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カメムシと小松菜と

娘(11)
父親に反抗したいお年頃。愛情が伝わっているのか分かりにくいこんにゃくタイプ。
「どれだけ煮込まれようと、私は私!」

夫(53)
遅くに出来た一人娘を溺愛するあまり、トロミを効かせすぎたスープタイプ。どうにかして味を絡ませようとする。なかなか冷めない、熱すぎる、冷めるとダマになる。

私(47)
鍋。とりあえず、なんでも煮込んでやるから持ってこいや。

ええ、鍋というのは理想です。包容力たっぷりの自分を演じたい。
火力強すぎて色々焦がしているという噂もあるけど、それって鍋のせいじゃないよね?


さて。そんな風に我が家を表現しまして、話したいのは最近放出してなかった苦情でございます。ため息はほんのり緑色。


時は数ヶ月前に遡りましょう。

カメムシが全盛期の頃だった。
この辺のカメムシは、妙に鮮やかな緑色で、遠目に見たらエメラルド色に輝いてなんなら少し美しかった。
マンションの階段などで見かけては、「今日は飛行石が騒がしいのぅ」とポムじいさん(出典・天空の城ラピュタ)の口調を真似て、脳内に「虫ではない」と言い聞かせスルーしてきた。
彼らはほとんどいつも動いていないし、そっと避ければ特に何もしてこない。
刺激を与えてしまえば最後、とんでもない臭みを出すことで有名だけど、私は彼らにそんな仕打ちを受けたことはない。

しかし、娘は泣くほどカメムシが嫌いだった。
玄関先で遭遇すると動きが固まる、いいからはよ学校行け。

そんなある休日、開け放していた窓から、カメムシが我が家に侵入した。
「これが飛行石の原石…」といったんはつぶやいてみたものの、脳内は騙せなかった。
家の中にデカ目の虫がいる。
わかってる、かなり田舎で育ってきた。カエルだってミミズだって割と友達、オケラって誰やねん!とか言いながら、みんなみんな生きているんだ友達だったんだけれども。
今の私は、その能力をすっかり失っていた。足が多いやつとは友達になれる気がしない。

私は静かにパニックになったが、娘は盛大にパニックになった。
大号泣である。
「おとーーーーさん!!!!カメムシ、取ってぇぇぇーーーーーー!!!」

いつもの濃厚とろみスープの彼ならば、「しょうがねぇなぁ、そんなにお父さんが大好きか」とか言いながら、鼻の下を伸ばしてすぐ処理してくれただろう。
しかし、タイミングが悪かった。
さっきのさっきまで、何かしょうもないことで、2人は喧嘩をしたばかりであったのだ。
「そんな時だけお父さんを呼ぶな」
トロミスープは、冷えて固まるダマになっていた。
「「お願いお父さん♡」と言ってみろ」
やさぐれトロミスープが面倒なことを言っている。
しかし、こんにゃくは、どんな事態であろうと、己の形状を変えない。
「それは…絶対…イヤッ!!!」
カメムシからいっさい目を離すことなく、涙と鼻水を垂らしながらも、父親に謝ることを断固拒否。
そもそもの喧嘩の原因も忘れてしまうほど、しょうもないことだった気がする。
私だったら面倒だから「ごめんごめん、お願いします、とってください!」と言うところだ。
しかし娘はそこでお父さんを見限って母に矛先を向けた。
「お母さん取ってぇぇぇ!!!」
見限りが早すぎる。お母さんも無理。
「ワシにはそいつは強すぎる…」
ポムじいさん化する母を、それでも娘は必死に求めた。
「お願い、取って、お母さんんんんーーー!!」

今だぞパズー、男気を見せてやれ。
夫を見ると、夫はなぜか私にも「お願いお父さんと言ってみろ」と言ってきた。

……う……うぜえ……!!!



残念ながら、娘のこんにゃく体質は私に似たものだった。
私は、夫に頼るのをやめ、すぐさま検索した。
『カメムシ 捕獲 方法』
便利な世の中である。ペットボトルを工作してカメムシに触れることなく捕獲出来るという記事がすぐヒットした。

これを、カパっと覆ってカメムシ捕獲!
そんで、テープをソッと剥がして、雄叫びを上げながらカメムシを外に放つ。

娘が天井の一点を見つめる間、私はペットボトル工作を終え、椅子を引きずり、やいのやいの言いながらカメムシ確保。
リビングにこだまする母娘の歓喜、漂う一体感。
もはや、夫に入り込む余地なしである。

「しょーもないことで騒ぎやがって」と言いつつ、ハイタッチ仲間に加われない夫の哀愁が、冬の入り口あたりでどんよりくすんでいた。


そして冬本番を迎えていた最近の話である。

夕飯を食べ終えたところだった。
お腹も満たされ、やる気スイッチはとっくにオフ。さてこれからnoteでも読んじゃおうかしらの時間帯になって
「小松菜の漬物切って」と夫が言ってきた。

え。切らねえよ?
ご馳走様が聞こえなかったか?

「いや、酒のつまみが無くなったから」
いや、私は飲んでないからな?

嫁、無言の圧である。
すると、夫が「んもー、お母さんは何もしてくれない」と言いながら立ち上がった。

何も…してくれない……?

おい待て。
さっき美味しく食べた食事はウーバーイーツだったと言うつもりか。
私が知らなかっただけで、Uhhhー婆とeats!みたいな組織のものなのか私は。

ここでいったんフォローを入れると、週末の夫はとてもよくご飯を作ってくれる。
むしろ、そこに対する感謝が足りないと夫は言いたいのかもしれない。
褒めて育つタイプなのだ、最近そのへんをおざなりにしていた感は否めない。
しかしだ。
それと、今日の小松菜を切らない私への不満がどう繋がると言うのだ。
週末ご飯を作っているからといって、平日何を言っても良いわけではあるまい。

すると、娘が入ってこういった。
「お母さんが休憩に入ったらやるわけないじゃーん」
夫は、娘を味方につけて嬉しくなってしまった。
「お母さんは、すぐ休憩するからねー」

おのれ娘、カメムシの恩を仇で返しやがったな。

「私をディスらないと、小松菜も切れないのか?私は自分の食事の後も休憩してはならんのか?」
私が静かに口を開くと、父娘はすぐに悟った。
やべぇ、鍋に強めの火をつけてしまった…!
夫は、そそくさと小松菜を切り、娘はスライムを作りに部屋に退散した。

私は、遠目にはさも温かな鍋を装いつつ、実は静かに怒りをたぎらせていたりするタイプだ気をつけろ。

この冬はどうやら緑が鬼門だったようだ。

そうしていよいよ暦の上では春がくるという今週、娘がインフルエンザにかかった。
スキー合宿を無事終え、参観も文フリ広島も来週以降の話である。

ナイスタイミング罹患。
天才だな、しかも免疫力ゲットだぜ!とひとしきり褒めた。褒めておけばインフルエンザも悪い気はしないだろう。

しかしながら、私はパートだった。そのタイミングを知っていたかのように、夫の在宅勤務は発熱前から決まっていた。
「君にこんにゃくを任せられるかい?」
「ああ、俺が病院連れて行っておくよ」

我が家、どうやら春目前にて、ようやくコトコト美味しいお鍋として、三位一体になれた模様だ。鬼門だった緑色も美味しく煮込んで、この際食べてしまうことにしましょう。

ところで、こんにゃくの入った緑色のトロミスープって、美味しいのだろうか。あ、もちろんカメムシを食べるなんてことはしないけれども。





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