見出し画像

これを恋と呼ぶのだろう⑨

 ――おはよう!

 陽菜ちゃんにそう挨拶をしようとしたが、私は彼女から急いで視線を逸らし、自分の席向かった。補講や選択授業でない限り、普段は教室での自分の席が指定されている。今のような状況において大いに助かる制度だ。

 「凛ちゃんは理系科目取らないの?」

 「うん、私、私大しか受けないから」

 「そっか、いいな~」

 そんな会話が少し遠いところから聞こえてくる。

 なぜ、私が陽菜ちゃんに気付いたにもかかわらず、挨拶もなしにそそくさと自分の席へ向かったかというと、彼女と話していた相手に原因がある。

 彼女が話していた相手こそ、私の悩みの種をつくっている張本人、早馬さんだ。こんな言い方をすると、まるで早馬さんが悪者のように聞こえるが、決して彼女が悪いわけではないことは、私もよくわかっている。どちらかというと、私の性格がひねくれているのだ。

 私の気持ちになんて気付く様子もなく、陽菜ちゃんは早馬さんを仲間に入れる準備を着々と進めている。二人が話している声を聞くと、焦燥感や孤独感が入り混じったような嫌な感情に心が支配されそうになる。

 二人の会話に混ざりに行けば、陽菜ちゃんと話すことができるというのに、どうやらそんな簡単な話でもないようだ。ただ単に彼女と話ができればそれでいいのではなく、彼女と「二人きりで」会話を楽しみたいのだ。きっとこれが「独占欲」というものなのだろう。

 友達に対して独占欲を持つとは、私はなんて強欲な人間なのだろうか。友達の多い彼女が、つい最近知り合ったばかりの、しかも仲がいいとも断言できないような関係の私に対して、四六時中行動を共にしてくれるはずもないというのに。なんとも無謀な希望を持ってしまったものだ。

 私のその希望を叶えるためには、彼女の行動に干渉し、制限を掛ける必要があるが、それは彼女の自由を奪う行為であり、恩を仇で返す行為だ。第一、彼女に干渉する勇気なんて、私にあるはずがない。仮に干渉する勇気があったとしても、彼女が私の要求を飲むはずがない。万が一要求を飲んでくれたとしても、心にあるわだかまりを解消することはできないだろう。

 それがなぜかと言えば、私が求めているものとは少し違うからだ。私は、彼女の自由意志の下で、誰よりも親しい友達として、彼女のそばにいたいのだ。

 そのためには、私が、彼女から好かれる存在でなければならない。彼女から「頼りたい」と思われる存在でなければならない。「一緒にいたい」と思われる存在でなければならない。つまりは、彼女の提案を受け入れ、早馬さんが私達の輪に馴染めるように手を貸すのが、最善策なのだろう。

 結局、考えても考えなくても、同じ行動を取ることになるのだが、考えが一周まわって、ようやく自分を納得させることができた。

 

 ――キーンコーンカーンコーン――

 「おっひるー!」

 「やっと授業終わったね」

 新しい仲間がやって来るというのに、美波ちゃんと舞ちゃんはなんとも呑気なものだ。もっとも、その呑気さのおかげで、こうして私も彼女達の輪に入れてもらえたのだから、感謝しなければならない。

 「じゃあ、これから凛ちゃんのこと呼んでくる!」

 「わかった、行ってらっしゃい」

 陽菜ちゃんの後ろ姿を見ながら、「私のときも、きっとこんな感じだったのだろうな」と思うと、感慨深いものがある。彼女は、私が朝に二人を見かけた場所へと足早に向って行った。すぐに目的地に辿り着き、彼女が早馬さんに声を掛けた。早馬さんはクールな感じで、陽菜ちゃんに声を掛けられても笑顔を見せない。あまり感情を表に出さない人なのだろうか。私の中での早馬さんの第一印象は、あまり人を寄せ付けないタイプという印象だった。それを早馬さんも望んでいると思った。

