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行動科学と投資

今回は、心理学者であり資産運用者でもあるダニエル・クロスビー博士の著書「行動科学と投資」をご紹介します。


・紙幣自体はただの紙切れで、元々の価値はない。
・ヒトが頭の中で作り上げたものが金融市場であり、お金や資本市場はみんなで共有する幻想であって、その価値は物理的というより心理的なものである。
 したがって、ヒトを理解しなければ、市場を理解することはできない。


たしかに、お金というものはヒトが作り出した”フィクション”です。

したがって、まずは”人間の性質”について深く理解しなければ、どのように投資すべきかのヒントを得ることができません。


本書ではこの前提を基に、投資判断に影響を及ぼすリスク要素を行動科学の観点から検証し、リターンと行動を改善する実践的な解決策を提示しています。


人間の性質を理解しておくことで、私たちが陥りがちなワナを事前に回避できたり、人間の性質を逆に利用して物事をうまく運ぶこともできそうです。

人間の心理的傾向を理解し、より謙虚になることで、投資パフォーマンスだけでなく、日々の生活の質も向上させていきましょう。


本書を読んで学習したこと

本書を読み、下記の項目について深く理解できました。

■ 行動科学的リスクとは?
 1.エゴ
 2.保守主義
 3.注意バイアス
 4.感情
■ 行動科学的投資家になるためには?
 1.エゴの克服
 2.保守主義の克服
 3.注意バイアスの克服
 4.感情の克服
■ ルールに基づいた行動科学的投資とは?

以下、それぞれ見ていきます。


■ 行動科学的リスクとは?

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「どうしたら投資で失敗しないか」を考えるためには、リスク管理する方法を学ぶことが必要です。

投資リスクとして、下記2つは教科書的にも有名です。

① 市場リスク(システマチックリスク)
 特定の銘柄にかかわることではなく、幅広いマーケットが動いたことによって資金を失う可能性

② 事業リスク(非システマチックリスク)
 特定の事業に付随する要素によって個別銘柄の価値が下がる可能性

そして、最も重要な3つ目のリスクが、投資行動に影響を及ぼす心理的傾向である「行動科学的リスク」です。


著者が投資家の行動を研究した結果、すべての行動科学的リスクには、その根底に以下の4つのリスク要素の1つ以上が含まれていることを発見しました。

1.エゴ
2.保守主義
3.注意バイアス
4.感情

以下では、これらのリスク要素について簡単に見ていきます。


エゴ:
自信過剰で、明敏な判断よりも自分の能力を信じた行動をとる傾向。

エゴのリスクとしては、例えば過度に集中的なポジションや、チャーニング、過度なレバレッジがあります。

投資においては謙虚さが必要であり、自信過剰になるのは避けるべきです。

自信過剰への適応要素を紐解くために、まずは自信過剰が3つのタイプで構成されていることを理解する必要があるといいます。

①オーバープレシジョン
 自分の信念に過剰に固執すること
②オーバープレースメント
 自分の能力を他人と比較して高く評価すること
③オーバーエスティメーション
 自分の思いどおりになることや成功することを非現実的に楽観し、過大評価すること


「エゴ」に関して押さえておきたいポイントは以下です。

・投資家にとって「自分を信じる」という助言は害になる。
・人は自分自身の信念を証明するような情報を探そうとする。
・自分の判断を過信すると痛い目に遭う。
・私たちは自分が信じていたことに反論されると激しく反応し、信念はより深まる。
・パラドックス的だが、状況があいまいなほど私たちは確信的になる。
・夢中になる投資のアイデアほど、しっかりとは考えていない。


保守主義:
利益よりも損失、変化よりも現状維持を不当に優先すること。

保守主義のリスクは、私たちが利益と損失や、現状と変化を非対称的に選好することの副産物です。

保守主義の影響は、
・新しい在り方に抵抗する傾向(現状維持バイアス)
・全体のリスクが大きく下がることよりも特定のリスクをゼロにすることを選好する傾向(ゼロリスクバイアス)
・将来のニーズよりも今のニーズを優先する傾向(双曲割引)
にも見られます。

人が保守主義に向かう傾向は神経系の処理によるところもありますが、
・授かり効果
・単純接触効果
・ホームバイアス
・後悔回避
・損失回避
などの様々な非合理的な認知過程の相互作用による行動でもあります。


「保守主義」に関し、押さえておきたいポイントは以下です。

・結果が同じならば、行動する方が行動しないよりも後悔する可能性が高い。
・私たちは今までの自分の選択を褒めたたえ、選択しなかった道をこき下ろし、その二つを組み合わせて自分は幸せだと納得している(だから、間違いから学ばない)。
・私たちは自分が所有しているものを高く評価する。

