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アリスとテレスの物語②

アリスとテレスの物語①の続き

その日を境に、その男たちは、積極的に町の中で活動をはじめました。とはいっても、全身黒ずくめではなく、街中では白いさわやかなトレンチコートを上に着ていました。

彼らは、まず大人たちの元へどんどん足を運びはじめました。にこやかに大人たちに近づき、たくみに話しかけます。男たちは、アリスとテレスのまわりの大人たちにも近づいていきました。

彼らは、国民のシアワセを向上させる国の政策として、「シアワセ向上プロジェクト」の評価測定を依頼されているのだと語りました。もし現時点で「今後シアワセになれる可能性」が低かった場合には、先着順でそれをフォローする手厚いサポートがあり、ミライのシアワセを保証してくれるというのです。その話を聞くと、大人たちはやらないと損とばかりに、競うように測定しました。

テレスのお母さんも、その測定を受けたひとりでした。テレスのお母さんは、最近、人をうらやましいと思うことが増えました。子どもを産んでからというもの、周囲の人がどんどん仕事のスキルを身につけて出世し、自分だけが置いてけぼりになっているように感じていたからです。

家族を優先しながら、仕事をし、苦手な家事や育児もがんばっていますが、仕事場でも家庭でも「これくらいやってあたり前」と思われているように感じています。ちゃんとしなくちゃと思っていても、部屋はいつもとっちらかって人に見せられません。

 測定を受けた大人たちは、10分後には診断結果をもらいました。テストが配られる時のように、ひとりひとり名前を呼ばれて、それを取りにいきます。ですが、診断結果を受けとった大人の多くは、それを開くや否や、顔をゆがめました。

そこには「あなたが評価されてない項目」が一覧になっていたのです。

どこかでうっすらわかっていたものの、こうしてリストアップされると、それに耐えられず、結果の用紙を持ったまま立っているのもやっと……という人もいました。

テレスのお母さんは、嫌な予感がしていましたが、震える手でそれを開けた途端、足の力が抜けていくのを感じ、へなへなと床に座りこんでしまいました。

そこには評価されてない項目が、ズラズラと並んでいました。

仕事面、家庭面、育児面、あらゆる項目で、中途半端な自分がいかに評価されてないかが示されていたからです。

男たちはぼう然としている大人たちをゆっくりと見まわして言いました。
 
「みなさん、診断結果は手元にありますね。あなたはまわりにどう思われているか、これでよくわかったはずです」

その場が、水を打ったようにシーンとしました。

「まわりに高く評価されていれば、あなたは今後シアワセになれます。だって社会から必要とされているのですからね。ですが、もし評価されていなければ……まあ、ミライはどうなるかわかりますね?」

男たちの自信満々の声とは反対に、大人たちの顔に、深い不安の色が浮かびます。

緊張に耐えられなくなったのか、ひとりの男性が叫びました。

「いったい、どうしたらいいんだ! 私には家族もいるというのに……それをどうにかしてくれるんだろうね?」

すると、待ってましたとばかりに黒い帽子をかぶった男は、落ち着き払って言いました。

「お任せください。そのために我々がいるのですから。私たちが言ったとおりにやりさえすれば、うまくいきますから」

「本当だろうな?」

「ええ。このままだと、あなたのミライはもっとひどくなりますから」

「もっと……」

「そうでしょう? だって今のあなたの評価といったら」

クククと皮肉そうに口の端を上げて笑う声を聞いて、大人たちは、ひきつった顔で立っているのがやっとでした。なかにはおののいて、ブルブルと震えている者もいました。

そして、男たちは自信満々に次のように言いました。

「でも大丈夫です。私どもが言うとおりに動けば、必ず評価は上がりますよ。1年もすれば見ちがえるような、すばらしい結果を手に入れることができるでしょう。ご希望の方にはサポートに伺いますのでご安心を」
 
大人たちは少し安堵した表情になると、次々にサポートを申し込んで帰っていきました。

その後、男たちは、白いトレンチコートを着て、サポートを希望した大人たちの家々を訪問しました。

テレスが学校に行っている合間を見て、テレスの家にもやってきました。男は診断結果をもとに、テレスのお母さんがまわりからどれだけ評価されていないかを、詳細に説明しはじめました。

