見出し画像

社会で生きるということ

弊社では現在、ご家族からのご依頼により、数多くの患者さんと携わっています。当たり前ですが、皆さん性格も趣味・思考もそれぞれに異なります。ただ、病名や発症時期、年齢という点で似通っているケースも、中にはあります。

病気の軽重や病状は各々ですから一概には言えませんが、ある方は着々と社会復帰(退院など)に向かって前進し、ある方は一向に退院の目処が立たない……など、入院以降の経過に大きな開きがでることもあります。この開きは、いったいどこから生まれるのでしょうか。

あくまでも弊社の事例をもとに申し上げますが、一つ言えるのは、「ご本人に社会経験があるか、ないか」というのは、非常に大きいように思います
たとえとして、ある事例を挙げましょう(個人情報に配慮し、ディテールは変えています)。

Aさんは10代で統合失調症を発症。早い段階からご両親が医療につなげ、入退院を繰り返してきました。その間、親子間のバトルは幾度もありましたが、ご両親(とくに母親)は諦めずに、Aさんを叱ったりなだめたりしながら、継続して通院生活を送ってきました。

ただ、医療機関を転々としていたこともあり、薬の種類や量は増える一方で、そのわりに本人の状態が良くならない、という状況が続いていました。Aさんは30代になり、親に対する依存や束縛もあったことから、高齢になった親御さんが先々のことを心配し、弊社に相談に来られました。

ずっと医療にかかってきた経緯がありますから、Aさんには病識があります。また、これまでの入院生活においては、早く退院をしたくて暴れたこともあったそうです。その経験から今では「入院が長くなると暴れたくもなるが、そんなことをしても保護室に入ることになるだけで、良いことはない」ということが分かっています。

Aさんは、弊社が介入することで、親からは「絶縁」と「自立」を突きつけられ、ショックを受けてはいましたが、「それだけのことをしてしまったからなあ」と言い、親の気持ちも理解しようと努めています。

このように、本人にとっては不本意ながらも10代からの「入院生活」という社会経験、医療機関の職員との人間的な関わりがあったためか、現状認識はできており、弊社スタッフとの人間関係づくりも、比較的スムースにいきました

一方でBさんは、入院後の主治医の見立てによれば、Aさんと同じく10代か20代の早い時期に統合失調症を発症したのだろうと言われています。しかし、30代で弊社が介入するまで、一度も医療にかかったことがありません。

親御さんは、何度か専門家に助けを求めてはいますが、うまくいかず、早い段階で諦めてしまいました。Bさんはその後20年近く、ほとんど自室にこもりきりの生活を送り、親のことは暴力(威圧行為)で支配するだけ。第三者との接触もありません。親御さんは、いよいよの状況に陥ってようやく、弊社に相談に来られたのです。

Bさんは当然のことながら病識がなく、これまでの生活ぶり(親を脅して不健全な生活をしていたこと)に関しても、「ずっとこの生活を続けるつもりだった。何がいけないのか?」といった風です。さらには、長い期間、第三者との接触を避けてきたこともあり、病院職員とのコミュニケーションは表面的なものに過ぎず、「できるだけ人と接しない、何もしない」という無為な入院生活を送っています。病識をもつことや、現実認識に至るまでにはまだまだ時間のかかる状況です。

これは、就労の経験でも同じことが言えます。たとえ数年でも就労の経験があったか、まったくなかったかによって、他者と最低限のコミュニケーションがとれるか、自分の置かれている現実を(受け入れられるかは別として)認識できるか。そこに大きな違いが生まれるように感じます。

こういった事例をみるたびに、社会で生きることの意味を考えさせられます。

世の中には、「やりがいのある仕事」や「生きがい」という言葉が氾濫し、気の合う相手と楽しく仕事をすること、楽しく生きていくことばかりがもてはやされますが、現実をみれば、社会で生きるとは、辛いことや苦しいことのほうが多く、理不尽なことばかりです。その中で、歯を食いしばって頑張ったことに成果が伴ったとき、ほんの少し、充実した気持ちになれる。その程度ではないかと思います。

だからこそ、それが「入退院の繰り返し」であっても、「意に沿わない就労」であっても、多少なりとも社会とつながっていた対象者は、再出発のスタートラインも、少しだけ先に設定されます(もちろん、今後は本人の頑張り次第です)。

こういった問題を抱える親御さんの中には、「本人を医療につなげることはできたが、先が見えない」「本人はかろうじて作業所に通っているが、このままでいいのだろうか」と、不安を抱えている方もいらっしゃると思います。中には親のほうが先に匙を投げてしまい、「入退院の繰り返しばかりで意味がない」「作業所通いが就労の役に立つのか」などとおっしゃることもあります。

もちろん、今の状況を継続できるという保証はどこにもなく、先々のことはその都度、考えながら進めていく必要があります。しかし、タイムスパンを長くもち、適切な言葉かけを繰り返すことにより治療意欲を継続させていくべきです。と同時に、家族だけでは限界がありますから、社会的介入をしてくれる第三者の輪を広げることです。家族もまた、社会との関わりをもつのです。

社会的介入者の立場である弊社の経験で言えば、未治療の期間が長いほど効果を感じるのは先の話になりますので、同一人物が長く関わることで、本人の先々への不安を軽減することが大切だと感じています。長い時間をかけて伴走することが、歩みは遅くとも進化成長を確実なものとします。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?