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【3月の本よみ】 桜の森の三分咲きの下

冒頭から個人的な好みの話で申し訳ないが、咲きかけの花が好きだ。一輪咲きの花はもちろん、木に咲く花にしても三分咲きくらいがいい。本祭より前夜祭のほうが楽しめるようなものかもしれない。本祭の只中は祭りの終わりを予感させる寂しさがある。


大げさなマクラはここまでにして写真である。平日のこの日は3月にしては暖かかった。ほとんどのソメイヨシノが三分咲きで、個体によっては七分咲き、という一帯である。その桜の木の下で、若い女性が本を読んでいた。


都会的な見た目と裏腹に、土の上に直に座っているせいか、どこかプリミティブな雰囲気がある。見るからに本に没入しているので声を掛けるのが躊躇われたものの、手短に撮影を申し出ると、あっさりと承諾してくださった。森見登美彦の本を読んでいた。


聞けば中国から来ている方だった。同タイトルの映画が面白かったので原作を読んでみたくなったそうだ。先日は小説の舞台である京都にも遊びに行っていたらしい。日本語の文章はまだすらすらとは読めないけど面白い、村上春樹が好きで、中国にいた頃は翻訳されたものをよく読んでいた、と話してくれた。


   
母国語以外の言葉を覚えるのは大変なことだ(私に至っては母国語すらおぼつかない)。その国に対する強い興味、努力の必要に迫られる環境など、言葉の壁を越えようとする動機については私には想像もつかない。それでも写真の女性はそれを誇示するわけでもなく成し遂げている。その佇まいに敬意のようなものを感じつつ、撮影させていただいた。



今日はお休みなんですか、と聞くと、明日は面接に行くから今日はリラックスしている、とのことだった。あぁ、じゃあ今日で良かったですね、明日は気温も下がるうえ雨みたいですよ、と言うと、雨?!うぇー!と感情豊かに言い、笑った(翌日まったく雨は降りませんでしたね、見ていたらこの場を借りてごめんなさい)。桜の木の下にいた女性には、飾ることのない大陸的なおおらかさがあった。


text : Seiji Kawana

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