注意バイアス:
情報を相対的に評価する傾向で、意思決定において確率よりも顕著な特徴を優先すること。

注意リスクは、確率が高くてもあまり恐ろしくないリスクよりも、確率は低くてもひどく恐ろしいリスクのほうに注意を奪われることです。

注意バイアスもエゴや保守主義と同様、緊張した脳が実践的な近道を探すなかで起こる副作用です。

この傾向は、馴染みのないものをよりリスクが高いと評価し、ファンダメンタルズ的な質と関係なく、自国の株(ホームバイアス)や馴染みのある名前(単純接触効果)を好むことにつながります。

注意が貴重な資源である世界では、私たちはあらゆる音に気を配り、意味のある情報とただの雑音を区別しなければなりません。


「注意バイアス」に関して押さえておきたいポイントは以下です。

・私たちは、思い出しやすいことと確率を混同する傾向がある。
・人は確率ではなくストーリーで考える。
・私たちは、衝撃が大きくて確率が引く怖い出来事が起こる可能性を過大評価する。
・情報が多すぎても少なすぎても市場は非効率的になる。
・逆説的ではあるが、複雑で動的な系においては、過剰最適化を避けるための単純な解決策が必要。


4.感情:
リスクと安全性に対する見方が、一時的な感情と個人的な情緒安定性(ポジティブかネガティブか)に影響されること。

感情は、自分に悪いことが起こる可能性を過小評価し(楽観バイアス)、悪いことが起こる可能性について考えることを避けようとし(ダチョウ効果)、判断における感情の重要な役割を無視しようとします(感情移入ギャップ)。

そして、恐怖が限界を超えて強くなると、人は痛みを避けようとして動けなくなります(ネガティビティバイアス)。

しかし、感情が合理的な運用プロセスを破壊してあらゆる惨事をもたらしているにもかかわらず、多くの投資家は第六感に頼って判断を下しています。


「感情」に関し、押さえておきたいポイントは以下です。

・お金への愛着によって、金銭的な判断を下すときに感情への依存が強まる(弱まるのではなく)。
・感情は人生や死に関する判断や時間がないときの選択には適しているが、それ以外のときには役に立たない。
・感情は私たちが順守するつもりのルールを無視させる。
・私たちは大きな成果への欲求と可能性を混同する傾向がある。
・私たちは楽しい行動のリスクを低めに見積もる傾向がある(逆もある)。
・激しい感情はスケジュールを破棄し、将来を無視して今を優先させようとする。


以上の行動科学的リスク要因を把握することで、間違った行動が「なぜ起こるか」を理解することが容易になります。


■ 行動科学的投資家になるためには?

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4つの行動科学的リスク要因を把握した上で、それらにどう対処していけばよいのでしょうか。

以下では、前記のリスク要因の克服法について見ていきます。

1.エゴの克服

本書で挙げられているエゴを克服するためのツールのうち、特に有用と思った2つをご紹介します。

① 富を分散投資する

行動学的に見れば、分散投資は謙虚さを具現化し、エゴのリスクを管理するための方法です。
分散投資は、資産運用に内在する運と不確実性を受け入れ、将来は知ることができないことを認めることとも言えます。

推奨されるのは、適切に分散して特異なリスクを最小限に抑えて壊滅的な損失からポートフォリオを守りつつ、十分知り得ることができる銘柄数に抑えることです。

本書の中で有名投資家の言葉や研究結果が紹介されていますが、10~20銘柄くらいが適切なようです。


②教えてみる

人は何かを教えると謙虚になり、自己評価を自分の実際の理解度に近づける効果があるそうです。

理解を深めるための方法は、ファインマンテクニックと呼ばれており、以下の3つのステップから成っています。
1)自分で何がわからないかを見つける。
2)自分で学ぶ。
3)それを子供や初心者に教える。

このテクニックは、人間の傾向である自分の能力を過大評価することと、複雑さと理解を融合することの両方に効果があります。


2.保守主義の克服

保守主義を克服するためのツールのうち、特に重要と思った2つをご紹介します。

① 知らないものを買う

馴染みのあるものを選ぶようになる現象は、心理学では単純接触効果と呼ばれています。

投資においても同様のことが起こります。

自分にとって馴染みのある銘柄のリスクを低く見てしまうのです。

したがって、地元のショッピングセンターで「身近な銘柄」を探すのではなく、知っている銘柄も知らない銘柄も含めて、地域や資産クラスを分散する計画を立てるべきだといいます。


