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サービス収支赤字拡大の主因~「デジタル赤字」って大きいの?

 今朝(2月9日)の日経1面に興味深い記事が出てました。海外のITサービスへの支払いが増え、国際収支の中で「デジタル赤字」が5年間で1.9倍に膨らんでいるというのです。昨日発表された2022年の国際収支統計のうち、サービス収支の中身に注目したものと言えます。では、デジタル赤字の存在感は、サービス収支全体でみてどの程度なのでしょうか?言い換えれば、過去5年間のサービス収支赤字の拡大の主因は何なのでしょうか?データで確認してみましょう。

サービス収支赤字は2018年から再拡大

 日本の国際収支の中でサービス収支(サービスの輸出(受取)からサービスの輸入(支払)を差し引いたもの)はもともと赤字が続いています。ただ、2017年まではその赤字が縮小傾向にありました。2017年の赤字は0.7兆円まで縮小しました。2003年から「知的財産権等使用料収支」が黒字化し、2015年からは海外からの観光客の増加を背景に「旅行収支」も黒字になったためです。
 その後、2018年から赤字幅が再び拡大し、2022年のサービス収支の赤字は5.6兆円となりました。2017年に比べると4.9兆円の赤字拡大です。この要因は、①知的財産権等使用料収支以外の「その他サービス収支」の赤字拡大(3.5兆円の赤字拡大)、②「旅行収支」の黒字縮小(1.3兆円の黒字縮小)でほぼ説明がつきます。

「その他業務サービス」の赤字が大きく拡大

 知的財産権等使用料収支以外の「その他サービス収支」の赤字は2022年で7.6兆円。様々なサービス活動がここに含まれていますが、下のグラフからわかるように「その他業務サービス」の赤字(4.4兆円)が半分以上を占めています。次に赤字幅が大きいのが「通信・コンピュータ・情報サービス」(1.6兆円)、その次が「保険・年金サービス」(1.4兆円)で、この3項目で知的財産権等使用料収支以外の「その他サービス収支」の赤字のほとんどを占めています。
 2017年からの赤字幅の拡大に注目しても、①「その他業務サービス」(1.9兆円の赤字拡大)、②「保険・年金サービス」(1.0兆円の赤字拡大)、③「通信・コンピュータ・情報サービス」(0.5兆円の赤字拡大)で財産権等使用料収支以外の「その他サービス収支」の赤字拡大を説明できます。
 このうち、「その他業務サービス」の内訳の一つである「専門・経営コンサルティングサービス」と、「通信・コンピュータ・情報サービス」の赤字が日経の記事の「デジタル赤字」に分類されているようです。「通信・コンピュータ・情報サービス」はまさにデジタル関連といえるでしょうね。

「その他業務サービス」の中身は?

 「その他業務サービス」は、「研究開発サービス」(2022年は1.7兆円の赤字。2017年に比べて0.6兆円の赤字拡大)、「専門・経営コンサルティングサービス」(同1.7兆円の赤字。1.0兆円の赤字拡大)、「技術・貿易関連・その他業務サービス」(同1.0兆円の赤字。0.3兆円の赤字拡大)に区分されています。日経の記事で「デジタル赤字」に含めている「専門・経営コンサルティングサービス」の赤字拡大が大きいですね。
 ただ、日本銀行の「国際収支関連統計 項目別の計上方法」という資料によると、それぞれ以下のように定義されています。確かにウエブサイトの広告スペースの売買取引が例として挙げられていますが、海外の法律事務所、会計事務所への支払いなども結構多いのではないかとも推察されます。全部をデジタル赤字と呼ぶのはちょっと無理がありませんかね?

