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映画が描くバブルの実相とメンタリティー<4> 『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』~バビロン再訪#21


80年代バブルを描いた日本映画は少ない。『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』(馬場康夫監督 2007年)はその数少ない一本。
 
これまで紹介したハリウッドの3作(★1)が、金融バブルの崩壊の当事者たちをリアルに描くフィクションだったり、リーマンショックの実態を暴露するノンフィクションだったりするのとは打って変わって、こちらは80年代バブルへの思い入れを込めて描くノスタルジック・コメディーだ。
 
現役世代としてバブルを経験したR50以上の世代にとっては、懐かしくも甘美な光景を思い出すよすがとして、あるいは、バブルなんて知らないよという世代にとっては、すでに歴史的出来事となって久しい、新奇で珍奇な30年前の世相を知る機会として、おすすめの一本だ。
 
原作は『気まぐれコンセプト』 (1984年)や『見栄講座 ―ミーハーのための戦略と展開―』 (1983年)などでバブル当時のトレンドセッターだったホイチョイ・プロダクション。監督はその代表者。
 
800兆円の借金を抱え、近い将来の破産の可能性もささやかれる経済低迷が続く2007年の日本。窓際状態の財務官僚(阿部寛)は、低迷の原因はバブルの崩壊にあり、そのきっかになった1990年の不動産融資の総量規制を阻止すべく、日立製ドラム式洗濯機型タイムマシンを開発した元恋人(薬師丸ひろ子)を過去へと送り込み、歴史を変えようと企てる。失踪した母の行方を追ってその娘(広末涼子)も過去へと旅立つ。


作品の元ネタはもちろん『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(ロバート・ゼメキス監督 1985年)だが、本作は元ネタ以上にタイムマシンによって未来が大きく変わってしまう、という大胆な展開だ。
 
総量規制を阻止することに成功し、無事2007年に戻ってきた母娘が目にするのが、4本ものレインボー・ブリッジが完成し、繁栄に沸く日本の姿。阿部寛はその立役者として総理大臣になっているというオチもついていた。
 
期待にたがわずバブリーやなー、と思わず叫びたくなる、このシュールで甘美なラストは、いかにもホイチョイらしい、戦後最大で最後のバカ騒ぎの時代への見事なオマージュとなっている。
 
そこには、あの時バブルが崩壊しなかったらと歴史のイフをつい呟いてみたくなるほど閉塞感が蔓延し、失われた20年とも言われていた2000年代の日本の低迷ぶりと無意識のバブル願望が横たわっていた。
 
公開当時、話題になったのがバブル時代の懐かしい風俗。太眉濃厚メークにボディコン&ミニスカの濃ゆいファッション、ソフトテイラードのルーズフィットなスーツ、全員がお揃いで踊るディスコダンス、週末の夜、恒例の一万円札をかざしてのタクシー争奪戦、天王洲のヨットクラブを貸切ったバブリーな卒業パーティーなど、いまや歴史のひとコマとなった光景の数々が再現される。
 
本作が公開された2007年はバブルから17年後。公開からさらに12年すぎた現在(★2)、ふたたび観返してみると、時代の変化の速さと激しさに感慨を新たにさせられる。
 
スクエアビル(六本木)、赤プリ、セラン(外苑前)など2007年当時はまだ健在だった、バブルシーンを演出した東京の風景は、その後ことごとく姿を消した。紆余曲折を経ながらマハラジャはその名を冠したディスコが六本木で生き延びている。
 
1990年の広末涼子は言う「一番変わったのは携帯かな」。バブル当時は、ポケベルの時代だ。

トランシーバーのような携帯を操る1990年の阿部寛は、カメラ付き携帯に目を見張り、待ち合わせの場所を曖昧にしか決めない広末涼子を怪訝そうに眺める。映画が公開された2007年に初代iphoneが発売される。その後、携帯はスマホにとってかわられ、コミュニケーション手段は、通話からネットを介した通信やSNSへと様変わりした。
 
ファッションのカジュアル化、ナチュラル化、チープ化はますます進み、バブル期のフェロモン全開のボディコンはもちろん、2000年代のモテ系ファッションすらも影が薄くなり、今は、インスタ映え、私服の制服化、断捨離、ミニマリストなど、ファッションすらも華やかな話題に事欠く時代となっている。
 
公開翌年の2008年にリーマンショックが起き、バブル崩壊からようやく立ち直りかけていた日本経済をふたたびどん底に突き落とした。
 
リーマンショックは、景気後退に戦々恐々とする超低金利と量的緩和が常態化する世界を生み出した。その代表が失われた30年とまで言われている、デフレから浮上できない日本だ。
 
総量規制や利上げなどは、今や想像もできない夢のまた夢。バブルは教科書のなかの歴史的出来事となった。
 
歴史は繰り返す。そしてバブルも繰り返す、たぶん。 
 

超低金利、量的緩和が常態化するなか、日本の不動産価格は上がり始め、首都圏の新築マンションの平均価格は、2018年で5,871万円とバブル時のピークである1990年の6,123万円にあと一歩まで高騰している(★3)。
 
「バブルとは事後的にしかわからない」(アラン・グリーンスパン)。けだし名言と言わざるを得ない。
 
しかし、もしこれがバブルだとしても、本作で待望されたようなバブル、日本全体に浮かれた気分が満ち溢れたあの頃のバブルとは、ほど遠いことだけは間違いない。

  

 
(★)トップ画像は、刈谷剛彦編『バブル崩壊 1990年代』(ひとびとの精神史8 岩波書店 2016年)の書影(部分)。
 
(★1)先に紹介した3作は、下記の『マージン・コール』、『マネー・ショート』、『インサイド・ジョブ』。

(★2)初出の2019年当時

(★3)首都圏のマンション平均価格がバブル時のピーク(1990年・6,123万円)を超えたのは2021年で年間平均価格6,260万円。

*初出:東京カンテイサイト(2019年)

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