし、店が客を選ぶとは一体?」
「安心していいですよ、温厚なカバさんがいるだけです。おっと、カバって言ったら怒られるんだった、ふふふ」
 川村先生が遠い記憶の映像を脳内に映し出して口元を押さえながら笑っている。珍しく嬉しそうに笑う彼女をみて、一瞬惚けてしまったが、いや違う。スカバの説明には全くなっていないし、温厚なカバってなんなのだ。
 いつも、的確に答えてくれる川村先生の回答に、私のスカバの謎はますます深まるばかり。

  🦛 🦛 🦛

「ツーベンリッヒ。今週は何人の生徒を救ったの?」
「救っただなんてとんでもない。話をじっくり聞いただけ」
「それが難しいのよ。ところでツーベンリッヒに会いたがっている子がまだいるけど」
「うーん。基本的に18歳までにしてほしいわぁ。大人って頭が硬くて苦手」
「あら、私、大人って言った?」
「わかるわよ、ワタシはツーベンリッヒよ?」
「これはこれは、失礼しました、ふふふ」

  🦛 🦛 🦛

 柔らかな湯気が、ツーベンリッヒの頬をなぞっている。
 チョコレート色、艶やかで清潔感ある肌は、今日の健康状態を示している。耳は今日もよく動くし、目なんかビー玉みたいに光っている。少しだけ口を開いて、歯の色を確かめてから、鏡に向かってニッコリした。
 洗面台に溜めたぬるま湯で顔を洗ってから、全身に満遍なくクリームを塗ると
「ツーベンリッヒ、今日のあなたって最高」
 鏡に向かって一言伝える。ツーベンリッヒのルーティンだ。

 ツーベンリッヒは、昔昔、大昔の記憶を葬った。毎日「このカバ野郎」と罵られた過去を。両親から、兄弟から、同級生から、勤め先から、あらゆるところで罵られた。
 あまりに理不尽な毎日に、生きることをやめたいと願ってしまった。
 その願いを聞き入れようとしたのが、ツーベンリッヒだった。ややこしいので、ここは神様としておこう。

 ツーベンリッヒになる前、深い深い眠りに落ちた日だ。
 ずんぐりとした白い巨体が話しかけてきた。
 巨体はカバによく似ていたけれど、肌がビロードのように艶めいている。
 ああ、これがあの有名なフィンランドのトロールか…と朧げに思ったが口には出さなかった。
「このまま死んでもかまいはしない。でも残念ながら、君には『人を救う』適性がある。世の中を憎んでこのまま死ぬか、感謝をされて生きるか考えてみるといい」
「感謝をされる?ワタシが?忌み嫌われてきたというのに?」
「人間はね、その時々で気付けないことが多すぎるんだよ。ただそれだけ」
「私の何に気付いてもらえたら、感謝をされるようになるというのですか」
「君自身も気がつかなければいけない。自分の適性に。私の名前をあげよう。君は今日からツーベンリッヒ。人間はね、相手が何者なのかいつも探っているからね。「君は何者か?」と問われたら、ツーベンリッヒと答えるといい。きっと納得してもらえるよ」


 病院のベッドの上で目が覚めると、ツーベンリッヒはカバになっていた。
 あの、神様のツーベンリッヒと似ているような、似ていないようなカバだった。
 妖精の要素がほとんどない、まごうことなきカバの自分に、それでもツーベンリッヒは驚かなかった。ようやく、自分らしく生きていいのだと信じることができたからだ。
 鏡をのぞいて笑った。
「今日からワタシはツーベンリッヒ」

 不思議なことに名を名乗ると、大概の人はその容姿に納得した。
 街中を、二足歩行するカバに出会ったことがある人は、驚いたり写真を撮ったりする前に、きちんと名前を確認するべきだ。もちろん自己紹介をした上で。
「ワタシはツーベンリッヒ」
 きっと全て納得出来るのだが、それはツーベンリッヒに会ってみないと伝わらないだろう。

