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ディレイ -ファミコン全ソフトを集めた男- #10(全13話)

#10 囲碁名鑑

「うちの店でバイトせえへん?」

 ファミコンソフト探索に行く道すがら、チェリィから突然の申し出を受けて光希は思わず足を止めてしまった。
 うちの店――つまりは「おもしろ館」のことだ。レトロゲームを扱っている店で、それらに囲まれながらバイト代ももらえる。確かに夢のような環境ではある。光希が今も続けている喫茶店でのバイトよりも確実に面白そうで魅力的に思えた。

「興味はあるけど……。でもまたなんで急に?」
「実は本店で通販作業ができる人を探してるねん。ほら雑誌にレトロゲーム通販の広告載せてるやろ。あれの担当」

 チェリィが言う広告に光希は覚えがあった。中古ゲーム専門誌「ユーズド・ゲームズ」に毎号載っているものだ。目玉の販売商品と高額買取リスト、店の連絡先や地図が記載されたもので、そもそも光希が「おもしろ館」に足を運んでみようと思ったのも広告を見て存在を知ったからだった。

 あれを見る側ではなく、作る側になる?

 出来るのだろうか、と不安になる。しかしそれ以上に、レトロゲーム販売店の内情を体験できるかもしれないと思うと、好奇心をビンビンに刺激された。もしかしたら今こうして足で探しているだけでは見つからないような、レアなソフトにもいち早く巡り合えるかもしれない。

「分かった。やってみるよ」
「おおホンマか? じゃあ早速店には伝えとくわ。本店の方やから俺は仕事一緒にならんけど何かあったらいつでも相談乗るし!」

 数週間後。
 光希は「おもしろ館」本店の前で奇妙な感覚を味わっていた。これまでは客として来ていた場所に、今日からは店の一員として入るのだ。店構えは変わるわけがないのに、何だかいつもと違う風景のように感じられた。
 意を決して店内へと入る。カウンターには先だっての採用面接で顔を合わせた男性――確か川添さんと言っていたはずだ――が待っていた。ゲームショップの店員らしからぬ茶色に染めた長い髪とピアス。繁華街で爆音を流しながらチューンドカーを走らせている方が似合いそうな雰囲気ながら、気さくな感じに声をかけてきた。

「おお来たね、平川君。早速だけど通販の仕事場は店の2階だから案内するよ。ささ、こっちに来て」

 促されるままに光希はカウンターを通り抜け、バックヤードへと入る。客としては決して見ることができないそのスペースには、狭い通り道の両側にゲーム機やソフトがうず高く積まれていた。おそらく客から買い取ったばかりで未検品の商品たちなのだろう。人がすれ違うのもやっとな通路の先には階段があり、そこにも箱入りのゲームハードや、ソフトがたくさん詰まっているであろうカートンダンボールが雑然と並べられていた。

 階段を上った先、2階に広がっていたのはまさに倉庫だった。下の販売フロアと同じ広さのはずなのに、棚が所狭しと並べられ、ダンボールが積み上げられたそのスペースは窮屈にすら感じる。それでも奥には少し開けたスペースがあり、折り畳み机と椅子が並べられている。宅配便の送り状やゲームソフトが散乱していることから、おそらくここが発送作業を行うための場所なのだろう。
 川添が書類やソフトを追い払うように横へどけ、降りたたみ机の上に空間を作る。反対側の椅子を勧められ、光希は言われるがままに座った。

「だいぶ散らかってて申し訳ないね。ここで注文を受けた商品を発送しているんだよ」
「凄い量のゲームソフトですね……。これ全部在庫なんですか?」
「そうそう。この中のソフトから発送作業を行っていくわけ。通販の流れを簡単に説明すると、まず雑誌の広告を見たお客が電話で注文をしてくる。注文を受けたら一度電話を切ってから2階と店頭で在庫があるかを確認して、お客に折り返し電話。その時に値段も伝えて、OKだったら送り先を聞いて発送するって感じだね」
「なるほど。買い取りの時はどうすれば?」
「下のレジに販売価格も買い取り価格もデータで入ってるから、それで調べてお客に折り返してね。レジの使い方は後で教えるから。通販がヒマな時は平川君も店頭に立ってもらうことにもなるし」
「ちなみに……データにも無いような物の買い取りがあった場合ってどうすればいいんでしょうか」
「その場合は俺と相談かなー。あとは明らかに高い物の販売するときも。まぁその辺は臨機応変にってことで」

