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老鶴一聲山月髙

 会話の最中に、あるものごとを適切に表現する言葉が出てこなくなることが、このところ特に多くなった。

 誰でも歳を取るとそうなるのかもしれないが、自分の場合は若い頃からそういう健忘症に悩まされており、簡単な表現がとっさに思い出せなくて、わざわざ代替の、―多くの場合はより難解な―語彙を用いて取り繕う場面があった。やたら耳慣れない言葉を使う厭味な人間だと思われたかもしれないが、実際仕方なかったのである。だが近年の「思い出せない」は、とにかくものの名前が出てこないので、単純に老化によるものではないかと疑っている。最近に至っては難解どころか、適切でないかもしれない曖昧な表現で置き換えて誤魔化すことを覚えてしまった。

 瞬間的な反応を強いられる会話にあっては、上記のように言葉を置き換えることはやむを得ないと諦めた。しかし、書くということになると、秒単位での対応は迫られないのだから、適切な言葉が出て来るまでじっくり考えたい。そうしていじいじ・うじうじと考えているうちに、長い間意識もしていなかった言葉が、突然頭の中にひらめくという瞬間があって、物事にぴたりと言葉がはまった時の快感は格別である。書くことをやめられない理由のひとつは、自分の場合、間違いなく、このぴったり当てはめることへの陶酔にある。

 小学校の玄関入口を入ったところ、靴を履き替えるための、下駄箱などがあるあの空間をなんと書くかで悩んだ。ロビー、エントランスホール、入り口の待合、受付スペース、いろいろな言葉で試してみたが、どれも大人社会の言葉である。しっくりこない。そのうち書く気をなくして下書きを放り出してしまった。自分にとってお決まりのパターンである。何日も微妙な気持ちの悪さを引きずりながら、ある時自宅で洗髪をしていたら、ふと、昇降口、という言葉が数十年ぶりに蘇った。ああ、そうだ、昇降口。こんな、何の感情を表すでもない単なる名詞なのに、思い浮かぶとウキウキするのはなぜだろう。そして、考えが巡ったり表現が浮かんだりすることが、なぜかきまって頭を洗っているタイミングなのも不思議である。

 どうしてまた、昇降口という言葉を使う必要があったか。通勤途中の小学校の正面玄関がガラス張りになっていて、道路から中が見えるようになっている。ある日、歩きながら何気なくふと見たら、ガラス越しの昇降口の壁に「老鶴一聲山月髙」という墨書が飾られていることに気づいた。そのことを書きたかったのである。

 その額装は、きっと生徒が書いた作品なのだろう。遠目に見ても堂々たる筆跡であることがわかる。自分は書が趣味というほど雅でもないし素養もないが、立派な揮毫や筆跡に触れると、無条件で感銘を受ける心の仕組みを持っている。整った字を見ていると清々しいのである。

 小学校の中をじっと立って見つめると不審がられるに違いないので、毎朝道すがら、この立派な書を横目で見て眼福にあずかっている。この一節はどうせ杜甫や李白からとったのだろうと思い込んでいたが、調べてみたら違っていて、薩都剌(サドゥラ/さつとら)という元代の詩人の作なのであった。

 14世紀に生きたこの詩人は、西域出身のイスラム教徒であり、書画に巧みで、詩詞に長じたということである。杜甫や李白とは生きた時代も民族も全く違うが、それにしても「老鶴一聲山月髙」とあれば、字面からはなんとも漢民族の風情を感じる。実際、Wikipediaによれば薩都剌は「抒情的で唐詩の風があるといわれ、李白など唐代の詩人に影響を受けたとみられる」とある。この薩都剌という人物は、すぐれた中国詩人の例にもれず、科挙に及第して進士となるものの、それほど出世もせず、元末の混乱が激しくなると官界を退き、杭州に隠棲したという。失意の隠遁者である。魯迅が彼の詩集を愛読したことを作品に記しているとの情報は気になって仕方ないのだけれども、具体的にどの作品で言及されているのか、追究できなかった。

 この詩をフルに示すと、以下の通り。(下記サイトを参照しました。)

山酒吹香出小槽   山酒 香を吹きて 小槽より出で
燈前痛飮汚靑袍   燈前に痛飲して 青袍を汚す
夜深夢醒知何處   夜深けて夢醒め 何處なるかを知らんや
老鶴一聲山月髙   老鶴一聲 山月髙し

 作者の出自を知ってから詩を見ると、中央アジアの平原と山脈のコントラストに、月が高々と存在しているような映像も浮かぶような気がする。現代の都会の月は低くて、それはそれで美しいと思うこともあるのだが、本来それが深い紺の空において、高い位置にあるべきということをうっかり忘れてしまう。月はいつも我々の手の届かない場所にあって、時には優しく、時には冷ややかに、我々を見下ろしているのである。

 さて、小学校の昇降口に飾られた額装の横には小さい文字で、おそらく筆者の署名が添えてあるが、これがうまい具合に見えそうで見えない。学校の中に入らない限り、その文字を読みとることは難しい。だが、知らないままにしておきたいのである。名前が見えないところが良い、そんな気がする。今のところ自分にとって、令和の三筆あるいは三蹟に指を屈せられるこの幼い(であろう)能書家を、あえて無名のままにしておきたい。

 そういえば、能書家とか三筆とか三蹟という言葉も、まとめて久々に使えたので気持ちが良い。こんな具合で、薩都剌が酒に酔って夜が更けるのを忘れていたが如く、自分も言葉をあてはめる作業に酔っているうちに、いつしか夜が明けてしまったらしい。窓の外では鶴の代わりに小鳥が囀っている。

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