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Escape from...

うだるような暑さに、帰宅後近所の区民プールへ行く。
泳ぐのは久しぶりだ。多分、1年ぶりくらい?

泳ぐ事が好きで何年間もの間、毎週末1キロくらい泳ぐのが習慣だった。

水の中にいる時の外界から閉ざされた重力のない、自分の吐き出す息の泡と水音だけの世界に、頭を空っぽにしてしばし解放感を味わう。

太古の時代には水中で生活していたのかもしれないという程、水の中では自由になれる。

泳ぎながら、ふとある夏の情景が浮かび上がった。

私は当時のボーイフレンドと南フランスのヌーディストビーチにいた。

生まれて初めて見る光景に少々戸惑いながらも、老いも若きも、誰もが恥じる事なく全裸で目の前を悠々と横切る景色に感嘆を覚えた。

「すごいね...やっぱりここに来るとみんな脱ぐものなの?」

「まあ、水着を来ていたら逆に目立つよね」

彼はそう言いながら、素早く服を脱ぎ始める。

「君も脱ぎなよ。気持ちいいよ」

もともとそのつもりではいたが、さすがに少し躊躇する。

「ここは特別な場所なんだよ。恥ずかしがる事なんてないって」

彼の声に勇気を出して、着ていたワンピースを脱ぎ捨てる。

「いいね、郷に入れば郷に従えだよ。それにしても暑いな...もう少し日陰のほうに行こうか」

開放的なビーチというより、木の生い茂った隠れ家的ビーチで辺りはジャングルのようだ。

思いきって背筋を伸ばして歩き始めると、辺りにいた全員が私を見る。

「ねえ...すごい視線を感じるんだけど」

「君の裸が、あまりに綺麗だからだよ」

「違うわ、多分....私がアジア人だからよ。アジア人は滅多に脱がないのよ、きっと」

日陰に腰を下ろしてもなお、隣の恰幅のいい男性からあからさまな視線を感じる。
慌ててさっきまで身につけていたワンピースで身体を隠す。

「そんなに恥ずかしいのなら、泳ぎに行こう」

強引に手を引っ張られ海に行く。

海の中、まっ裸で泳ぐのは想像以上に気持ちがいい。声をあげて「最高!」と叫ぶ私に彼はこう言う。

「さっきの話だけど、君は『アジア人』じゃないよ」

海と同じくらい優しく、私を背後から抱き締めながら、彼は続ける。

「僕の前では、君はアジア人とか日本人とかを超えた『ひとりの綺麗な女性』だ」

「...さすがフランス男性は、口が上手いわね」

「ほら、そうやってまた!僕だって君の前ではフランス人ではない。
"Je suis un homme qui t'aime énormément." (君の事が大好きでたまらないひとりの男だよ)」

彼の熱くてまっすぐな視線に途端に恥ずかしくなり私は海に潜る。

彼も私の真似をし、水中で手を取り合い微笑み合う。

光が差し込んだアクアブルーの世界。二人の創る泡が混じりあい、溶け合って水面に消える。

本当だ、彼の言う通り....この閉ざされた無限の宇宙で、私は初めて彼が何を言いたかったのかを理解した。

私たちは何者でもない。愛しあう二人の男女だった。

#あの恋

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