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往復書簡の魅力

 往復書簡をとは、簡単に言えば、手紙のやり取りです。それも、今回は選んだのは、雑誌や新聞で公開しながら手紙をやり取りしたものです。ここでは、二冊の往復書簡を結びつけて、その面白さに迫っていきます。選んだ本は、『父と娘の往復書簡』(松本幸四郎&松たか子、文春文庫)と『手紙、栞を添えて』(辻邦夫&水村美苗、朝日新聞社)です。

 まず、この二冊に共有しているのは、快感でした。二人の親密な人たちのやりとり、あたかも秘め事のようなやりとりを、盗み聞きしているような倒錯した思いをいただきました。『父と娘』では、幸四郎とたか子は親子でありながら、役者の先輩後輩として、また同じ役者として、思いやりや尊敬に満ちています。『手紙』においては、辻と水村が手紙で逢瀬をするような互いへの思慕を感じました。同じフランス文学に身を置く学者であり、作家であり、同じように外国や外国語というメガネからも日本を見つめる目線も二人の親和性を感じました。

 そのどちらのやりとりを読んでいても、私はドキマギしながら楽しんでいたのです・・まさに快感でした。

 次に、感嘆しました。強烈な知への刺激をいただきました。極めている人や極める道を選んだ人がかわすやり取りは、迫力を感じます。細部へのこだわり、まさに同じ言葉を話しながら、片や演劇と演じるという芸能を求め、片や古今東西の文学と人間の性を求めていく様を見せつけらました。そこに入っていきようがない距離感を保ちながら、その優しく思いやりに満ちた言葉の往来の中に、厳しさと一途な好奇心に触れた気がして、ただただ、感嘆したというほかありません。なんと極めることの壮絶さを言葉から感じていました。

 最後は、至福の時間であったと言えます。時折、自分も知っている作品や体験したことが出てくるところで、共感できたり、自分の過去の思い出や経験を重ね合わせる瞬間があったことです。『父と娘』では、幸四郎が染五郎の時から演じ続けている、「ラ・マンチャの男」の話、またその中で、たか子との共演したことやチェーホフを題材とした井上やすしの「ロマンス」、三谷幸喜作の「王様のレストラン」の話など、その物語を思い出しながらも、その裏側でのエピソードを知れた通なファンのみが知れることのお裾分けをいただいたようでした。

 『手紙』では、博覧強記の如く、源氏物語や更級日記から、シェークスピア、ドフトエフスキー、ゴーゴリー、魯迅などなど、その展開のしなやかであり、大胆であり、大きく古今東西の文学作品どうしをどう対角線をひき、どういう意味づけをしていくのか、全く予測もできず、ただその華麗な文のやり取りを、見ているような状態でした。その時間はまさに知の至福に溢れておりました。

 往復書簡という方法は、とても新鮮です。日頃なんでもかんでも早く早くとせかされている日常が当たり前の身にすれば、時間を思いっきりゆっくりにして、その中で人と向き合うことを忘れていないか、と考えました。スマホやタブレットを片付けて、ペンと便箋だけを持ってどこかで手紙を書いてみたい。そしてゆっくり芝居を味わい、文学に耽溺しなくなりました。往復書簡が私に教えてくれた心のゴールデンウィークであったようです。
(これは、私が参加している「東京ビブリオバトル・バイリンガル」という毎月、オンラインでビブリオバトルする読書会で、「二冊括り」というテーマの時に紹介した内容をベースにしています)。


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