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日本文化はだれのもの

仕事と生活の拠点をニューヨークに移したばかりの頃は、目にすること耳にすること、何もかもが驚きに満ちていた。だから、ライターとして雑誌の企画を考えるときは、日本ではまだ知られていないことを取材して紹介したい、そう思っていた。

だが、しばらくすると、アメリカ人は日本人が考えているより日本のことを知らない、ということに気がつき始めた。日本ではアメリカの大統領が誰かくらいは子供でも知っているけれど、アメリカ人で日本の首相の名前を言える人は珍しかった。もっとも日本の首相は1年もしないでコロコロ変わった時期があったから、当然と言えば当然かもしれないが。

日本人はニューヨークのことをけっこうよく知っている。それならむしろ、日本のことをよく知らないニューヨーカーに日本を紹介する方が大事ではないかと思った。そこで、たまたま日本語を教え始めたこともあり、その中で日本語だけでなく、日本文化や習慣なども、私が伝えられる範囲で伝えていこうと思うようになった。

ところが……。

ニューヨークにいたとき、私の周りには能や仕舞、琴、演歌、殺陣、茶の湯、民舞などの上級者が多かった。少なくとも、日本に住んでいたときは、私の友人知人には茶の湯や生花以外の習い事をしている人はいなかったので、ニューヨークにこれほど熱心に日本の伝統文化を実践している人たちがいることにびっくりした。日本の古典文学に傾倒する人もいるし、最近ではもちろん村上春樹も人気が高い。人の集まる場所で私が日本人だとわかると「Do you know Haruki Murakami? I read "The Wind-Up Bird Chronicle".」などと話しかけられることも珍しくなかった。

日本映画も一昔前のものなら黒澤明、小津安二郎、溝口健二、最近は是枝裕和監督の映画が大人気だ。それだけでなく、寺山修司もニューヨーカーには一定のファンがいて、10年ほど前、近代美術館の寺山修司の映画の上映会に行ったときは、寺山のコアなファン(ほとんど日本人以外)で映画館が埋めつくされていたのには、正直驚いた。

言うまでもなく、今や、アニメは日本を代表する文化。私が日本語を教えている若い世代の生徒たちは、ポケモンやセーラームーンで日本に興味を持ったという人がほとんど。私の日本語教師という仕事が成立しているのはアニメのおかげだと言っていい。しかも、アニメが日本に関心を持つきっかけだったとしても、その先に日本文化の深い森が控えているから、大人になってアニメに対する興味が薄れても、日本への興味は尽きないようだ。

そうは言っても……。

もちろん全てのニューヨーカーが日本文化にハマっているわけではない。アニメや是枝映画、村上作品は一般的に人気が高いが、日本の伝統芸能などに深い関心を寄せるのは、ニューヨークの一部の教養人、趣味人、親日派、知日派、日本オタクの人たち。彼らは一般の日本人よりもずっと日本文化に詳しい。日本のことを教えてあげましょう、みたいなスタンスでいると恥をかくかもしれない。




らうす・こんぶ/仕事は日本語を教えたり、日本語で書いたりすること。21年間のニューヨーク生活に終止符を打ち、東京在住。やっぱり日本語で話したり、書いたり、読んだり、考えたりするのがいちばん気持ちいいので、これからはもっと日本語と深く関わっていきたい。

らうす・こんぶのnote:

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