読書メモ 「痴愚神礼讃」

「痴愚神礼讃 ラテン語原典訳
 エラスムス 著
 沓掛良彦 訳
 中公文庫 2014年



知らなかった、こんなに面白い本だとは。そして痴愚がこんなにも素晴らしいものだったとは…。何をバカなことを言ってるんだという人は、この本を買って読んでみてほしい。いや、本気で。ちなみに中公文庫のがオススメだ。


痴愚女神の自己礼賛のファンファーレにすっかり頭がおかしくなりそうな人でも、この痴愚展覧会の陳列物のなかに、残念にも自分を見つけてしまい、苦笑いしてしまうことは必至だろう。人は皆、大なり小なり阿呆である。
しかしこの愛すべき痴愚が、信仰においては腐敗の種にもなり得ることをエラスムスは見通していた。後半から展開される同業者・お上批判は、辛辣を通り越し、次第に激越な調子となっていく。文学的には余計なと言えばそれまでだが、おそらくエラスムスが一番言いたかったのは、この部分だろう。


諧謔とアイロニーとパロディに満ちた文学作品として読むか、その裏に隠された時代批判の冷めた目を見るか。おそらくどちらも正しいし、どちらが欠けてもこの書は成り立たなかったはずだ。


訳者の沓掛良彦氏について私は知らなかったが、その解説やあとがきを読み、感銘を受けたことを書き添えておく。
『痴愚神礼讃』の邦訳には本書(2014年)以前にもいくつかあるそうだが、なかには「到底看過できない致命的な欠陥がおびただしく」あるものがあり(沓掛氏は渡辺一夫氏と二宮敬氏共訳の中公クラシックスより2006年に出版されたものが名訳であり、唯一信頼できる邦訳だとしている)それが沓掛氏が本作をラテン語原典版から訳すことを決意するきっかけになったそうだ。
沓掛氏はエラスムスが本作をラテン語で書いたことの意義と限界を解説で述べているが、ギリシャ・ローマ古典の注釈の嵐である本作を訳すことの困難さは、単なる一読者である私でも想像がつく。しかし、そのような翻訳の煩雑なプロセスを微塵も感じさせない自然な文章に引き込まれ、一読目はあっという間だった。二読目は是非、注釈の細部までじっくりと味わってみたい。
ホルバインによる挿絵も、この書のおかしみを増していて楽しい。

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