  🦛 🦛 🦛 

 本日のスカバも盛況だった。
 とはいえ、おしゃべりしているのは、ツーベンリッヒとそのお客様のみの静かな店内。
「ツーベンリッヒ。親ガチャって知っている?私、多分それに外れた」
「ツーベンリッヒ。好きな人がいるの。だけどその人は違う人が好き」
「ツーベンリッヒ。本当は学校が嫌い。今のグループで笑う自分が大嫌い」
 ツーベンリッヒは、諭さない。話を聞きながら、巨体の割に小さな耳を頷くようにプルプルと動かしながら、メニューのないドリンクを作る。
 ある時は、とても華やかな色で、クリームの乗ったもの。
 ある時は、暖かい透明な、混ぜるとキラキラするもの。
 コーヒー色の甘くて悶えるもの、抹茶色の苦くて涙が出るのに懐かしいもの。氷の音が鈴の音のように響くもの。
 話を聞きながら作るので、「レシピは頭にないの」とツーベンリッヒは言う。
 そうして、ドリンクを出す時にツーベンリッヒは必ず言うのだ。
「あなたはとても良い子。最高よ。誰がなんと言おうとそれをワタシは知ってる。だってワタシはツーベンリッヒなんだもの。だけどね、誰かが気づく前に、あなたが気が付かなきゃいけない」
「……嘘つきなツーベンリッヒ。だって私、最低だもん」
 もちろんツーベンリッヒは、そんな一面があるってこともお見通しだ。
「あら、最低な自分に気づくのは早いのね。最高を見つけるのは難しい?」
 ツーベンリッヒが笑うと、お客はそっと飲み物を口にする。
 その時、客が至福の顔をするのをみると、ツーベンリッヒの尻尾は思わず跳ねる。


  🦛 🦛 🦛

「川村先生、高校生の時、一度だけスカバに入れたって言ってましたよね?その時からスカバってあったんですか?」
 私の質問に川村先生は優しく笑うだけだ。

「あんまり気になっているようなので、一度一緒に行きましょう」
 川村先生にそう提案されたのは、スカバのことを聞いてから1週間ほどした頃だった。連日、いろんな言葉も含めながら「スカバ」を検索しても、ネット上にヒットしない。今時そんな店が存在するのだろうかと躍起になって、生徒の後をつけてみたりもしたけれど、そういう時に限って生徒はまっすぐ帰宅してしまったりする。
 なんなのだ、この知る人ぞ知る感。くすぐってくるじゃない、どんなに並んででも入ってみたい、自慢じゃないけど休みの日のカフェ巡りは県を跨いだって行っている。
 小さなカップの大きな宇宙。たった1杯のドリンクのために施される店内の装飾。もちろん、美味しい食べ物があるのも嬉しいけれど、私はもっとこう…ほんの休憩、ほっと一息、カップいっぱい分の癒しのために作られた空間が好きなのだ。
 スカバ、なんて3文字に略される店名からして、ちょっとチェーン店を想像してしまったけれど、チェーンどころかネットにも上がらず、それなのに恍惚の表情で「スカバへ行った?」と囁き合う生徒。
 あんな子供に、カフェの真骨頂がわかってなるものか、おとなしくアイスをシェイク状にした飲み物を、ハンバーガーと一緒に啜るがよろしい。

 そんな私の様子を見かねてか、川村先生に誘われた時には、飛び上がるほど喜んでしまった。
 道中、川村先生を質問攻めしてみたが、彼女は「行ったらわかります」の一点張りで、それよりも定期テストについてですけどね、などと仕事の話に持ち込もうとするので、私は必死に質問を続けた。
「カバって言ってましたよね、スカバのカバってダジャレですか?カバって本物見たことあります?私、子供の頃に動物園に行ったこと思い出しても、そういえばカバの印象薄くって。実は私、本物ちゃんと見たことないんじゃないかなぁ?」
 首を捻る私に、川村先生は真顔で言う。
「カバの印象が薄いだなんて、あなたも変わっていますね」
…え?そうだろうか?カバってそんなにメジャーな動物だっけ?

