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負の奇跡が巻き起こると、こんなにも悲しい気持ちになるの?鶏葱蕎麦であわや病院送り。いや、その前に首と肩もやられている。まさに満身創痍だ。『デタラメだもの』

慣れたことばかりやっていると、人生は退屈に感じられる。かと言って、慣れないことをすると、とんでもない事態が巻き起こることがある。じゃあどうすればいいのかと思考するも、だったら何もしないことが一番なんじゃあないのと悪魔が囁き忽ち閉口。まさか、鶏葱蕎麦をクッキングすることが、あんな事態を巻き起こすなんて、考えられるわけないじゃーないの。

以前までは空腹を感じると、軽い気持ちで料理を拵えて舌鼓を打つなどして楽しんでいた。ところがどっこい、毎日が忙しくなって余白のない毎日を送り出すとそうもいかず。ここしばらくは、小腹がを満たすために料理を拵えて楽しむ、ということを止していたのだが、つい先日、魔が差した。

ユーチューブの某番組で美味しそうな鶏葱蕎麦を作っているのを見て、久方ぶりに料理をしたくなった。早速、スーパーマーケットに足を運び食材を買い揃える。しっかり出汁を取らねばと、それなりの鰹や昆布を購入し、意気揚々と帰宅したわけ。そして順調に調理は進む。「しっかり出汁を取ると香りがちゃいまんなぁ」などとニヘニヘしながら我が鶏葱蕎麦は完成を迎えた。実食。おお、なんたる美味。やっぱり己で拵えた料理が一番うんまいわぁとニヘニヘしながら、スピーディーに完食。さぁ、ダラダラとユーチューブでも観てやろうかしらん。そう思った矢先だった。

なんだか、くしゃみが止まらん。鼻水も出てきた。顔が火照ってきた。なんか変だな。風邪でもひいたかな。なんか腕が痒い。腕を掻き毟る。なんか手のひらが痒い。手のひらを掻き毟る。調理しながら汗をかいたことで、皮膚がデリケートになってるのかしらん。そう思い、違和感を放置していた。

ところが、違和感は瞬く間に増大。足も痒い。足の裏も痒い。頭皮も痒い。掻いたところが赤く腫れ上がってくる。しまいには、鼻と口まわりの感覚が麻痺しはじめた。鼻もすすれないので、鼻水は自由気ままに垂れっぱなし。こめかみ付近に感じる脈が異常に早くなってきた。冷や汗が止まらん。喉が砂漠のように渇れてきた。声もでない。あれ、身体が生きることを放棄してしまいそうな気配がする。

目の前の景色が霞みゆくなか、救急車を呼ぼうかしらと考えた。だが、その日中に仕上げてしまわなければならない仕事が残っている。公開しなければならない小説もある。救急車に乗って病院へ行き、処置などを受けていると、それらのスケジュールが遅延してしまう。小説にいたっては、毎日投稿しているやつだ。さぁ、どうしたもんだ。

そこで思いついたのが、救急車を呼ぶ事案かどうかを相談できる相談窓口に電話をしてみる、ということ。早速、スマートフォンに番号を打ち込み、相談窓口に電話。受話口から投げかけられる女性スタッフの質問に対し、掠れに掠れ切った声で返事をする。

その方曰く、皮膚の症状だけならまだしも、呼吸器にも症状が出ているため、完璧に救急車を呼ぶ事案です、とのこと。呼吸が苦しくなっていないのが不幸中の幸いとのことだった。

ただ僕は、少しずつ脈が落ち着いてきているのを感じ取っていた。皮膚の痒みも、初動段階で発生した部位のものは治まってきていることも感じ取っていた。これすなわち、症状が終息に向かっていることを意味しているはず。そして何より、やらねばならん仕事がある。公開せねばならん小説がある。これが、他人様から依頼されているものだったなら、「すまへん。ちょっと救急車に運ばれる事案が発生しましてですねぇ、ぐへへ」などとお道化ながら言い逃れができるやもしらん。しかし、自分で定めた仕事。飛ばすわけにはいかん。

そこで僕は決意した。救急車は呼ばず、症状の終息を待ちながら、己の仕事を推し進める。痒みで膨れ上がった手でマウスを握りながら、必死で仕事をやってのけた。無事、仕事も終え小説の公開も終わり、症状も少しだけ落ち着いてきたということで、もう今日はお仕舞いや、横になろう。ベッドに身体を横たえ、眠って明日の回復を待つことにした。

