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ショートストーリー『静かにしろ! このブタ!!』

今回は、以前載っけた『テメェ、ジイさんに謝れ…心から』にも登場の俳優探偵・萬屋公介シリーズ第2弾です。


     『静かにしろ! このブタ!!』


オレの名は、萬屋公介。 職業は俳優。得意はアクション。特に鍛錬はしてないが、殺られ役をやらせればそこいらのアクションクラブの連中に引けを取らない。

ただ、売れてないのが玉にキズ。売り込みが弱いのはわかっている。エージェントも弱小だが、オレ自身そっち方面の情熱が希薄なのも事実だ。じゃあどっち方面に情熱を注いでいるのかと言えば…、それは探偵家業だ。

と言っても、オレにはライセンスはなく、ホントの探偵さんの補佐ってところだが、ま、アルバイトだな。しかし、本業よりこっちの方がはるかに実入りがいいってのも、嬉しいような悲しいような…。でも、自由気ままにやって行けるってのは、サラリーマンよりずっといい。

……というのが簡単なオレの自己紹介だが、今回オレが話すのは、オレの仕事にはまったく関係のない話。だけどまァ、ちょっとつき合って聞いてくれ。

ま、たまたまオレの虫の居所も悪かったのかも知れないが、その男にとっては自業自得ってヤツで、恨みっこなしにしてもらいたい。

いかにも職業名の上に“悪徳”という形容詞が付いていそうな風体のその男は、まるでブタがヒイヒイ鳴くような声を出して、電車内の床の上をのたうち回っていた。

オレの一撃が、かなり効いたようだ。「だから車掌さんの言うことはちゃんと聞かなきゃ。“車内での携帯電話のご使用はご遠慮下さい”って言ってただろ?」とオレはブタ野郎にそう言ったが、果たしてちゃんと聞こえたかどうか…。

事の発端は、その携帯電話だ。比較的静かだった車内に、突然ピロピロと着信音が鳴り響き、男が大声で受け答えを始めた。そいつは、オレが座っていた席の同じ側の、他の乗客二人隔てたところにいた。何か仕事の話らしい。やがてその非常識な大声に耐えかねた乗客たちが、一人二人と、その男から離れ始めた。

そんな時、たいていの人間はその男を黙らせようなどとは考えない。触らぬ神に何とやら…といえば聞こえがいいが、要するに“泣き寝入り”だ。みんな自分の身が大事。余計なトラブルに巻き込まれたくないってわけだ。

オレだって頭ではそう思う。我が身は大事だし、出来ればノントラブルで世を渡りたい。だが、生まれ持った業とでも言おうか、オレは他の奴らのようには出来ない質だった。

オレはトラブルから逃げるのではなく、反対に突っ込んで行くのだ。こんな時はどっちがいいのか…なんてことは考える事があまりない。すぐにチョイスし、アクションする。いずれにしても後味は悪いに決まってるんだから、やりたいようにやるしかないってことだ。

「今遭遇しているトラブルがどうぞ幻でありますように。どうかすぐに消えてなくなりますように」などと、ただ祈ればいいのか? そんなこと有り得ないだろう。有り得るんならオレは迷わずそうする。

で、今回もオレは突っ込んだ。オレとその男の間にいた二人の乗客は、そそくさと逃げ出していた。男は他人などまったく無視して、相変わらず大声で小さな携帯電話に怒鳴っている。小さい物だから出来るだけ大きな声で話さなきゃ…と、この文明の利器を信用していないのか、あるいは地声なのか、電話じゃ普段より大声になる迷惑者は結構いるが、それではかえって電話の相手に言葉が通じにくいんじゃないか?

オレは誰のためでもなく自分のために行動した。結局逃げるのも自分のためなんだから、いずれにしても大同小異。行動した方が男を黙らせることは出来るだろうと思ったのだ。

ただ、いくら何でもいきなりブン殴って気絶させるわけにも行かない。まず声をかけた。オレまでもが大声を出さずに済むように、男の隣へ行き、携帯電話を当ててない方の耳に口を近づけて言った。

「少し静かにしてくれませんかねえ」

香水と体臭の入り混じったイヤな匂いがした。やっぱりブタ臭い。ブタがこっちをジロッと見た。「何だァ、この若造」と言っているような目だ。しかし、ブタは何も言わずに、再び電話の相手にがなり始めた。

「その電話で救急車を呼べ!」

オレはもう一度クサいのを我慢して、ブタの耳に言った。今度はさっきのより少し大きめの声だった。するとブタはピッと電話を切ると、まともにオレの方を向き、

「てめえ、さっきから何をグダグダ言ってんだァ!!」

と凄んだ。体だけじゃなく口まで臭い。だが、オレは動じない。クサいのはまた我慢した。

「聞こえなかったか? 相当耳クソが詰まってんだな。どうりでクサいと 思ったぜ。もういっぺん言ってやる。その電話で救急車を呼べ!」

男の赤ら顔がさらに赤くなった。

「言わしておけば言いたいことヌカしやがってこの野郎! オレを誰だと思ってんだ?!」

てなこと聞かれても答えはひとつしかない。

「知らん。ブタにしか見えんが」

男は逆上最高潮。

「てんめェ、コラ立てェ!」

オレは自分で立つ前に胸ぐらをつかまれ立たされた。と言うより、吊り上げられた。ブタ男に比べると、オレはずいぶん小柄な方だった。それでもオレはビビらない。

「ちっ、しょーがねーなあ」

ふと見ると、目の前のちょうどいいところに吊革用のバーがある。オレは両手でそいつをつかむと、腰を思いっ切り反らして足を後方へ上げ、その反動を使って、両足を振り戻した。ちょうどそこには男の急所があり、つま先が相当な勢いでめり込んだ。

「ウグッ」と男の息の詰まる声がした。男はオレの胸ぐらから手を放し、下腹部を押さえ、つんのめるように倒れ込んで、ヒイヒイビイビイわめきながら床を転げ回り出した…という次第だ。

バカな男だ。だから救急車を呼んどけって言ったのに…。しかし、誤算だった。オレはただ静かにしてもらいたかっただけなのに、ブタのわめく声もかなりうるさく、これじゃ最初とちっとも変わらない。いや、むしろさっきよりもかえって耳障りだ。

仕方なくオレは、降りたくもないのに次の駅で降りることにした。やっぱりそそくさと逃げ出した方がよかったということか…?


どうやらさっきの電車内での暴力沙汰は、警察に通報されることなく済んだらしい。誰もオレを追って来る者はなかった。従ってブタがその後どうなったかオレは知らない。

しかし、オレの気持ちは重かった。こんなことで世の中が丸く治まるわけがない。そんなことはオレだって重々承知だ。だが、それじゃ一体あんな時、どうすればよかったんだ? 筋道立ててとうとうと言い諭せばよかったのか? 果たしてあのブタがおとなしくそれを聞いて理解し、今後一切他人に迷惑になるようなことはしないと、約束してくれただろうか。まあ、オレの方にもそんな説得力は望めないのも確かだが。

オレは歩きながら、なんだか悲しくなって来た。ああいったことを知らんぷりして見過ごすことが、オレにはなかなか出来ない。そのくせ、そのケースに応じたベストな解決法をその場ですぐに見つけることも出来ない。オレはこれからもこんなことを繰り返しながら生きて行くのだろうか…。

世の無情と、自分自身の無能さにうんざりしながら、オレは途中下車した知らない町を歩き続けた。       



                     …End



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