「さて、ここです。行ってらっしゃい。私は後ろで待ってます」
 着いたのは、緑で覆われた店だった。いや、緑というか、蔦で覆われている店だ。
かろうじて、ドアの周りだけ蔦に覆われていない。グリーンカーテンというよりは、鬱蒼としていると言っていい。こんなに鬱蒼としているなら、この近辺を歩いているとき気になるはずなのに、こんなにこんもり森みたいになっている店を初めて見た。
「こんなん前からありました?」
 振り返ると、もう川村先生はいなかった。確か後ろで待つって言ったけど、一体何の後ろなのだろう?
 首を捻りながら、もう一度ドアをみる。
 確かにそこには「SCAR BACAS」という文字が木目の板に金色で書かれていた。
「これ、開いてるの?」何となく口に出しながらドアのぶを引いてみる。思いの外すんなりと開いた扉の奥に目をやると、2本足で立つカバがいた。
 カバが…いた。
「カッ……!!!」
この私の驚く顔と、「カッ」に続く文字を想像するクイズを出したら、大抵の人は河童に遭遇したと思うのではないだろうか、だけど、そんな架空の生き物なら、リアクションは
「…カ…?」がきっと正しい、カバよカバ!2本足のカバ!!
 私は目を見開いて固まった。
「ほらだから、18歳以上は嫌だって」
カバは鼻から少し息を吐き出すと「ワタシはツーベンリッヒ。あなたは?」
そう聞いて微笑んだ。

 不思議なことに、ツーベンリッヒと名乗られると、何だか途端に落ち着いた。何だろう、昔々から、まるでその存在を知っているような気分になる。
「私は、あの…後藤です、後藤琴音です」
「琴音。良い名前。鞠子から聞いてるわ、ワタシに会いたがってるって。あなた、鞠子の元教え子ね?頑張ってるんでしょ、仕事」
 カバに会いたがった覚えはなくて、カフェを飲みたがっていたのだけれど、それは口に出さないでおく。そういえば、カバって言ったら怒られるとも言っていたな。
 そんなことを思いながら、質問に答える。
「いや、川村先生が好きだというだけで、生徒は全然好きになれないし、仕事そのものも大して好きじゃないんです。頑張ってるように見えるなら、それは評価が欲しくて必死なだけで。なんていうか、生徒には「可もなく不可もなく、印象にもない」先生なんだと思います、私」
 口に出していうと、途端に虚しくなった。ツーベンリッヒの耳がプルプルと動いている。それを眺めながら、つい続ける。
「川村先生みたいになりたいと思ってたんです最初は。私を救ってくれたから。だけど、やっぱり、あの集団で動く生徒たちをみていたら、ゾッとしてしまうことの方が多い。嫌いなんだと思う、あの子たちが。うわ、最低だな、先生と名乗る資格はないかも」
 ツーベンリッヒは、馬鹿みたいに巨大な手を、信じられないほど器用に動かしながら、コポコポとお湯をポットに入れている。何も答えない。
「助けになれないのなら、せめて印象に残らなくてもいいやって。授業をうまくこなして、そこそこ平均点出せてたら、世の中は攻めてこないでしょう?」
 まるで、動物園のカバみたいに、印象に残らずに、あたかもおっとりしているように振る舞っていればいい。私の心の中がどんなに荒んで暴れ出したら誰にも止められないやつだとしても、それがバレなければなんとなく愛嬌のある動物だと思っていてもらえるのだ。
「あら、カバの生態に詳しいの?」
口に出していないはずなのに、ツーベンリッヒがまるで心を読むように聞いた。ビー玉みたいな目は、それでも私を責めていない。
「いや、あの、何となく、川村先生が温厚なカバって言ってたのを聞いてつい調べたっていうか」
「あら鞠子、ワタシをカバって言ったのね?んもう」
 ツーベンリッヒは口の端で笑いながら、くるくるとカップをかき混ぜて、そっと私の前に置いた。
「でもやっぱり、あなたはきちんと人の話をいつも聞いてる。わからなければ、そうやってすぐ調べるのね。きっと生徒さんの話す様子もよく聞いてるんでしょう?この店のことを知ってしまうぐらいに。いつも、たくさんの人を気にかけてるんだわ。あなた、きっと良い先生よ。誰が何と言おうとワタシは知ってる。だってワタシはツーベンリッヒなんだもの」
 くすぐったくなるような褒め言葉。お世辞だってわかってる。
「ありがとう、嘘でも嬉しい。けど、良い先生はないない、むしろ最低に近い」
「あら、最高のあなたを知ろうとしてないのはあなた自身よ」
ツーベンリッヒは、語気を強めるでもなく当然のことのように言った。これ以上反論したところで、飲み物が冷めてしまうだけかもしれない。
 だから私は、そっと、ツーベンリッヒの差し出したカップの中を見た。