ところがだ、ここでさらに大きな問題に直面する。というのも、年に1度ほど、疲れを癒やすためにマッサージの施術を受ける習慣を持っているのだが、その機会が数日前にあった。その時にだ、強烈な揉み返しを喰らっていたのである。

揉み返しだけならまだしも、揉み返しを受けた翌日から遠方への出張が控えており、クソ重たいノートパソコンやら書籍やらをパッキングしたバッグを背中に背負って移動し続けたことにより、首と肩の筋肉に強烈な炎症を起こしていたのである。

あかん、首と肩が痛すぎて、横になられへん。

マッサージとは施術師との相性が大事らしい。確かに肩の施術を受ける際、「こいつ、やたら力強いやん……」とは勘付いていた。「痛くないっすか?」とも尋ねられていた。ところがどっこい、「はい、痛いっす」とバカ正直に答えてしまうと、「こいつ、ひ弱な奴やな。見るからにケンカも弱そうやし。小学校、中学校時代は、絶対にクラスでも目立たん奴やったやろうな。男のクセに情けない」と、心の中で罵倒されまくるに決まっている。だから僕は、「全然、大丈夫っす!」と答えた。否、答えてしまった。結果、首と肩の筋が破壊されてしまった。読者の皆さんにアドバイスがあります。ちっぽけなプライドは、秒速で捨ててしまったほうが、後のトラブルを生みませんよ、はい。

で、鶏葱蕎麦の症状は一刻も早く終息させたい。だから、早く寝たい。でも、首と肩は激痛。横になれない。どうしよう。そこで思いついたのが、座椅子に座りながら眠るというもの。人は新幹線や飛行機の座席だって眠れる。だったら、自宅にいながら座椅子で眠ることだって可能。そう思い、満身創痍のまま、不快な眠りについた。

朝、目が覚めると、鶏葱蕎麦の症状は少しの名残りを除き完治。ただ、座椅子で眠ったがために、首が変な角度に収まっていたのだろう、首の痛みが激痛へと悪化していた。ちなみに、この首と肩の痛みは揉み返しを受けてから1週間半近く経つが、未だに完治していない状況。その災難の大きさを感じ取ってもらいたいものだ。

鶏葱蕎麦の症状は、蕎麦アレルギーによるものと思われるかもしれない。実際に僕は幼少の頃、蕎麦アレルギーの持ち主であることが、検査によって発覚した実績を持つ。ただし、今から2年程前、「やっぱり日本人なら蕎麦を楽しみたいよね」と、人並みの願望を抱き、体質の変化も信じながら再検査を受けてみた。すると、蕎麦アレルギーの反応は一切なく、お医者さんからも、「これで思う存分、蕎麦を食べられますね!」とお墨付きまでいただいた過去を持つ。

それからと言うもの、30年近く我慢を続けていた蕎麦を貪りまくった。相手が8割だろうが十割だろうが関係なく、蕎麦を貪りまくった。お医者さんからのお墨付きをもらっている身分。そりゃ、なんのトラブルもありませんでしたわなぁ。どっこい、今回の惨事。何が原因なのやら、さっぱりわからん。

とにかくもう気軽に蕎麦は食べられなくなってしまった。特に、出先で食した際に例の症状など出ようもんなら、とんでもないことになってしまうし周囲にも迷惑をかけてしまう。幼き頃に蕎麦アレルギーの判定を授かった僕は、年越しの際には毎年、「年越しうどん」を食していた。ところが、お医者さんからお墨付きをいただいてからは、念願の「年越しそば」を食べられるようになっていた。にも関わらず、今回の件で我が人生の「年越しそば」は閉店を迎えるだろう。年を越せぬまま、こうして令和元年にしがみついて生きていくのかもしれない。嗚呼、首と肩が痛い。

デタラメだもの。

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常盤英孝(ときわひでたか)- 大阪モダンディスコ

《3分後にはもう、別世界。》 広告企業勤め+フリーランスの兼業家。『3分で読めるショートストーリー作家+広告クリエイター+マーケッター』の切り口で記事を執筆しています。https://www.facebook.com/osakamoderndisco/

エッセイ『デタラメだもの』

デタラメに生きる。デタラメに暮らす。薄暗い世の中をデタラメに生きるための処世術、バイブル。妄想まみれで日常を綴るエッセイです。
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