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夏の湯治④【珠玉の温湯巡り 長野県沓掛温泉】

<前回はこちら>

 夏の湯治、前半数日は帯同者が一人。定年を過ぎた母、誕生日も近く連れて行ってくれ、と。身体がボキボキ、整体通いが欠かせず低白血球も親譲りか。

 一緒に行くのはいいですが、私の提案する旅はそのへんの旅行会社と勝手が違いますよ。豪華な食事もなければ、仲居の出迎えや荷物運びもありゃしません。それでも良いのなら。源泉は全て「ホンモノ」ですがねーーー



 約束の地へ。再び戻ってきた。
また来ますとご主人に伝えた別れ際。さくら散る4月の中旬だった。

<その時の記録>

 田沢温泉を経て投宿するは、2か月ぶりの訪湯「沓掛温泉 叶屋旅館」。
夏の湯治、スタートはこの宿と決めていた。オーナーに、その後の病症と謝辞を伝えたかった。
 
 館主の今井さん。10年前突如病魔に襲われ、休職し湯治生活へ。その後信頼できる医師にも出会い、2年前より素泊まり専用のこの旅館を開業するまでに回復。
 私にとって今井さんの存在は一縷の薄明光線であり、憧れの存在でもある。前回の2泊旅、風呂場近くのスペースやフロントでお会いすると暫く話し込んだ。
 
 病気の話、湯治の話・・・しゃべり始めると長かった。苦労話を共有できる数少ない一人。宿を発つとき、ご自身の経験からご教示いただいた湯治宿。4月に湯治へと発った私は、実際にその宿を経由していた。

 チェックインを済ませ2か月ぶりの再会。オンボロ湯治場(鶯宿温泉 石塚旅館)の追憶、二人で笑った。一泊2,000円の宿(※以前は布団を持ち込むと1,200円だったそう)。大量のカメムシとの格闘、ゴミが散乱する炊事場。異様に狭いトイレ、便座に座ろうと膝を「く」の字に曲げるとドアに膝頭が直撃する。
 だが、何故だろう。もう一度行きたいあの宿。今井さんも「今度お礼に行きたい」という。

 40日間の湯治により、容態は快方に向かっていることを伝えると、我が事のように喜んで下さった。経験と重なる部分があったのだろう。
 自分の薦めた湯治により、病状が回復したと聞けばこれほど嬉しいことはない。変わらぬ温かいお人柄にホッとする。
 
 部屋を案内されると嬉しいサプライズ。

 「今の時期は蛍が出ます。雨が降った後なので、よく飛ぶかもしれません。夜、ここから5分程歩いた先の沢にご案内いたします」

 空気や水が綺麗な場所にしか出ない蛍。ツアーを組むなど、客寄せのために鑑賞ツアーを企画をする温泉街は数々見てきた。だが天然蛍と言いながら養殖業者から成虫を購入して放すところも多い。緑が残るここ青木村には、天然ものがまだ残っているそうだ。

 「出るか出ないかは、行ってみないと分かりませんが」 

 HP上に広告を出せばそれなりの集客も見込めるだろうが、やはり天然もの。楽しみにしてきた客をがっかりさせぬ様、twitterで飛来の報告を呟くに留めているそうだ。随所に誠実なお人柄を感じる。


 チェックインを済ませ、まずは旅館横の共同浴場「小倉の湯」へ。
昼間は30度を超えたこの日、源泉の顔色も絶好調だった。35度かけ流しの浴槽。ヒヤッとするのは一瞬、硫黄成分を含む温湯は浸かっているとじわじわと効いてきた。気づくとあっという間に一時間が経過していた。

 夕食は隣の食事処「千楽」へ。事前予約制の食堂で、宿の予約の際に一緒に予約を入れる。メインの定食4種から選ぶシステム。
 戸を開け椅子に座る。

 「あれ、前お越しになりました?」と、女将さん。
 「覚えてますか」

 私にとっては特別なひと時でも、相手からすれば毎日入れ替わる客の一人。やはり嬉しいこのやり取り。

 着席してから作り始めるメイン料理、特に気に入っているのは天ぷら定食。地元の青物野菜が好物で酒が進む。水が美味いからか米も旨い。ダラダラ食べて飲んで、
 おっとそろそろホタル観賞の時間だ。

 玄関先に集まった宿泊客、愛知県から来たというご夫婦。何と年に10度もここを訪れるという。今回は3泊だそうだ。陽気な奥様と静かな旦那さん、旅で出会う夫婦は大体この構成。旅行は女性が引っ張るものなのだろうか。
 
 電車とバスを乗り継ぎ、川古温泉(群馬)での連泊を経てこちらへ来たというご婦人。一人旅だという。年々増えている女性の一人旅。出会うたびにカッコイイな、といつも思う。


 懐中電灯を片手に沢へと降りる。陽が長いこの時期、20時を過ぎた頃に完全に落陽した。田や林にキラキラと光り始めた。観賞用と違うのでテレビや雑誌の様には出ない、と聞いていたが、存外の数に胸を打たれる。
 童心に帰ったように蛍を追い回し、疲れた折りにふと空を見上げた。今度はプラネタリウムのような無数の星。上下に放擲されたような輝点に歳甲斐なくはしゃぐ親子。


 「どうですか。この宿一泊素泊まり4,600円(※繁忙期除く)」
 「○○旅館(伊豆の某旅館、循環風呂)は、この5倍は取りますよ」
 
 初日から鼻が高い。蛍が見れたのは勿怪の幸い。


                           令和3年6月18日

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