「黄色…?」
一瞬コーンスープに見えたけど、何だか甘い香りがする。トロミがあるように見えるそれは、カップを持ち上げると軽やかに波打った。まるで黄金の海のようだった。
 湯気が頬を優しく包んでくれる。それは何もかもを許してくれる優しさがあった。
 あの日、自分を守るために吐いた暴言を、敵を傷つけるために暴れた私を、母親より辛抱強く、驚くほど理解しようと懸命になってくれた川村先生と同じ気配だった。
 息を吹きかけながら、ひとくち口に含む。
 クリームのように甘い、けれどほんの少しチョコレートのような苦味が追ってくる。甘さはあっというまに口に広がったかと思うとサッと消えて、鼻に抜ける少し青臭い、でも爽やかな香りだけが後味に残った。ちょっと青春時代と呼ばれるものを思い起こさせる。
「これ、紅茶?コーヒー……?」
「レシピは頭にないの、だから、そう、次にこれを飲める日は来ないわ」
ツーベンリッヒは、嬉しそうに笑うと、ビー玉みたいな目をウィンクさせた。

 コンコン

 もう2度と飲めない。そう聞いて、終わってしまうのが心底名残惜しかったその飲み物の最後の一口を飲んだところで、ツーベンリッヒがギリギリ1人入れるカウンターの後ろの扉がノックされた。
「あ、鞠子が呼んでるわ」
 ツーベンリッヒは、くるりと後ろを向くと、ハーイと返事をして言った。
「あなた、もう大人だし、秘密は守れそうね?よかったら我が家へどうぞ」
 我が家?
 鞠子?
 え、ここって、川村先生の自宅なの?後ろで待つってそういうこと?
 スカバに入った時と同じ顔をしながら扉を見つめる私の顔をみて、ツーベンリッヒは愉快そうに笑った。
「あなたのそういう、くるくると表情変わるところ、生徒に見せてあげれば良いのにって、鞠子はよく言っているわよ」