 だが、次の瞬間、早馬さんの表情が少し緩んだ。その表情は控えめながらも、喜びで満ちているように感じた。

 ――早馬さんも、私と同じなのかもしれない。

 そう思うと、早馬さんを憎むことなんてできるはずがない。彼女もまた、陽菜ちゃんに救われた人のうちの一人なのだ。同じように救われた者として、私も早馬さんに手を差し伸べなければ、陽菜ちゃんに合わせる顔がない気がした。

 「ごめん、お待たせ!」

 陽菜ちゃんが早馬さんを連れて戻ってきた。早馬さんは私達を目の前にして、不安と警戒心を少し抱いているようだった。彼女の心を和らげるために、何か話し掛けてあげなければならない。

 「全然大丈夫だよ。……あ、こんにちは」

 「こんにちは。えーっと、早馬凛です。よろしくお願いします」

 「岩岡玲です。みんなからは『いわちゃん』って呼ばれてます。よろしくお願いします」

 「私、花岡美波です。よろしくお願いします!」

 「長門舞です。よろしくお願いします」

 「よろしくお願いします」

 相変わらず、早馬さんの表情は硬いが、私としては精一杯のことはしたつもりだ。もっとできることがあったのかもしれないとも思うが、ひとまず自分を褒めてあげたい。

 皆が席に座り、お弁当も広げ終わり、慌ただしい空気が消えた。それと共に静寂が際立ち、急いで何か話さなければならないと思った。

 「あのさ、なんて呼べばいいかな?」

 「えーっと、特に希望はないから、自由に呼んでもらって構わないよ」

 「じゃあ、『凛ちゃん』って呼ぶ」

 「凛ちゃん!」

 「凛ちゃんね」

 美波ちゃんと舞ちゃんも私の後に続いて、名前を復唱した。

 「みんなのことはなんて呼べばいい?」

 「なんでもいいけど……岩岡だから、『いわちゃん』って呼ばれてる」

 「私は普通に下の名前で」

 「私も」

 「じゃあ、いわちゃん、美波ちゃん、舞ちゃん……それから、陽菜ちゃん」

 知り合って最初の会話というのは、なんともむず痒い。私のときにも、根気よく同じことをしてくれたことを考えると、陽菜ちゃん達には頭が上がらない。

 私は陽菜ちゃん達に恩返しをするつもりで、早馬さん――いや、凛ちゃんに話しかけた。出身高校のことや、高校時代の部活、志望校のことなど、様々な話をした。気まずい沈黙が時折流れたが、楽しく会話をすることができたのではないかと思う。

 その最中、凛ちゃんの表情が少し緩んだような気がした。ちらりと陽菜ちゃんを見ると、彼女もどこか満足そうな表情を浮かべている。「陽菜ちゃんに認められたい」という不純な動機で凛ちゃんに話しかけているのは、少し後ろめたい気持ちではあるが、陽菜ちゃんが凛ちゃんが和やかに笑っているのを見ると、自分のしていることは決して間違っていないのだと、安心できる。

 少しは、陽菜ちゃんに良い印象を持ってもらえただろうか――、なんて打算的な考えを抱いてしまう自分に嫌気が差すが、私はこれからも優しいふりをして「良い人」を演じていくのだろう。この思考は、決して彼女達にばれてはいけないものだ。


 「そろそろ昼休み終わりだ~」

 陽菜ちゃんの一声で、今日のお昼の集いの時間は終わりを迎えた。私達はお互いに「じゃあ、また」と軽い挨拶を交わし、各々自分の席へと帰って行った。

 私は、席に着くや否や、自分の席から凛ちゃんの背中をちらりと見た。そして俯きながら、祈るように組んだ手を額に当て、心の中で「ごめんね」と呟いた。

いつも最後まで読んでいただき、ありがとうございます。 あなたのスキがすごく励みになります。 気に入っていただけたら、シェアしていただけるとありがたいです。 これからも書き続けますので、ぜひまた見に来てください!