それを聞いているうちに、テレスのお母さんはどんどんと自信がなくなっていきました。顔は血の気が引いたようになり、背中はずしんと重く、みるみる指先も冷たくなって、心の奥がざわざわします。

「本当に、こんな私でも評価されるようになるのでしょうか?」と自信なさげにつぶやきました。

男は、サポートに忠実であれば、いかに成功し、出世することができるかを熱弁し、さらにそれを選んだ人の成功例を次々と教えてくれました。

「もう大丈夫ですよ。あなたには私たちという味方がついていますし、サポートがありますから。それは実にシンプルだ。毎日あなたにメッセージが送られてきます。ただそれに従って動けばいいだけなんですよ」

「メッセージで言われた通りにすればいいだけ……ですか?」

「そうです、カンタンでしょう」

「どんなメッセージがくるんですか?」

「あなたがシアワセになるためのアドバイスです」

「でも……本当に私にできるでしょうか?」

テレスのお母さんはオドオドと小さな声でたずねました。

男は、迷っている様子をチラっと見ると、少しあきれた顔で言いました。

「まだ迷っているんですか? ひとつ気になることがあるのですが……。親がどう評価されているかは、お子さんの人生にも大きな影響があるんですよ。あなたのお子さんは大丈夫そうですか?」 

テレスのお母さんは、はっと目を見開きました。

「え? 私の評価が、子どもに影響を?」

「しないとでも思いますか? 子どもは親を見て育つと言うでしょう」

男はひと息つくと「あなたのお子さんが優秀ならいいんですが」と目を細めてじっと見ました。

テレスのお母さんはドキっとしました。いつもテレスにガミガミ言っている自分の姿が目に浮かびました。テレスのことを思って注意しているけれど、もしかして、私の影響が……

「あなたのような評価の低い人間が、迷っている暇なんてありますか?ま、やる気がないなら私はもう帰ります。無料なんですがね」

そう言って、男はくるりと背を向け帰り支度をはじめました。

「ま、待ってください」

「なんでしょう?」

「本当に私でも評価されるようになるんですね?」

「ええ、さっきそう言いましたよね。メッセージに忠実であれば」

「じゃあ、やります」

男は、薄笑いをし「お受けいたしました」と言いました。

「では毎日、あなたにメッセージが送られてきますから、そのメッセージをいつも頭に入れて動いてください。メッセージに従ってやっているかどうかを、私たちはいつも見守っていますよ」

その日以降、テレスのお母さんのもとには、毎朝メッセージが送られてくるようになりました。

例えば次のような内容です。

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まわりがほめてくれることをしよう
自分自身がどうか? は考えないこと
そこだけは気を付けるように
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ネガティブな気もちはおさえこむべし
よい評価に、無理とガマンはつきもの
それだけは覚えておくように
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良い反応と高い評価のために
自分がやりたいかどうかは忘れよう
ミライのためにがんばること
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メッセージを見ながら、テレスのお母さんは、毎日がんばり始めました。
例えばこんな風にです。やりたくなくても、お願いされた仕事は全部引き受けます。どんなに忙しくて時間がなくても、疲れていてもです。なぜなら、お願いを断るより受けるほうが相手が喜びますし、自分の評価も下がらないからです。そうしているうちに、テレスのお母さんには、どんどん仕事が集まりはじめました。

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お願いは断らない
無理にでも笑顔をつくる
自分がどうかは関係ない
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メッセージに書いてあることをブツブツ言いながら、その通りにすればするほど、まわりから喜ばれました。睡眠時間も、家にいる時間も減りましたが、仕事で人に頼られ、感謝されたうえに、お給料も上がっていきました。時にまわりからは、うらやましがられることも出てきました。