「川村先生の旦那ーーーーーーー!?」
 本日、3度目の驚きである。
「ごごご、ごめんなさい、あの…カバと婚姻って可能なんですか?っていうか、そもそもツーベンリッヒはオス…いや、男性なのですか、私てっきり…」
 天使のような、しかしドイツ人とのハーフではなく、完全に日本人であろうご子息が「パパー!」と言いながら、ツーベンリッヒの背中に乗った。もう身長も結構あるけど、ツーベンリッヒの巨体に乗ると、まるで幼児に見えるあどけない表情の少年だった。「スクスク育ちました」という言葉がピッタリしている。
 カバの要素ゼロ。いや、見目麗しすぎて将来が心配になる男前ぶりである。小学校ではさぞやおもてになっているのではないだろうか。
 川村先生は、学校とは全く違うリラックスした砕けた表情で笑った。
「ツーベンリッヒって、自分で好きでカバになってるの。だから人間の姿に戻るのは簡単なのよ。だけどね、彼、なんていうか、息子を見てもらったらわかるけど、世間が放っておかない容姿なのね。カバでいる方が、最高の生き方ができるんですって。あとね、神様に寄せてるんだって、ふふふ」
 言いながら、嬉しそうにツーベンリッヒの背中に飛び乗るご子息の背中を撫でる。
「ほら、ツーベンリッヒにココアを入れてあげて、やけどに注意よ」
「まっかせて」
 嬉ししそうに笑ってキッチンへ滑り込むご子息は、やっぱりため息もののご尊顔である。
「ちょっ、ツーベンリッヒが、あの子に似た超絶美形ってことですか…?」
 なぜカバに。なぜカバに。なぜカバに。
 私の疑問は、どうやらダダ漏れになっているらしい。
 ふたりは、ご子息に目をやりつつ、そっと顔を見合わせた。
「時代がね、ツーベンリッヒの存在をゆるし始まったみたい。あなたが生まれるもうちょっと前。想像してみて。目を疑う容姿な上に言葉遣いも女性的。しかも家は代々続く名家と呼ばれるお家柄。両親どころか兄弟からも気持ち悪いと罵られてね。しかも繊細、気弱でのんびり屋。家業を継ぐ器はないと責められて。「おかま」と「馬鹿」を掛け合わせたのか、毎日「カバ野郎」なんて呼ばれてね」
「ちょっと待ってくださいよ、時代が許したのなら人間に戻れば良いじゃないですか、今なんて、受け入れ放題受け入れられますよ、むしろ受け入れ口が間に合わないほど、魅力がダダ漏れするんじゃないですか!」
「落ち着いて」
 ツーベンリッヒはクスクスと笑い、川村先生は、困ったように眉をハの字にさせて笑った。
「そんな男前、世間に出てもらったら、私が心配で生活できないかも」
 川村先生のまさかの独占欲。人類皆に公平でありそうな川村先生が男前を独り占め。意外な一面を知ってしまった、川村先生がそこまでいうならカバでも良いのかもしれない。そんなことを思っていると、ご子息がココアを運んできた。
「ママは、カバのパパの方が好きなんだよねー。ええと、ヒトメボレって言ってたよ」
「ちょっと、恥ずかしいから人前でそんな話しない!んもう、ツーベンリッヒが言ったのね?」
「あら、本当のことでしょう?」
 ツーベンリッヒは笑いながらココアを飲んだ。さっき、ツーベンリッヒの飲み物をいただいたばかりだからと遠慮をしたけれど、その飲み方が本当に美味しそうで、ココアを辞退したことをちょっと後悔した。だけど、ううん、やっぱりあの後味と、あの空間の余韻をもう少し残したい気もする。
「ところで、一度しかスカバに入ったことないって言ってましたよね?どうして結婚の流れになるんですか!?」
「それは秘密」
「ええー、もうここまできたら、全部教えて欲しい、もう驚かないし!」

 ツーベンリッヒは、隠れ家みたいなカフェで、本当の自分の姿をカバに隠して今日も飲み物を作ってる。うまく入店できるかは、誰もわからない。
 ツーベンリッヒが人間の姿で生きられる日が来るのか、誰も知らない。
 彼が嘘つきかどうかは、スカバに入った人だけがわかること。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

橘鶫さんが、Xにてリクエスト受付をしていた。
鳥で有名な鶫さんが、実はどんな動物でも、なんならキャベツも花束も描けるということを、鶫さんの追っかけをしている私は知っている。
それで今回、私がゾウの次にリクエストしたのは「カバ」でした。
どうやら私は大動物にワクワクするのです。
気になるでしょう、羽を繊細に描き上げる鶫さんが描く、カバの皮膚感や表情!

そうして描いてもらったカバは、私の想像を上回るカバでした。
ファンタジックでユーモラスな表情、ちょっぴりセクシーさも感じさせる。
なぜでしょうか。この絵を見たときに「ツーベンリッヒ」という名前だけがすぐ付きました。頭にポンっと浮かんだのです。
なんの響きかわからなかったけど、とにかく彼はツーベンリッヒでした。
どんな物語になるかはわからなかったけど、どうしてもツーベンリッヒについて書きたい!ってなったのが今回の物語。
これが、絵に書かされるってやつなんだと思います。
ぐふふ、めちゃくちゃ楽しかった!!

長くなってしまいましたが、ここまで読んでくださってありがとうございます。
なんでもありの物語、時々描くのって本当に楽しいです。またいつか機会があれば!

ちなみにここは、期間限定だそうです。
急いで堪能してくださいませ!
(もっと早くここを紹介したかった、ギリギリすぎる私…!)


1月某日マイ誕生日、家族におねだりしたカバ(大)
好きなのはゾウだけじゃないんだな笑


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