小さな恋の話

小学生の頃、僕はサッカーを習っていた。
放課後に練習場に行き、ボールに触り、年に数回試合がある。

当時は、運動が得意な人はクラスでもスーパースターになれた。
サッカーの授業で、ゴールなんて決めた日にはキャーと声が聞こえるほどだ。
だが、それは同じクラスの大和の話で、僕の話ではなかった。
僕も同じクラブに通っているが、リフティングすら10回も出来ないほど、運動音痴だった。

周りのみんなには、何故クラブに生き続けているのかが分からないと言われていた。
僕も何故だかわからなかった。

僕の通っていたクラブは男女混同で練習をしていた。
女子の中で、1人だけズバ抜けて上手な子が居た。彼女の名前は佐川唯。僕と同じ年なのに、僕の十倍では足りないくらいリフティングも得意で、練習でもゴールを決めない日が無いくらいサッカーが上手だ。

女性が綺麗だと認識したのは彼女がゴールを決めて喜ぶ姿を見た時が初めてだろう。
子供ながらに、恋をしていた。

8月の夏休みに入り、夏の大きな大会に向けた予選が始まった。
僕のクラブも、ベンチ入りメンバーを含めたメンバーを連れて試合に来ている。
試合は男女が別で、隣のコートで行われていた。

夏の大会といえば、青春や若々しさ、色々な事を思い浮かべるだろうが、僕に焦点を合わせてしまうと最悪だった。
何故なら、ベンチ入りすら出来ずに離れた場所から見ているだけだったからだ。
決して、仲間を応援したく無い訳では無い。
チームが勝った時に喜び、負けた時に励まし合う、そんな中に入れずに見守るのが辛く恥ずかしいからだ。

鞄の中に隠して持ってきたカセットレコーダーにイヤホンを繋ぎ、耳につけた。
このカセットレコーダーは、最近祖母から貰ったばかりのお気に入りで、中身のカセットも初めて買ったレミオロメンのテープだった。

真夏には合わない『粉雪』を耳にしながら、目の先にある歓声や試合を見ない様にしていた。

早く終わらないかな、なんて思っていた時に誰かが横に座った。
佐川唯だ。
彼女は、僕のイヤホンをそっと取り、何聴いているのとイヤホンを自分の耳につけた。
彼女は静かに目を閉じ、曲を聴き始めた。
僕は、曲を止めてしまったかと思った。
それくらい彼女の横顔の美しさや、今の自分達の状況に戸惑いを感じていたのだ。

練習試合でさえ、同じベンチに座れない佐川唯と隣に座り1つのカセットを共に聞いているのだ。
何曲聞いたかわからない頃、イヤホンのつけていない耳に、佐川唯の女子チームが呼ばれているのに気づいた。
佐川唯は、これだけ聞いたら行こうかなと言った。
初めて、流れている曲を知った。
レミオロメンの『太陽の下』だった。

一曲がこれほど、短く感じた事は無かった。
僕は、隣に座った佐川唯から目が離せなかった。
耳元で聞こえる『笑って心開いたら、あなたのこと好きになった』を心に響かせながら、僕はこの曲が終わらなければ良いと思った。

そんな夏の小さな恋の話だ。


2020.06.19 陽

この記事が参加している募集

夏の思い出

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?