また夫にも昇進したことを伝えると、「お前、すごいじゃないか」と目を見開いてほめてくれました。テレスのお母さんは、自分の価値が上がっていくのがわかりました。

生まれて初めて「私は、うまくいっている。成功していっている」と思えたのです。

ただ、これはテレスのお母さんにだけ起こっていることではありませんでした。メッセージを見ながらがんばり始めた多くの大人たちが、この〝いい気分〟を感じていました。

こうして大人たちは、まわりを見るのに忙しくなっていき、自分自身の心を見ることを忘れていきました。

しばらくすると大人たちは、メッセージで送られてくる内容を、子どもたちにも伝えるようになりました。

なぜなら親や先生たちは、子どものミライやシアワセを願って「まわりからほめられて、みんなから評価されるような子どもに育てたい」と思っていたからです。

こうして子どもたちは、大人たちから

「まわりの人から認められるように、行動しようね」
「良い評価をもらえたら、ミライはシアワセになれるよ」

と教えられるようになっていったのです。

テレスも、そのひとりでした。

テレスのお母さんは、娘がまわりから評価されてないところ、つまり、足りない部分にもっと気づかせてあげようと思いました。なぜなら娘には、もっとシアワセになってほしいと願っていたからです。

成績で悪い点をとったり、学校の先生から何か言われた時は「そのマイナス評価が、どれだけミライに悪い結果をもたらすか」を、テレスにわからせたいと思いました。

「このままの評価だと大変なことになるわよ。ちゃんとしなさい」
「なんで、これができてないの? しっかりやらなきゃダメでしょう」

そう言われ続けると、テレスは心が黒い雨雲におおわれていくように感じました。自分がいかに足りないところだらけの、評価される部分がない人間なのかと言われているような気がしてくるのです。そして、こんなにダメな自分だからこそ、お母さんは、このメッセージを毎日自分に転送してくるんだろうと思いました。

「お母さんもがんばってるでしょ。あなたもがんばりなさい。あなたのミライのために言っているの」

口癖のようにそう言うお母さんは、最近では「メッセージに従って、自分がいかに評価されるようになってきたか」を、うれしそうに熱く語るようになりました。

ある日、「本当に、そんなことが自分にも起こるのだろうか?」と疑問に思ったテレスは、1日だけ試しにやってみることにしました。お母さんから転送されてきたメッセージの通りに、自分がやりたいかどうかを考えずに、大人たちに喜ばれそうなことを言ったりやってみました。楽しくはありませんでしたが。

しかし、やってみると、どうでしょう。大人たちはとても上機嫌になるのです。そのうれしそうな顔を見ると、テレスは本心がどうであれ、みんなが喜んでくれて自分の評価も上がるのは、〝いい気分〟だと思いました。
 
そこで次に、友だちにも同じようにしてみることにしました。自分の本当の気もちを脇に置き、相手が気に入りそうなことをやってみました。すると大人と同じように友だちもうれしそうに見えました。相手がいい気分なのを見ると、テレスはすっかりよいことをしている気分になりました。

テレスは、「これがお母さんの言うシアワセとか成功なのかな?」と思いました。

そこで、こうした振る舞いを続けてみることにしました。すると、学校では代表委員をするようになり、先生からも信頼され、友だちからもいろいろ誘われるようになり、自分がとても人気者になったように感じられました。

それを伝えると、お母さんやお父さんも、うれしそうな笑顔で「まあ、あなたはみんなの人気者なのね」「テレスを見ていると安心だ」と言ってくれるようになりました。

テレスはそんな両親の顔を見てうれしくなりました。それと同時に、これをやめた途端、以前のダメな自分に戻ってしまうことを少しおそろしく感じました。

「まわりがどう思うのかな? この評価を下げないようにするには?」

そう思えば思うほど、以前よりも、テレスは周囲の人たちの反応や評価が気になりはじめました。

「代表委員は勉強もできないとカッコ悪いかな……」そう感じたテレスは、毎日塾にも行くようになりました。学校では、いろいろ頼まれることも増えましたが、それも断わりません。

こうして、テレスの毎日は目まぐるしく忙しくなりました。やるべきこと、やったほうがいいことは、どんどん増えていきます。

そんな日々が続くと、正直「疲れて何もしたくない」と思ったり、「本当はイヤだな……」と感じることもありました。でも、そんな弱音を言えば、評価されなくなるのでガマンすることにしました。
 
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自分がどうかは考えない
シアワセに無理とガマンはつきもの
ネガティブな気もちは、押さえこむべし
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こうしてテレスは、平気なふりが上手になっていきました。

気づけば、大人も子どもも、黒い帽子の男たちのことを思い出す余裕もなく、まわりを見て動くことがあたり前になっていったのです。


そのころ、アリスは、テレスと会うたびに、親友が変わっていくのを・・・
アリスとテレスの物語③へ続く)


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