ステッカーを購入することで酒のアテが1品無料になるシステム。これが思いもよらない結末を呼ぶことになる。『デタラメだもの』

どうせ呑むんだったら、安いお店で呑むほうがいいよね。別に気を使う相手と呑むわけじゃなし。女性と雰囲気を楽しみながら呑むわけじゃなし。後輩を連れて呑みに行くんだから、安いお店で呑むほうが、関係各位、皆がハッピーになるよね。そう思い、安いお店にしか足を運ばない日々が続く。

そんな習慣がついてるもんだから、安くお酒を飲める店というものは、それなりに押さえていて、基本的にはそこを順繰り巡る、という感じ。

そんな折、ある居酒屋の跡地に新しい居酒屋がオープンしまして。これまたなかなかに安い店だと聞きつけ、早速後輩と潜入捜査。店内に入ってみると、値段とは裏腹に、なかなか立派な建て付けをしていらっしゃる。いい感じなんじゃないでしょうか。

と、早速、瓶ビールをオーダーする。

あっ。近ごろ、生ビールというやつを辞めましてですね、瓶ビールに切り替えたわけです。というのも、人間ってやつは、ジョッキ的なものをクイッと持ち上げ、それを口に運び、グイッとやりたい衝動に駆られてるだけなんです、居酒屋では。

じゃあ、サイズの大きなジョッキじゃなくて、瓶ビールに添えて出されるグラスというやつでも、同じ所為は可能。しかもサイズが小さい。だったら、小さいサイズをクイッとやってグイッとやるほうが、コストパフォーマンスが高ぇーんじゃないの、と思ったのが事の発端。

で、さらに科学的に分析いたしますると、生ビールというやつは危険な奴でして。何かっていうと、同席している相手のペースに合わせて呑み進めてしまうというリスクをはらんでいるわけです。

例えばですね、相手のジョッキにビールが残りわずかだとします。すると、こちらもペースを合わせるべく、まだジョッキに半分近くビールが残っていたとしても、それをグイイイイと飲み干して、プハァーなんて言いながら店員さんを呼び止め、「生ビールをふたつ!」なんて感じで、相手の分と自分の分の二杯頼んでしまう。

そうすると、注文するごとに生ビールが2杯ずつ加算されていき、もちろん3人で宴を催しているときには、3杯ずつ加算されていくことになる。最終的にこの法則が、お会計を圧迫してるわけなのです。

一方、瓶ビールの場合は、それほど相手のペースに合わせて呑む、ということもなく、尚かつ、追加でオーダーする際も、「瓶ビール1本おかわり!」ってな具合に、1本ずつ加算されていくシステムなわけです。

あと、生ビールはジョッキで供されるため、器そのものがガラスで透明。ビールという内容物の減り具合が目視できるため、注文に焦ってしまう反面、瓶ビールの瓶の色の多くは茶色。内容物の減り具合がそれほど気にならず、焦って追加注文しようとする心理が抑制されるわけです。

これでお会計がどれだけ抑えられるかを検証してみたところ、平常時の飲み方の3分の2程度の金額に抑えられることが立証された次第です、はい。すごく得した気分で店を後にすることができるのです、はい。

で、新しくオープンした安いと評判の店でも同様、瓶ビールをオーダーし、メニューに目を走らせる。なるほど、うわさ通り、僕たちのような庶民が注文しやすいラインアップが揃っているじゃあないの。

「なかなか安いんちゃいますの」などと浮かれる後輩。「なかなかどころか、かなり安いで、これは」と浮かれる僕。そして、メニューを隅から隅まで眺めていると、ある商品が販売されていることに気づいたのです。それは、『次回以降の来店時に、対象商品が無料になるステッカー200円』というやつ。

その日、我々が注文した固形物は、「えびせんべい」と「梅水晶」の2品。ステッカーを提示することで次回以降の来店時に無料になる対象商品に、この2品が含まれているということを発見した。

血湧き肉躍るとはこういうこと。興奮でさぞかし鼻息が荒くなっていたに違いない。だってね、だってね、先泣きしてこのステッカーを購入しておけば、次回以降、固形物を無料で食べられるってことじゃん。しかも、ステッカー1枚につき1品。ということは、僕と後輩それぞれがステッカーを購入することで、合計2品が無料になる。要するに、次回以降は「えびせんべい」と「梅水晶」が無料で食べられるという計算が成り立つ。

これほど強大なラッキーが舞い込んでくることが、人生史上、果たしてあっただろか。無いと断言できる。間違いなく、これまでの人生で最も大きなラッキーだ。誰に安っぽい人生と揶揄されても構わない。そんなことは微塵も気にしない。

その日の会計時に、ステッカーを2枚購入した。我々の企み、すなわち、次回以降の来店時に「えびせんべい」と「梅水晶」を無料で嗜もうとする魂胆に気づかれぬよう、至って紳士的にステッカー2枚を購入した。ステッカーを手にした僕たちは、まるで覇者の剣を手にした戦士の如く、意気揚々と店を後にした。

