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自分の軸を外さない 〜ランニングとキャリアの共通点〜

いつもの河川敷を走り始めて90分。ようやく20km地点まできた。今のところ4分40秒/kmのペースを維持している。目標のレースペースだ。

今回の30km走で少し余裕を持って走り終えることができたら、フルマラソンでもこのペースでゴールできるだろう。でも、先ほど中間地点で折り返して感じたのは強い向かい風だ。その時初めて、往路は追い風に背中を押してもらっていたことに気づいた。後半のことを考えて、もう少しペースを上げておけばよかったと反省しながら、人生にはよくそんなことがあるなと思った。誰かに支えてもらっていたことに気づくのは、たいていその人がいなくなってからだ。

あと10km。余裕をもって走るのが難しくなってきている。乱れてきたランニングフォームを整えるため、ぐっと背筋を伸ばして身体を前に倒した。

フォーム

走るという行為はある程度日常的に経験するものだが、意外にそのフォームを教わる機会が日本の教育では少ないと聞いたことがある。確かに学校の体育の授業でランニングフォームを教わったことはない。高校で野球部に所属していた時も特段の指導を受けた記憶がない。陸上部に入らなければ学ぶ機会はないのかも知れない。見よう見まね。できるだけ足を遠くに伸ばして、高速で回転させればよいと学生の時は考えていたように思う。でも、年を重ねてランニングが趣味になって、今さらながら走り方について勉強するようになった。

ランニングフォームには理論がある。それはできるだけ無駄なチカラを使わずに効率よく自分の身体を遠くへ運ぶこと、つまりランニングエコノミーを実現するフォームだ。

多くのランニングコーチが語っていることや、定期的に通っている整体の先生の意見を踏まえると、最も重要なポイントは2つに絞られると思う。それは「重心着地」と「前傾姿勢」だ。

図:ランニングフォーム(重心着地と前傾姿勢)

重心に着地する

速く走ろうとすると、多くの人は足をできるだけ前に出そうとする。図の左の絵のように、自分の身体の重心より遠く前方に、踵から着地するイメージだ。しかしこれは前に進もうとする身体に対して、一旦ブレーキをかけることになる。そして次の一歩を踏み出すために、着地した足の踵からつま先へと力点を移動させなければならない。それは足の裏と地面との間に摩擦を生じさせる。

フルマラソンでのストライド(一歩の長さ)を仮に120cmとすると42kmで35,000歩となる。ゴールにたどり着くまでにブレーキと摩擦を35,000回も繰り返すことはエコノミーではない。

重要なのは重心着地だ。右の絵のように、自分の身体の重心に着地することで、前方向に進む体重を足に乗せることができる。つまりブレーキがかからないのだ。さらに、次の一歩は着地した足を地面から離すだけなので地面との摩擦も生じにくい。

前傾姿勢を保つ

もう一つは姿勢。左の絵のように身体がまっすぐ立っている状態では身体は常に重力にしたがって下に向かっている。前に進むには足のチカラで下に落ちようとする身体を持ち上げなければならない。

重要なのは前傾姿勢だ。右の絵のように、背筋を伸ばして骨盤から身体を前に傾けておくことで、身体は自然と前方に向かおうとする。足のチカラに頼らず前に進むことができるのだ。

ただし、前傾姿勢を42kmキープするには、それを支える下腹部の筋力(腸腰筋ちょうようきん)が必要だ。この筋力を使うことで、マラソンに必要なチカラを足以外に分散することができる。身体のさまざまな筋力に役割分担させることがランニングエコノミニーにつながるのだ。それは会社やスポーツにおける組織の力に似ているかも知れない。多様なメンバーの強みを活かして役割と責任を担ってもらうのだ。

キャリアカウンセリング

25kmを過ぎると次第に前傾姿勢を保つのが苦しくなってきた。無意識のうちに身体が起き上がり、あごが上がってくるのがわかる。まだまだ腸腰筋を鍛える必要がありそうだ。

ランニングは不思議だ。長い時間走っていると、何の脈略もなく日常の出来事や大事なことが思い出されたり、悩んでいたことの解決策やアイデアが突然ひらめいたりする。それは私に限らずランニング愛好者にとっては、「あるある」の現象だ。

