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教育の未来を考える:大学教育における生成系AIの是非は?

はじめに

生成系AIは今後、学習をはじめとする日常生活や業務の多くの場面で重要なツールとなり、その使いこなし方が評価されるようになるでしょう。
ここで大切なのは、そのツールを「何のために」使うかという点です。

ここで、2つのケースを考えてみましょう。

ケースA:
仕事でプログラミングを行う際に、ChatGPTに生成させたアウトプットを使った

ケースB:
大学の試験でプログラミングのコードが出題されたので、ChatGPTに生成させたアウトプットを使った


ケースAは、「少ない労力で質が高い成果物を出す」ことが目的なので、恐らく推奨されるアプローチだと思います。
しかしBの場合は、「自分の頭で理解していることを確認する」ことが目的なので、たとえバレなかったとしても不適切な使い方だと思います。

グレーゾーンの考察

しかし、もしケースBに次のような事情が加わっていたらどうでしょうか?

ケースB´:
自分の書いたコードに自信がなかったので、ChatGPTに添削してもらい、その誤りを理解した上で修正版を自分で書いて答えた

「試験で生成型AIの使用が禁止されている場合、他の学生と同じ条件でないので不適切である」という意見は理解できます。
しかしながら、自己の理解は深まっているため、何もわからないまま答えるよりも望ましい姿勢とも言えます。

学習にChatGPTを使う方が効率的であれば、その使用を推奨し、他の学生との公平性が問題であれば、「生成型AIの使用を許可する」ことで全員が同じ条件で試験を受けられるようにすれば良いのではないでしょうか?

暗記は必要なのか?

これと似た問題に、「検索エンジンの使用が当たり前の時代に、なぜ暗記する必要があるのか?」という議論があります。

  1. 実用性:
    「交通ルールなど、教本に書いてあることをわざわざ暗記する必要はない。検索すればわかる。だから、運転免許の学科試験は不要だ」という主張があるかもしれません。
    しかし、交通ルールに沿って運転するためには、そのルールを自分の頭に入れておく必要があります。運転しながら検索するわけにはいきません。

  2. 精度:
    「その分野のことをある程度理解していなければ、そもそも検索できない」または「検索したとしても、基礎知識がなければその意味が理解できない」という意見もあります。
    たとえば、ChatGPTに「LLMの仕組みは?」と尋ねたところで、深層学習の仕組みや自然言語処理のアルゴリズムの進化についての前提知識がなければ、何が新しいのか理解できません。

  3. 深さ・厚み:
    たとえば、海外の人から「なぜ日本では神社とお寺の両方を信仰しているのか?」と聞かれたら、どのように答えるでしょうか?
    ChatGPTに問い合わせると「日本には宗教の多様性がある」とか「様々な要因が絡み合ってそうなっている」という浅い説明がなされます。
    もう細かく突っ込んで聞いていけばよい答えが出るのかもしれませんが、ここで求められているのは歴史的背景や自分の経験を織り交ぜて伝えて、相手に「Wow!」と言わせることです。

生成型AIの利用についても、これらと同様の議論が成り立つと思います。

線引きはどこか?

少し脱線してしまったので、話を元に戻します。
私の現時点での結論は、「学習内容のレベルによって、生成系AIを活用するべきか否かが分かれる」です。

例えば、「プロ棋士を目指している」という人が「駒の動き方や定石を覚えるつもりはなく、ChatGPTに都度尋ねている」という発言をしていたら、「そんな状態でプロ棋士に求められる高度な思考力が身に着けられるのか?」と心配になります。
一方、「実践訓練を重ねるためにAIと日々練習している。人間と対局するよりも学びがある」と話していたら「良い使い方をしている」と思います。

自動車の運転も、交通ルールや自動車の動かし方は「身に着けて」欲しいですが、既にスキルが十分なF1レーサーが「レースで勝つために、コースの情報をAIに読ませて最適なレースプランを提案してもらう」のは合理的な使い方に思えます。

つまり、こういうことです。

AIに頼ってはダメ:
基礎レベル、答えが決まっている問題、将棋でいうルールや定石

AIに大いに頼るべき:
実践レベル、答えが無数にある問題、将棋でいう対局

※大まかな分け方なので、もう少しちゃんと分類できると思います。

大学教育の場合は?