そしてやってきた、次回以降の来店。

ステッカーを手にしているのはいいものの、元来の引っ込み思案な性格が邪魔をして、注文時にステッカーを見せて「えびせんべい」と「梅水晶」を注文するシステムなのか、会計時にステッカーを見せて、「えびせんべい」と「梅水晶」の料金をゼロにしてもらうシステムなのかが分からず、挙動不審になる。

そこは勇敢な後輩が店員にシステムを尋ねてくれたため、無事、商品注文時にステッカーを見せるシステムであることが判明した。危ないところだった。あとちょっとで、覇者の剣を抜かずに勝負を挑んでしまうところだった。

計画通り、ステッカーを見せながら「えびせんべい」と「梅水晶」を注文し、瓶ビールをグイッとやりながら、商品の到着を待つ。するとここでハプニングが発生した。

あろうことか、「えびせんべい」と「梅水晶」を厨房からカウンターに運んできたホールスタッフが「無料のえびせんべいと、無料の梅水晶ですー!」と、大声を張り上げたのである。

なになに? ステッカー経由で注文した客は、いちいち「無料」というフレーズを添えて商品名を叫ばれるの? 羞恥心を突き刺すような店側の暴挙に耐えねばならないの? それとも、ステッカーで注文した客は客単価が下がるから、できればステッカー経由のオーダーは控えて欲しい。でも、ステッカーのシステムを店自身が提供してしまった以上、それを止めることはできない。じゃあ、ステッカー経由の注文を恥ずかしいこととして刷り込むことで、制御しようとしてるのでは? これは陰謀だ。店側の陰湿な陰謀だ。

羞恥心を串刺しにされた僕は大いに狼狽し、固形物を無料で食し帰る、という当初の目的から逸脱。あろうことか、追加で1品、砂肝ザーサイを注文してしまった。それは、モンスターに覇者の剣をへし折られた瞬間だった。

ただ、固形物3品のうち2品が無料。それに加え、前述の瓶ビール作戦でさらにコストパフォーマンスを高めている。さすがにお会計は破格だった。気づけば自分の顔に笑みが戻っていることが確認された。

砂肝ザーサイの追加は予想外だったものの、破格の支払いで気分を高揚させられることに成功した我々は、戦に勝利した武将のような高笑いで店を後にした。

次の日、ステッカーを巡る冒険における最大のトラブルが発生した。それは後輩のステッカーに起こった悲劇だ。

後輩はスマートフォンカバーの背面に当該ステッカーを貼っていたのだが、普段からあまり物を丁寧に扱わない後輩。昨晩の帰り道では、スマートフォンを鞄に入れたりポッケに入れたり、また出したり、また仕舞ったり。おそらくそういう所為を繰り返していたのだろう。

なんと、スマートフォンカバーの背面に貼られたステッカーが、さまざまな部位や生地に擦られ、印刷が薄くなり、ハゲハゲになってしまっているじゃあないの。非常に小さなステッカーだっただけに、その店のものかどうか判別できないほどに傷んじゃってるじゃん。こんな状態じゃ、もう提示できないじゃん。固形物を無料で食べる計画が遂行できないじゃん。どうしてくれるのよ。

後輩は清々しいほどに満面の笑みでこう言った。「次回店に行った際に、またステッカー買ってくださいよ!」と。

あのさぁ。ステッカーを失ったことで1品が無料になる権利は失ってしまった。その上に新たにステッカーを買い増す。で、同じようにステッカーをさまざまな部位や生地に擦り、提示不能な状態にしてしまう。これを繰り返すとだなぁ、ステッカー1枚分を毎度毎度、余分に支払うことになってしまうということなのだよベイビー。理解できるかい? まあ仕方がない、次回からは丁寧に扱うのだよ。

と説明して差し上げたものの、イマイチ理解していない様子の後輩。傷んで判読不能になったステッカーを剥がすと、スマートフォンカバーに粘着が残ってしまったようで、それを指でゴシゴシ、ゴシゴシ、仕事もせず、ゴシゴシ、ゴシゴシ。おい後輩よ、同じステッカーをまたその位置に貼るんだから、そんなムキになって粘着を剥がさんでもよいだろうに。仕事せいや。

デタラメだもの。

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常盤英孝(ときわひでたか)- 大阪モダンディスコ

《3分後にはもう、別世界。》 広告企業勤め+フリーランスの兼業家。『3分で読めるショートストーリー作家+広告クリエイター+マーケッター』の切り口で記事を執筆しています。https://www.facebook.com/osakamoderndisco/

エッセイ『デタラメだもの』

デタラメに生きる。デタラメに暮らす。薄暗い世の中をデタラメに生きるための処世術、バイブル。妄想まみれで日常を綴るエッセイです。
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