 つまり高く売る物、高く買い取る物の金額は川添さんが決めているということか、と光希は思った。だとするとどうやって価格を決めているのか知りたくなる。これまでに売買を積み重ねてきた経験からか、あるいは軽そうな見た目に反してレトロゲーム全般にとてつもなく詳しいのか。思い切って聞いてみると、別に大したことでもないという風に答えが返ってきた。

「まぁ……フィーリング? なんかあんま見ないなーとか高く売れそうだなーとかそんな感じの。あ、もちろん珍しい物なのかネットで検索したりはするよ? まぁそれで珍しいの買い取れて、高く売れたらそれでいいわけだし。レトロゲームには詳しいのかって? はは、間違いなく平川君の方がよく知ってると思うよ」

 手品のタネを知って拍子抜けしたような気分、プレミアソフトの根付けの実情を知った光希によぎったのはそんな思いだった。
 ある程度のレトロゲーマーならその名を知っている「おもしろ館」は、おそらくレトロゲーム販売の最前線といえるだろう。だからこそデータに裏打ちされたロジカルな価格設定をしているのではと想像していたが、そんなことはない。結局決めるのは商売人としての感覚なのだ。

 やっていけるだろうか。
 レトロゲームを楽しむものと考え、商材と見られるか分からない光希は不安を覚える他なかった。この倉庫のような2階に置かれているゲームハードやソフトたちだって、値段を付けられていつかは誰かの手に渡るものなのだ。たとえどれだけ珍しい物でも。

 説明が一通り終わり、在庫を知るため2階を見て回っていいと許可を受ける。ファミコン、PCエンジン、メガドライブ、ゲームボーイ……ハードごとに棚に並べられたソフトたちの中には、まだ光希が売っているところさえ見たことが無かったタイトルもちらほらある。もし店頭に並べられていて、客として店に来たならすぐに手を出してしまうことだろう。

「ん? そのゲームもし気になるんだったら取り置きできるよ」
「取り置き? ……って何ですか?」
「店に出す前に買えるっていう、まぁ店員の特権ってやつ。価格もまぁ店員価格でちょっと安くできるから。あ、念のため言っとくけどドラクエとかポケモンの新作みたいなみんな欲しがるやつはダメだからね?」

 悩みは吹き飛んだ。
 ここに居れば、店を巡っているだけでは見つけることが難しいファミコンソフトにも出会える可能性が高くなる。ゲームに囲まれながら軍資金も稼げる。おまけに少し安くなる。コツコツとソフトを集めてきたとはいえ頭打ちが見えてきた光希にとって、抗うなんて無理なほど魅力的な環境だった。

 普段は店頭レジに立ち接客、通販の注文が入れば電話応対や発送作業を行う。それが光希の基本ルーチンとなった。
「おもしろ館」はレトロゲーム専門店ではなく、あくまでレトロゲームも扱うゲームショップだ。売上のメインとなるのは新作や発売間もない中古ソフトで、店頭でファミコン等のレトロゲームが売れることは数少ない。まして目玉の飛び出るような価格のプレミアソフトとなれば買う人を見る機会などまずなかった。

 そうそう売れないのに何故プレミアソフトを店頭に並べているのか。それは品揃えの豊富さを誇るためなのだろうと光希は自然に思い至った。
 レアなソフトが多数陳列されている店とそうでない店、どちらが探していた物に巡り合いやすそうかと聞かれれば答えは明白だ。“店”とは“見世”であり、希少な品があることは恰好の宣伝材料となる。売れればラッキーではない、むしろ品揃えを誇るためには売れてもらっては困るのだ。だからこそプレミアソフトは簡単に買われないため値段が上がり続ける。
 一方で通販はというと、これが高価な値付けでもプレミアソフトが飛ぶように売れる。そもそも通販で買う人は、方々を探し回ってそれでも見つからないからこそ一縷の望みをかけて連絡してくるのだ。どうしても欲しい物の前で、値段は些細な問題ではないが同時に大きな問題でもない。ここで買わなければもう巡り合えないかも……と考えるマニア心理が結局は最後の一押しをする。