② 少しだけ遅らせる

過度な保護主義を直す方法の一つは、先送りです。

スピードは良い意思決定の敵であり、急がされるとバイアスのかかった思考や現状維持に過度に依存するようになるといいます。

そのため、大事な判断を下すときは、時間をかけて最初の選択を再考し、それでもまだ同じ選択をするかどうか確認するといいそうです。


3.注意バイアスの克服

注意バイアスと戦うためのツールのうち、特に重要と思った2つをご紹介します。

①ストーリーは無視して確率を使う

ストーリーの美しさしばしが確率よりも重視されます。

金融ニュース番組のマーケットのカリスマによる複雑なマクロ分析の解説は、実際には課題を複雑にし過ぎていることの方が多いといいます。

ストーリは無視し、投資において「確率」が強力な言葉だという知識に従い、自分に有利な確率に毎回合わせながら、ひたすら手順を遵守していくとよいそうです。


②単純な解決策を探す

投資家は簡単に利用できるツールを無視し、もっと壮大なものを求めて無駄足を踏むことがよくあるといいます。

あるデータによると、最高のパフォーマンスを挙げている個人口座に共通していたのは、彼らが口座のことをすっかり忘れていたか、すでに死亡していたということだったそうです。

優れた投資家の行動学的に、複雑な特性を探し出すことはなかったということです。


4.感情の克服

感情と戦うためのツールのうち、特に大切だと思った2つをご紹介します。

① 強い感情を制御する

著者によると、投資はシステマチックに行うのが最適で、マネジャーの裁量の余地はかなり限定的にすべきだそうです。

自分のルールから逸脱したくなったときの対応として、ミシェル・マクドナルドが提唱するRAINモデルという”激しいストレスをもたらす怒りを制御するための方法”が紹介されています。

RAINとは次の略語です。
・Recognition(認識する)
 自分の心と体に起こっていることをあえて観察し、名付けます。
Acceptance(受け入れる)
 観察したことの存在を認め、受け入れます。その感情を好きにならなくてもよいですが、抗うのは逆効果です。
Investigation(検証する)
 自分自身への説明を確かめ、どのような思考が存在しているのかを検証します。
Non-identification(同一視しない)
 ストレスを認識し、受け入れ、検証すると、その感情は自分のなかのほんの一部だということに気付くことができます。そうすれば、その感情に支配されないようにできます。

感情は関心を奪い取る力によって、私たちの感情的現実と外部の現実を融合してしまうこともあります。

そこで、感情的反応の経緯を認め、受け入れ、検証することで、感情は真実を追求するための全体像の一部を担う価値ある情報になり、それ自体が真実だという誤解を解くことができるといいます。


② 自動化、自動化、自動化

本書の内容は、最も端的には「自動化、自動化、自動化」の3語にまとめることができると著者は述べます。

たしかに、実際に投資ルールのシステムに奴隷のように従っていれば、マーケットがどのような状況でも感情という厄介な要素を完全に排除できます。

パニック売りをしたり、質は低いが魅力的な株を買ったりするのも、知識がないからではなく自制心がないからです。

このように、最も賢い行動が自制の場合もあるということを忘れてはいけません。


■ ルールに基づいた行動科学的投資とは?

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まず、パッシブ運用とアクティブ運用について、両者の長所と短所を以下にまとめます。

<パッシブ運用>
○長所:
・人の手を介さず、手数料が安い
・投資対象が幅広く分散されている
・銘柄を入れ替えるのは、対象となるインデックスの構成銘柄が変更された場合に限られ、回転率が低い
・歴史的にも妥当なリターンを挙げている
○短所:
・行動科学的観点からは悪い傾向が固定されてしまう(割高な大型株を買う)
・考えない売買によって市場が全体的に「脆弱化」する

<アクティブ運用>
○長所:
・行動上のミスから投資家を守ってくれる
・市場の変化に対応し、他の人たちの認知的なミスを利用できる
・みんなとは違う判断により大きな利益を生むこともある
○短所:
・マネージャーが自分の行動上の欠陥を抑制できない
・自信がない
・手数料が高い

これらのパッシブ運用とアクティブ運用の良いところを利用したシステムを構築するとよいと著者は主張します。

そのシステムの特徴は以下となります。
・妥当な手数料
・ほどよい分散効果
・市場の状況に対応できる
・リサーチに基づいている
・回転率が低い
・バイアスを避けるためのシステム的な運用

この方法を、ルールに基づいた行動科学的投資(RBI)と著者は呼んでいます。

本書で繰り返されている「自動化」のためのルールのヒントがここに隠されています。


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以上、本書の前半部分を中心にご紹介しました。

本書後半では、より実践的なポートフォリオの構築法について、多くの実例を交えて行動科学の観点から深く考察され、解決策が提示されています。


人間の性質に関する記述など、極めて示唆に富む内容で大変勉強になりました。

行動科学的に注目した投資術にご興味のある方に、非常におススメの一冊です。


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