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怠惰な滝と怠惰なわたし

【とほん読書ノート003】

 戦後派の中心作家として活躍した梅崎春夫のエッセイや小説の中から「怠惰」なものを厳選したアンソロジー。やる気なく就職したものの、取材と称して飲みに行き、会社にいても怠惰な同僚たちと使われていない部屋に集って博打に明け暮れる。これが戦後高度経済成長期で植木等が「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ」と歌っていた時代ならまだしも(本当に気楽な時代だったのかは知りませんが)、戦争真っただ中の時代なことに驚く。

 戦争を美化したり、戦争の悲惨さを伝える物語は多く目にしてきたが、どんな時代にも怠惰な人がいるという、当たり前のことにちょっと驚く。「飯塚酒場」は戦時中、物資の少ない東京にて、数少ない安酒の飲める居酒屋に朝から行列をつくる人たちを描いた短編小説。ひとり1杯と制限されているため、急いで飲んで長い行列の後ろまで全力疾走を繰り返す。怠惰な生活を送るために全力を尽くしているような姿に切実さと滑稽さが入り混じる。

 「飯泉酒場」は小説なので張り詰めたものがありグッと読み込んでしまうが、他のエッセイなどはゆるい怠惰なエピソードばかりで気楽で適当な話が多い。終戦直後の書かれたエッセイは苦しい戦争を終え、人として前向きなやる気に満ち溢れている言葉が並んでいるのに、そのうちまたいつもの怠惰な雰囲気に戻っていくのも流石だった。「滝に生まれ変わりたい」という主張が書かれていて、怠け者なら猫あたりが人気だろうが、なぜ滝なのかと思ったら「忙しそうに見えて、実にぼんやりとしているところに、言うに言われぬおもむきがある」とのこと。怠けていながらも、ユーモアがありどこか憎めない梅崎春夫。

 そんな『怠惰の美徳』を読み終えて、激しく共感したのでノートに記事を書こうと思ってもう3カ月過ぎてしまった。いろいろと忙しかったという言い訳はできるが、私が怠惰であることが一番の原因である。私も滝になりたい。


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