 レトロゲーム販売の主戦場は「おもしろ館」の場合は間違いなく通販だった。となれば「ユーズド・ゲームズ」に出稿する雑誌広告は下手なものなど作れない。やがて光希も手がけることになったが、そこで特に頭を悩ませたのが高価買取リストだ。
 レトロゲーム専門誌なんてコアな雑誌を手に取る読者は、それこそ紙面の隅々まで目を通す。「おもしろ館」の広告もまた例外ではない。いや、むしろ直近で何がプレミア化したかを知るという意味では、広告の高価買取リストは一線級の情報だとすらいえた。
 商売人の感覚などまるで無い光希にとって、掲載タイトルは簡単に決められるようなものではなかった。かといって毎回同じタイトルを並べ続けては店のやる気を感じられないし、何より作っている側として面白くない。悩みに悩み続けて、ふと思い立ったことがあった。

「そうだ、自分が探しているゲームを掲載してみるか?」

 光希の手持ちソフトはこの時点で900タイトルに届こうとしていた。ここまで探索を続けてもまだ未発見のゲームであればレアなことだけは間違いないはずだ。数は少ないが誰も探していないので珍しいとすら認識されていない、そんなタイトルを光希たちは仲間内で“裏レア”と呼んでいたが、それを表舞台に引きずり出せばいいのだ。

 脳内の未所有リストとにらめっこしながら相応しいゲームを検討する。
 光希が思いついたのは『囲碁名鑑』というタイトルだった。

 その名の通り囲碁を題材にしたソフトだが、コンピュータとの対戦ができるわけではない。有名タイトル戦の棋譜を収録したデータベース的内容だ。当たり前だが囲碁を知らなければ何の面白味もなく、よしんば囲碁に興味があろうとファミコンで棋譜が見たくて数千円を払う好事家となればそうそう居ない。非常にニッチな市場を狙ったタイトルで、その分中古ゲームに流れてくることがほとんど無かった。もちろん店の在庫も調べてみたが1本もない。
 光希は囲碁のルールなどまったく知らないが、全1240本のファミコンソフトの1本とあれば何としても手に入れなければいけない。遊ぶかどうかはいったん横に置いとくとしても、コレクターズアイテムとして欲しいのだ。希少ささえ知られれば同じようなコレクターが求め始め、今は誰も知らない『囲碁名鑑』にも需要が生まれるに違いない。
 光希のそんな企みは、もちろん誰も知るよしがない。高価買取リストは責任者である川添のチェックを通り、そのまま掲載の運びとなった。

「もしかしたらこれでコンプリートの壁がひとつ崩れるかも……」

 最初はそう楽観的に考えていた光希だったが、広告掲載誌の発売が近づくにつれ不安を覚えるようになった。見かけないソフトだとはいっても、それはあくまで光希の感覚でしかない。
 実は自分がたまたま出会わなかっただけで世にあふれているのでは?
 ものすごい数の買取が来るのでは? 
 心配は日に日に募っていき、ついには店のバックヤードに『囲碁名鑑』がうず高く積み上がり川添に責められる悪夢まで見る始末だった。

 結果として広告掲載後も『囲碁名鑑』の買取は1件もなく、光希の不安は杞憂に終わった。在庫の山に押しつぶされなくて良かったような、入手の難しいソフトを手にする機会を失って残念なような。複雑な心境ではあったが、光希がプレミアソフトを世に1本生み出してしまったことは確かだ。

 その後追随するように秋葉原や日本橋のレトロゲーム専門店で『囲碁名鑑』が高価買取リスト入りしたのを見て、光希は何だか申し訳ない気持ちになるばかりなのだった。


→第11話


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