「研究開発サービス」
 研究開発(基礎研究、応用研究、新製品開発等)に係るサービス取引のほか、研究開発の成果である産業財産権(特許権、実用新案権、意匠権)の売買を計上します。
「 専門・経営コンサルティングサービス」
 法務、会計・経営コンサルティング、広報、広告・市場調査に係るサービス取引を計上します。例えば、ウェブサイトの広告スペースを売買する取引や、スポーツ大会のスポンサー料です。
「技術・貿易関連・その他業務サービス」
建築、工学等の技術サービス、農業、鉱業サービス、オペレーショナルリースサービス、貿易関連サービス、その他の専門業務サービスの取引を計上します。例えば、建築や都市開発計画の設計、石油や天然ガス等の探鉱・採掘、船舶や航空機のオペレーショナルリース、バック・ミドルオフィス業務があります。輸送事業の一般管理費や海外事務所を維持するための経費を含みます。

著作権等使用料はデジタル赤字と言えるのか?

 日経の記事では、「著作権等使用料収支」もデジタル赤字の一つに挙げられています。「著作権等使用料収支」は、上述の「知的財産権等使用料収支」の内訳の一つで、2022年は「産業財産権等使用料収支」が4兆円の黒字なのに対し、「著作権等使用料収支」は1.5兆円の赤字なため、「知的財産権等使用料収支」全体では2.5兆円の黒字になっています。
 2017年と比較しても、「知的財産権等使用料収支」は黒字が0.2兆円増えています。「著作権等使用料収支」の赤字が0.6兆円増えた一方で、「産業財産権等使用料収支」の黒字が0.8兆円増えたためです。
 日本銀行の「国際収支関連統計 項目別の計上方法」という資料によると、それぞれ以下のように定義されています。確かに、オペレーションシステムやコンピュータープログラムはデジタル関連でしょうが、「著作権等使用料収支」全体をデジタル赤字というのは言い過ぎではないですかね?海外の映画を日本で上映しても著作権等使用料に含まれますので。

「産業財産権等使用料」
 産業財産権(特許権、実用新案権、意匠権、商標権)の使用料のほか、ノウハウ(技術情報)の使用料やフランチャイズ加盟に伴う各種費用、販売権の許諾・設定に伴う受払等を計上します。こうした権利に関する技術、経営指導料を含みます。例えば、自動車メーカーが海外の生産拠点から生産台数に応じて受け取るロイヤリティや、医薬品の開発・販売許諾に伴う受払(契約一時金、売上げに応じたロイヤリティ等)です。
「著作権等使用料」
 著作物(コンピュータソフトウェア、音楽、映像、キャラクター、文芸、学術、美術等)を複製して頒布(販売、無償配布等)するための使用許諾料(ライセンス料)等を計上します。例えば、オペレーションシステム(OS)やアプリケーションを搭載した端末を販売する場合に端末の販売会社がこれらのソフトウェアの著作権を有する会社に支払うライセンス料、映画・音楽のディスクやファイルを販売(貸与、配信を含む)する者が著作権者に支払うライセンス料、キャラクター使用のライセンス料、映画の上映・放映権料、配給権料、ビデオ化に係る許諾料です。

動画・音楽配信は、むしろ「音響・映像関連サービス」か

 日経の記事では、「動画・音楽配信を含む「著作権等使用料」の海外への支払超過額(赤字額)」という記述がありますが、これは正確ではないです。知的財産の取引は、権利の種類や取引の対象によって様々な項目に計上されるためです。日本銀行の「国際収支関連統計 項目別の計上方法」では16頁のBOX6で詳しく説明しています。
 それによると、著作権の使用許諾は複製・頒布の対価であれば「著作権等使用料」に分類しています。しかし、それ以外は、例えば、音楽ファイルのダウンロード代金は「音響・映像関連サービス」に、ゲームソフトのダウンロード、サブスクリプション代金は「コンピュータサービス」に分類するとのことです。
 「音響・映像関連サービス収支」は、「その他サービス収支」(財産権等使用料収支以外)の中の「個人・文化・娯楽サービス」の内訳ですが、2022年は約700億円の黒字になっています。
 海外の映像・配信サービスと直接契約するのではなく、その日本法人と契約しているからですかね?(国際収支統計の対象外になります)。そして、日本法人が親会社に支払う著作権の使用許諾が増えているとすれば、「著作権等使用料収支」の赤字の拡大は、映像や音楽の配信サービスの利用拡大も影響していると言えるかもしれません。

#日経COMEMO #NIKKEI


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