読書メモ 「世界図絵」

「世界図絵」
 J.A.コメニウス 著 井ノ口淳三 訳
 平凡社ライブラリー 1995年



先日立ち寄った書店で、偶然コメニウスの『世界図絵』を見つけた。うろ覚えの世界史の教科書のなかでも、何となく印象に残るこの書名を覚えており「これがあの世界図絵か」と、ある種の感慨を抱きながら購入したのだった。


本書で重要なのはやはり「絵」だと思うのだが、唯一かつ決定的に残念なのは、判型の都合で絵が小さく見えづらいという点だ。見開きで絵と文章が対応しており、双方に合番号が振ってあるが、素朴な木版画で細部が判然としないことも手伝い、番号が見えないことが多々あった。せめて判型がこの倍あればと思うが、もしかしたら判型のせいだけではないかもしれない。しかし本書の出版が1658年、この頃すでに普及していた銅版画(木版画より精緻な表現が可能な版画形式)で絵が描かれていたとしたら…この素朴で慎ましやかな味わいは消えていたかもしれないとも思う。
解説でも指摘されているとおり『世界図絵』の図像は中世の書物の挿画よりはるかに写実的であるとはいえ、絵としての力は弱い。遡ること90年も前の1568年に出版された『身分と手職の本』に見られるような生き生きした構図は、そこにはない。絵はあくまで文章に付随する解説図という位置づけであるように思う。しかし、そうであっても「世界初の子ども向け絵本」と形容される本書の歴史的意義は変わらないであろう。


『世界図絵』は「絵入りの教科書」として、18世紀には聖書に次ぐベストセラーと言ってもおかしくないほど各国語に訳され普及したそうだ。背景には三十年戦争の戦禍の中、見捨てられた子どもたちや、丸暗記式の詰め込み教育しか知らない子どもたちの存在があり、そのような状況下で、本書の登場は画期的なものであったろうことは想像に難くない。
コメニウスは別の著書『大教授学』において「すべての人にすべての事柄を教授する」ことの重要性を説いており、また、世界のすべてを網羅する普遍的かつ統一的な知識体系をまとめあげようとする「汎知学」という思想をもって『世界図絵』を書き上げたという。目次にあげられた項目を眺めていると、コメニウスの世界観が伝わってくるだけでなく、当時の生活・技術・学術を俯瞰することができ面白い。キリスト教以外の異教についての項目もあり、コメニウスのフラットなスタンスも垣間見える。


時代の波に翻弄され続け、生涯各地を流浪しながらも最後は自由の地アムステルダムで激動の人生の幕を閉じたコメニウスの願いが結実した本、それが『世界図絵』であることを思うといっそう感慨深い。

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