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なくしもの

失せ物は東にも高いところにもないじゃないの。
くしゃくしゃになった大吉を握りしめて言った。
ない。どこにもない。
大きめの花瓶、小鳥のふせん
リップクリーム、指輪
それがいつからないのかもわからないんです。
ヘアゴム、カッター、便箋
0.05のボールペン、小さいビニール袋
折り畳み傘、未開封の醤油
なくしたものをあげていったら思っていたよりも果てしなく、
あまりのいいかげん具合に失望すらした。
このままわたしごといなくなってしまうのではないかと怖くなる。
けれど多分このままわたしは大丈夫になる。
変な自信ね、とわたしも思う。しかし、これは本当に信じがたいのですが、ここは丸い一つの星なんだそうです。
見えないものや見えなくなってしまったものは、きっとまだこの星のどこかに横たわっている。
呼吸している。その間は花瓶もリップクリームも名前から解放されてただひっそりと物語になるのかもしれないね。
なくしたものも、なくそうとしたものも、少しの間わたしの知らない物語になって、心がすべてを抱きしめてあげられるくらい大丈夫になったらきっと帰ってくる。だから急ぐ必要などないよ。
鳥が鳴いたから窓を開けよう。
5月という言葉が
半透明の尾をちらつかせ
狭い空へと消えていく。
何でもあるのに、どこにもない。
わからないものはわからないし
見えないものは信じがたい。
それでも大丈夫になれる気がしている。
大吉だからね。
風が吹いて、
きっとみんな大丈夫になる。

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