走ると血液の循環が良くなる。すると脳の前頭前野と呼ばれる創造性を司る部分が活性化するのだそうだ。

残り5kmほど。もう一度背筋を伸ばして姿勢を前方に傾けた瞬間、ふと先日のカウンセリングのことを思い出した。

昨年の8月に資格を取得してから、時々ボランティア的にキャリアに関する面談をさせていただくようになった。本業ではないし経験も浅いので、直接的にアドバイスすることは避け、まずは丁寧に相手の心配ごとや大事にしていることを傾聴し、気づいたことをフィードバックしている。

その人は勤務先の上司との関係に悩んでいると言った。組織の効率的な運営を優先する上司と、社員一人ひとりの可能性をもっと丁寧に探るべきと考える自分との間で考え方のギャップがあるのだという。上司の意見と折り合うことができずにぶつかってしまい、いつの間にか上司から阻害されている感覚を持つようになった。居心地の悪さから出社することが難しい気持ちになる時がある。

「でも、転職したいとか、違う部署に移りたいとは思いません」

これくらいのことはどこの会社でもあるから、逃げてはいけないと思うのです。そう話す表情は少しつらそうに見えた。

色々と聞いているうちに、仕事をしていて最近うれしかったことに話が及んだ。

「メンバー全員がいきいきしている組織があるんです。若手社員に話を聞くと、会社に来るのが毎日楽しいと。でも仕事がゆるいわけではなくて、それぞれ挑戦していることがあるようなんです。とても勇気をもらったし、そんな組織を増やしていきたいと思いました。」

それから少し無言になり、「私はそういう仕事がしたいのかもしれません」とつぶやいた。

どこで働くにしても、自分が大切にしたい価値観は重要だ。心理学者のエドガーシャインは、人がキャリアを形成するにあたって最も大切にすべき価値観や欲求のことを「キャリアアンカー」と呼んだ。アンカーとは人生における「錨(いかり)」のことだ。

「そんな仕事をするにはどんな知識やスキルが必要でしょうか・・・」

その人が幾分明るい表情になったところでカウンセリングを終了した。自分自身の言葉から、自分のキャリアアンカーのようなものに気づき、それを実現するために学ぶべきことを見つけたいという心持ちになったようだった。

キャリア理論家のマーク・サビカスは、時代や環境の変化に応じてキャリアを柔軟に適応していくスキルを持つことの重要性を唱えている。そのスキルの一つは「好奇心」。新しいことに積極的に挑戦したり前向きに取り組む姿勢のことだ。

次の一歩

ランニングに必要な「重心着地」と「前傾姿勢」。自分のキャリアを考える上で重要な「キャリアアンカー」と「好奇心」。

それぞれが対になっているように思える。ランニングで前に進むための一歩は、重心つまり自分の軸に着地する。それによって安定的に自分の身体を前に運ぶことができる。それはキャリア形成におけるアンカーに通じそうだ。キャリアを歩んでいく上でいつも自分の大事にしたい価値観を見つけてそれを軸にして行動することが、その人なりの幸せややりがいにつながっていく。

ランニングにおける前傾姿勢とは、キャリア形成において常に好奇心を持って前向きに新しい何かを学び続ける姿勢に通じそうだ。無理な一歩を重ねていると怪我のもとになるし、健康を害することにもなる。といって、前向きな姿勢を失ってしまうと、ありたい姿に辿りつけない。

マラソンはよくキャリアや人生に例えられる。それは単に長い距離を走り続けるからと思っていたが、もっと深く通じる部分があるようだ。

人は異なるテーマの間に「通じる」ものを見つけると何かうれしくなる。それはあることで得た学びを別のことにも活かせると知ることで、自分の成長を実感できるからではないだろうか。

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30km地点まで残りわずか。相変わらず向かい風が吹いている。でもこの一歩一歩が自分のキャリアをつくりあげていくように思えてきた。あごは上がりつつあるが、最後まで走り抜きたい。家に帰ったら腸腰筋を鍛えよう。

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