見出し画像

あの子が〇〇な理由

私は月島祐美が大嫌いだ。

月島祐美は私と同じクラスの、それも隣の席の、綺麗な顔立ちをした女の子だ。

肩にかかる黒髪は艶やかなストレートで、横顔を盗み見ると、通った鼻筋や長さもボリュームもある睫毛に目が行く。

口数が少なくて周りの女の子たちみたいに大人数で行動なんてしないし、いつも片手に小説を開いている。

女子と楽しそうにお喋りしているところなんてめったに見ないけれど、男子には人気があるらしく、話したことすらなさそうな相手から告白されたって噂をしょっちゅう耳にする。

思春期の男の子が大好きな、典型的「ミステリアス美少女」って感じ。

尽く、その恋心は打ち砕かれているらしいけどね。


でも彼女の素行は良いものであるとは決して言えない。

休み時間はいつもイヤフォンで何か聴きながら読書に耽っているし(校則で禁止されているのに)、

なんなら授業中はほとんど机に突っ伏しているし、

珍しく起きているかと思ったら分厚い文庫本を読んでいるなんてこともある。

でも周りに迷惑はかけていないから、と本人はそれが悪いことだとは思っていないだろうし実際周りの人も注意しない。


私は月島祐美のそういうところが気に食わない。



嫌いな理由はもっとある。

月島祐美は、不良と呼ぶに十分な行いをしているくせに、蒸れない一匹狼の鼻高女のくせに、

文芸部に所属しているのである。

私と同じ、文芸部に。


月島祐美はどうやら純文学が好みらしく、彼女自身太宰治だとか村上春樹の作品に色濃く影響を受けているようだ。

一方で私は娯楽小説―ミステリーだとかサスペンスだとか探偵小説だとか―を好んで読むので、彼女とは分かり合えなそうだ。

というか、月島祐美は私みたいなタイプの読書家を見下している。絶対に。

月に数度ある書評会での彼女のコメントから滲み出る、「複雑で崇高な世界観を理解している私って人とは違う」感が苦手だ。


あと、学校の人達は皆気付いていないようだけれど、月島祐美は「月野 悠」という名義で小説やエッセイを書いていることを私は知っている。

しかもその投稿サイトのフォロワーが1000人近くいることも。

人間の生々しい一面を"それ"っぽく描いただけの短編小説に100も「いいね」がついていて思わず私は彼女のアカウントをブロックしようかとすら思った。

私が1週間かけて練り上げた長編ミステリーには「3いいね」しかついていないのに。



もう1つ、理由があるとすれば、

月島祐美は、私が憧れている現代文の教師――橘先生に恋をしているのだ。

村上春樹作品への執拗な程の愛も、橘先生の影響を受けていることは目に見えている。

結局、男かよ。


生徒が教師に恋だなんて、はしたない。みっともない。どうせ叶わないのに!


私も同じ穴のムジナであることは棚上げしよう。

同族嫌悪と言われたら同族嫌悪なのだが、それでも嫌いなものは嫌いだ。



私は月島祐美が大嫌いだ。

整いすぎた容姿も。

一匹狼で、まるで同級生を俯瞰しているかのような立ち振る舞いも。

好きな異性に感化されて趣向を合わせてしまうその意外な単純さも。

彼女が書く純文学"風"の文章も。

大嫌いだ。


でも同時に、私は一点、ただ一点において月島祐美のことがこの上なく好きなのである。


月島祐美が偶に綴る「先生への恋心」は、きっと世界で一番美しい。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?