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「名目GDP600兆円目標」を考える

 日経朝刊の連載記事「物価を考える」。今日が最終回でしたね。昨日に続き、また、ツッコミたい記事を発見してしまいました。「名目GDP600兆円 アベノミクスの目標値目前」です。
 目標達成間近というこの話、昨年夏からエコノミストの方々などがよく書かれているようです(証券系の方が多いような?)。2月15日に公表された2023年10~12月期の名目GDPは季節調整済年率換算で596.4兆円。確かに600兆円まであとわずかです。
 しかし、この目標が打ち出された時点のGDPといまのGDPは算出の考え方が変わっていること、それにより、過去に遡って名目GDPの金額が増額されていることは気づいていらっしゃるのでしょうか?つまり、当時の目標値600兆円は、いまの基準のGDPでは600兆円より大きい金額になるのです。
 
以下、説明していきます。


いまの基準なら「名目GDP目標は640兆円」と言うべきでは?

 記事にもあるように、この「名目GDP600兆円」という目標が打ち出されたのは2015年9月。当時認識されていたGDPの金額は、2015年8月17日に公表された2015年4~6月期の四半期別GDP(1次速報)だったかと思います(9月8日の2次速報が間に合ったかもしれませんが)。この時点で2014年度の名目GDPは490兆7791億円でした。600兆円を達成するには、名目GDPが1.222545・・・倍になる必要があります。
 一方、2月15日に公表された最新資料を見ると、2014年度の名目GDPは523兆4228億円。なんと、32兆7037億円も増えています!
 
そして、上記の1.222545…倍を掛けると約640兆円になります。つまり、目標が打ち出された時の成長見込みを反映すれば、2015年に当時の安倍首相が言った名目GDP目標は、「いまに換算すれば640兆円」と言うべきなのです。

GDPを算出する際の考え方が変わったのが増額の原因

 なぜ、こんなことが起きるのでしょうか。それは、GDPを算出する際の考え方が、当時といまでは違うためです。
 GDPは国民経済計算(System of National Accounts、SNA)という考え方に基づいて算出されています。2015年当時はこの考え方が「1993SNA」と呼ばれるものでしたが、いまは「2008SNA」に変わっています。
 新しい算出基準は2016年末に公表されたGDPから採用されています。当時は、「名目GDP600兆円」目標が出てから1年程度だったので、「算出基準改定のどさくさに紛れてGDPを異常にかさ上げ」などの批判も見られました(批判の急先鋒は、明石順平著『アベノミクスによろしく』だったかと記憶しています)。最近は忘れられてしまったのでしょうか?それとも忘れたフリをしているのですかね?

2008SNAの導入でGDPに含める対象が広がった

 さて、この2008SNAという新しい算出基準は、GDPに含める対象を拡大しました。代表が企業の設備投資の一つである研究開発投資です。研究開発投資は、従来はGDPに含まれませんでした。従来、研究開発投資は中間投入、仕入れのようなものとして扱われました。GDPは、売上総額にあたる「産出」から「中間投入」を引いて算出されますので、研究開発投資はGDPには含まれなかったのです。
 含める対象が広がったのですから、名目GDPの金額は増えることになります。下図は、2015年8月公表時点の名目GDPと、最新の名目GDPの推移を比べたものです。最新の名目GDPが過去に遡って上方にスライド、増額修正されていることがわかります。
 なお、2008SNAという新しい算出基準の導入は2016年末(2008SNA2011年基準)と、現行基準(2008SNA2015年基準)が導入された2020年末の2回にわたって行われました。現行基準導入時の改定幅の大きさなどは私の当時のnoteで書いてますので、ご高覧いただければ幸いです。

政策評価に必要なリアルタイムデータという考え方

 このように、行われた政策や打ち出された政策目標を評価するには、その当時に得られた情報群(経済統計など)を確認することが欠かせません。こうした情報群をリアルタイムデータと呼びます。
 私が東京財団政策研究所で参画している「エビデンスに基づく政策立案(EBPM)に資する経済データの活用」プログラムでは、GDP、鉱工業生産指数、第三次産業活動指数について、リアルタイムデータの整備を行っております。あわせてご覧いただければ幸いです(宣伝で恐縮です)。

#日経COMEMO #NIKKEI


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