大学科目の位置付けを考えると、多くは基礎レベルの内容を扱っています。
出題される問題は将棋のルールや定石が主であり、その程度の内容を自分の頭の中で自由自在に組み立てられなければ、プロにはなれません。
もちろん、わからないことをAIに助けてもらう分にはOKです。しかし、この手の基礎力を確認するための課題に対してAIと一緒に作ったものを最終的なアウトプットとするのは、百害あって一利なしです。

一方、「答えが無数にあるタイプの問題」にはぜひAIを使って欲しいです。
私が大学講義で出題しているディベート課題では、「家族や周囲に相談してもOK」と伝えています。むしろ他の人とのディスカッションを通じて自分自身の考えを深めることを推奨しています。
こういう場面では、生成系AIに「自分はこう思うんだけどどう思う?」や「あえて反論してみて」というようにディスカッションの相手として大いに使ってほしいです。

ただ、現時点のChatGPTは一般論程度のアウトプットしか返してこないので面白みがありません。ここは進歩を期待したいところです。
「文脈」を読んで回答が生成されるアルゴリズムなので、うまく誘導すれば素晴らしい答えが返ってくるかもしれません。

また、大学教育でもゼミや卒業研究のレベルになると、実践レベルの予行演習的な位置づけになるので生成系AIの活用は推奨されるべきと思います。 

試験では何を問うているのか?

学習内容のレベルの話と関連しますが、講義後に取り組む小テストや期末試験では「必ず押さえておくべきコンセプトを理解しているか」を問う設問が中心です。これをAIで解かれてしまっては何の意味もありません。

一方、そういう基礎は理解している前提で、「〇〇のテーマを調査し、自分なりの結論をまとめてください」というレポート形式の場合は、AIの利用が認められるべきです。

電卓も、計算能力を問う試験では利用不可ですが、土木工学や簿記会計の試験では問いたいのは計算能力ではないので、「持ち込み可」とされます。
翻訳AIも英語能力を問う試験では利用不可ですが、英語論文を投稿したり、英語でメールを書いたりする際には積極的に利用するべきです。

ChatGPTの活用を前提とした評価に変えればよいのでは?

「学生がChatGPTの利用を禁じることは教育者の怠慢であり、試験をChatGPTを活用する前提で組み立てれば良いだけではないか」という考え方もあるでしょう。

私自身も、「ChatGPTを活用する前提の試験」を試みてみたいと思います。しかし、その場合、基礎的な知識を問う出題はほぼ不可能になります。
扱うべきテーマが将棋のルールや定石のような基礎的な内容であるのに、ChatGPTで簡単に答えが出てこないような難解な問題を出題する必要が出てきます。

これに対応できる学生は一部だけで、多くの学生にとっては不利益となるでしょう。これでは教育の目的を見失ってしまいます。

単位や学位は何に対して与えられるのか?

「単位や学位が何に対して与えられるか」という問題も重要です。
例えば、あるプロの将棋棋士がAIをフル活用してタイトルや段位を獲得するのは「あり」でしょうか?「なし」でしょうか?

多くの人は「なし」と考えるでしょう。
(将棋界でのAI使用疑惑が社会問題になったことを考えると尚更です。)
学位も同様で、AIではなく個人としての能力や実績に対して認められるべきです。したがって、生成系AIの活用は「慎重に」行うべきでしょう。

「どの場面でどこまでAIを使ってよいのか」は常に曖昧であり、時間と共に変化していくことでしょう。
たとえば自動車運転免許では、以前はマニュアル車のみが対象でしたが、オートマチック車の誕生に伴い、オートマチック車限定の免許ができました。将来的には「自動運転限定の免許」ができるかもしれません。

何のために生成系AIを使うのか?

「試験で生成系AIを使ってはいけない」と指導したところで、学生が実際に使用している証拠をつかむことは容易ではありません。「抜け道があるなら、バレずに使った方が良い」と考える人もいるかもしれません。

しかし、ここで問うべきは「何のために生成系AIを使うのか?」です。
大学に入学した目的は、自身のスキルや能力を高め、夢に近づくことだと思います。自分の学びをどのように最大化するかという観点から、生成系AIの使用・非使用を個々人で判断して使用するべきです。

シンギュラリティ後の学びの意義は?

先ほど「ChatGPTを活用する前提の試験を作りたい」という述べましたが、それは私が「ChatGPTではまだ回答できないレベルの出題が可能」と考えているからです。しかし、囲碁や将棋の世界では、既にAIの能力が人間を超越しています。

大学教育も、いずれは「どんなに頭が良くても、どれだけ勉強してもAIに勝てないなら、学ぶ意義とは何か?」という問いに直面しなければならないでしょう。現実味がないかもしれませんが、これは重要な問題です。

以上が私の現時点での意見です。この考えも変わる可能性があります。
皆さんの意見もぜひ聞かせてください。

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