6月の信州湯治③<完結>【最高の朝食と温湯の宿】
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沓掛温泉「叶屋旅館」に宿泊の際は、夕朝食は隣の食堂「千楽」でいただく。私は湯治の際、余程のことがない限り自炊生活をする。2食付き5千円台の湯治プランがある場合や、食材がどうしても手に入らない場合を除き。
だが、ここだけは例外。明朗闊達な女将さんとの会話が楽しく、手作りに拘る料理が卓絶な美味しさなのだ。
料理は所謂旅館のような食事ではなく、メインの定食を4種の中から選ぶ。「天ぷら」、「焼肉」、「釜飯」の順で売れるそうだ。毎回違う小鉢も秀逸。奥に魔法の冷蔵庫があり、女将さんが裏に行くたびに何が出るか楽しみだ。
野沢菜漬がある時はなんぞ欣喜雀躍。いつも以上に酒が進む。
地酒も多数揃っており、他のお客さんがいない時は2人でダラダラと話しながら、90分かけて完食する。今回初めて注文した焼肉定食、自家製の焼き鳥のタレを改良し炒めた逸品。
凄絶なニンニクパワーで如何にもスタミナが付きそうだ。量も若干私には多すぎるほど。罪滅ぼしに長湯がちょうど良さそうだ。
「じゃ、また明日の朝ね」
朝食も一頭地を抜く漬物バイキング。女将さんが全て自家製で浸けているという。その他、沓掛の源泉で種籾したという地元産の米に、こちらも地元ブランド「青山の卵」。
近くの道の駅にも数種のブランド卵が並んでいるが、これが一番美味しいと断言する女将さん。どの口コミサイトよりも信憑性が高いとみてよいだろう。
一口食べるとカタルシスに浸り、朝は軽めにと決めたはずが箸が止まらない。納豆や味噌汁もお代わり自由。明らかに食い過ぎだ、こんな時は昼を抜く。
普通の旅館で朝食付きにすると1,000〜2,000円ほど値段が上がるが、こちらは800円(税込)で朝食をいただける。漬物好きにとっては金塊が並ぶようなカウンター。もっと胃袋がデカかったら、、
元々は旅館だったという千楽。
その後飲食専門店を経て、一時期は円卓で中華を出していたという話は驚いた。閉業していた時期もあったそうだが、4年前に叶屋旅館を現館主が再開業した際に、宿泊者用の食事処としてこちらも再稼働させたそうだ。
相互送客する旅館と食堂。泊食分離のスタイルは、大量掘削や温泉街が観光地化される以前の旧観。叶屋さんにとっては、隣に優秀な料理人がいたことは大いに助かっただろう。
食事をしていると、女将さんがしばしばノートにメモを取っている。聞くと、来店のお客さんの名前や会話した内容を記録しているのだという。
「お客さんが次来た時に、忘れちゃってたら失礼だからね」
最近になりメモを取り出したいう女将さん。殊勝な心掛けに頭が下がる思いだ。
「女将さん。ここの朝ごはんが一番好きだよ」
「湯治の際は9割以上自炊だけど、ここでだけはサボるんです。嘘じゃないよ」
叶屋旅館と千楽と共同浴場。この3つを巡回するのに歩いて10秒もかからないだろう。昼は車を動かさず、浸かり、食べ、眠る。
毎日桜並木のS字カーブをリハビリで歩き、蛍が出るほど清冽な空気で呼吸をする。この安逸な空間は、私に心身の回復のためにどうしても必要な環境だ。
今年も厳しい暑さになりそうだ、また、身体が温湯を求めることだろう。
私 「お世話になりました。また、寒くなるうちに来ると思います」
館主 「お体無理されないように。お気をつけて!」
いつだったか、館主の今井さんが私にこんな話をしたことがある。
「今は旅館業で忙しいですが、落ち着いたら、また長期で湯治に出たいと思っているんです」
(そうですか、是非奥様とごゆっくりされて下さい。今井さんが教えてくれた雫石のI旅館、ちょっと値段が上がりましたが、女将さんは元気にやっていましたよ。八幡平の泥湯も、温くて良かったと仰ってましたよね。また、土産話をたくさん聞かせて下さい。
でも、叶屋旅館ほど良い宿は簡単には見つからないかも知れませんよ。
実際に痛みを知る今井さんが、造り上げたのが叶屋なのですから。
というか、今井さんの留守中、叶屋さんの帳場に立ちたいくらいです。
受電対応に布団の上げ下げ、施設の案内もやってみたいものです。もちろん、一番やりたいのは風呂掃除ですけどね。
湯治宿の湯守をやるのは、温泉ファンの夢ですから。同志は、今井さんの思う以上に、たくさんいると思いますよ。)
令和4年6月22日
『6月の信州湯治』 おしまい
<過去の叶屋旅館の記事>
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