あぁ、あいつイジメてたんだよなヒロポンのこと。腹立つ腹立つ腹立つ。どうせ佳代ちゃんがヒロポンといい感じだから嫉妬してたんだろ佳菜子め！イジメてんじゃないよホント。私がいつまでも面倒見てられるわけじゃないんだ。何考えてんだよホント。高校生になるまで道徳で何習ってたんだよ。そのくせビジネスの授業だけ優秀で社会の犬になり下がる能力だけは高そうなやつなんだよなぁ佳菜子のヤツ。入学早々１か月半であのイジメようとかマジで最悪なんですけど。私のクラスの治安どんだけ悪いんだ。
　あぁ、こんなこと思い出してる場合じゃないんだよ。もっとビビッと来るような記憶なかったかなぁ。でも大学でも彼氏いなかったし、夜９時にようやく採点作業が終わるとか最悪だよなぁ今日。でもまぁヒロポンはよく頑張ったよ。内申点がかなり低かったヒロポンはきっと一生懸命勉強したんだよなぁ。だからそのヒロポンをイジメる佳菜子が本当にムカつく。あぁ、あぁ、こんな時ぐらい私いいことを思い出せ。
　お母さんの唐揚げ美味しいんだよなぁ。初任給で何かおごりがてら晩は手料理を振る舞ってもらう計画がパァだ。あのクソガキ。ぶっ殺してやる。くそぉ、くそぉ、でも私、あぁ、あぁ。
　瞼を開けておくのが難しくなってきた。寝たらだめだ寝たらだめだ。バッグに突っ込んでおいた雪見大福のパッケージが赤くなぞられていく、あるいはダイフクのデザインを赤く染めていく。くそぉくそぉ。あのクソガキ、絶対殺してやる。私はなぁ！私はなぁ！うつ病の姉ちゃんがいるんだ。障がい者年金も取れなかった姉ちゃんを楽して生活をしてもらうために絶対もっともっと稼ぐんだ。ここで目をつむるわけには行けねーんだよこのクソが！クソが！クソが！ちくしょう！私何で泣いてるんだよ！弱った時に泣く女はきっとレイプされやすいんだ！気をつけろよ私！気をしっかり持て！
　私、保育園の時は一番先生に気に入られて可愛がってもらった。実の親じゃなくたって愛情を注いでくれた人がたくさんいるんだよ！今でも先生が外履きに書いてくれたアンパンマンのイラストはしっかり覚えてるんだよ。雨の日は泥が付いてほくろだらけって言われちゃったけど、ヘチマのたわしで洗ったらきれいに落ちるんだよ！なんだよ！なんでそんなこと覚えてんだよ！あぁそうだよ。私、だから先生になろうって決めたんだよ！
　小学校の時はさぁ、背の順で前から数えて２人目になったことが一番後ろに立った記憶だよ。止まれよ走馬灯！全部思い出そうとすんな。生きるんだよ生きるんだよ生きるんだよ！
　姉ちゃんはさぁ、ひどい男を彼氏にしちゃってほとんど毎日レイプされてたんだよ！あんな奴別れてよって私がいくら言っても聞かなかったんだよ！でも姉ちゃんはなんも悪くないのに何あの姉ちゃんの上司！レイプされる側にも少しは問題があったんじゃないかなんて反吐がでるわ！姉ちゃん、姉ちゃん、心配だよ。心配だよ。くそぉ！止まれ走馬灯。
　私はそうだよ。バカだったよ。算数だって６０点以上取れたことがないぐらいにバカだったよ。だから？発達障害がこの世でまだ病気として認知されていない時代だったからだから私、いっぱいいっぱい勉強することができたんだ。がんばったんだよ私！なんならてめぇの分まで頑張ってやるから、だからせめてせめてもう少し手加減してくれよ！なんで私死んじゃうんだよ嫌だよ！嫌だよ！

　その電車は新任１か月目の先生の腹がナイフで刺されたのにまだ気が付きません。車掌が緊急ブザーの意味を知るにはもう少し後です。先生が教えている生徒よりも少し小さく見える犯人の少年は次の乗客を刺しに先生のそばを離れるところです。

　ふざけんなよこのクソガキ。私はまだ生きてんだ。声が出せなくたって生きてんだ。足がちぎれたって這ってでも生きてやんだ！母ちゃんの唐揚げ絶対食べてやんだ！ふざけんなふざけんな！私は姉ちゃんを助けてやんだ！

　そのナイフを持った少年はあまりに力強く先生が足をつかんできたことで興奮してじたばたと転んで地団駄を踏む格好になりました。緊急停止する車内が少し揺れ、ドアが開くと何人かは意を決して先生の助けになるべく犯人を取り押さえ、何人もの人が警察や救急に電話をしています。不安でパニックになっている人もいます。

　あーあ、息止まっちまったよ。瞳孔開いてるとか言ってるよ。あーあ私死んだのかよ。なんなんだよ。最後にＡＥＤする奴が私の胸を見るんだったらもうちょいイケメンが良かったかなぁ・・・でも医者かぁ・・・頼りになるなぁ。犯人の子、捕まったかな。他に誰か刺した後じゃないといいな。

　それにしてもさ、私は中学の頃・・・
　それにしてもさ、私は高校の頃・・・
　私が初めて好きになった人は・・・
　私がこっそりいたずらして後悔している相手は・・・
　あぁ、猫ってあったかいんだよなぁ・・・
　死にたくねーよー・・・
　死にたくねーよ・・・
　生きてるってスゲーんだなきっと・・・
　来世はもっと美人になってなきゃ勘定があわねー・・・

　なんかすごい夢だったな。私は洗顔をすると、自分の眼の下に真っ黒なクマができて笑ってしまった。頬をつねると痛かった。夢だ。あれは夢だったんだ。夢・・・か。でも私、家族が好きなんだなぁ。