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幸せと不安は兄弟だから、不安とさえうまく付き合えれば大丈夫なのかもしれない。

幸せと不安の関係の話。そして人との関係についての話。

新しい街で新しい暮らしをしています。とても良い感じです。
アラームをかけずに起きて、掃除は毎日欠かさずする。
味わいながらとる食事。時間だから食べるのではなくお腹が空いたとき口に運ぶ。
丁寧な言葉をしたためる。「〇〇してくれてありがとうございます」「僕は〇〇を大切にしていたいです」を伝える。

穏やかで幸福。なのに、ふとやってくる不安があった。
このままでいられるのだろうか。幸せなのに変わっていってしまうのだろうか。
変わることでここまで来たから自分はこれからも変わっていくし、それを止めるなら腐っていく。自分が変わるならこの幸せだって、終わるにせよ形を変えるにせよ、何かしら今と変わる。

この不安を今出さなくてもいい。まとまっていないから今は抑えつけたとする。いつか言葉になってから伝えるなら「私はあの時こう感じていました」という言い方になる。
それってもう過去の話だから「今もがいていて苦しいこの感じ」は過ぎていて同じ気持ちになれなくて、そのまま僕らの間の距離になってしまう。

それは悲しい。

自分は「そういう先まで見えちゃう人」なのかもしれない。日記を書いて言葉を追って「自分の心を見ている」から尚さらかもしれない。

不安って話すともっと膨らむこともある。でも今回はこの不安を話してみた。そうしてなんだか楽になれた。
ちゃんと言葉になっていない60%で話すことができる。楽になる。「やっぱりこの人とで良いんだ」が重なっていく。

「今の気持ちを話してみる」ことが「関係を続ける努力をする」ことかもしれない。不安を抑えて言わないなら余計に不安になるのかもしれない。
気持ちをごまかすのでなく安易な正論や解決策に飛びつくのでもない。本質的で重要なやり取りをしないと、知らず知らずきっとウソを重ねたのと同じくらいに関係が蝕れていく。

「60%くらいの感じで話してみる」で正解なんだと思う。不安を抜け出したいというより、抑えておきたいというより、いちばん正確に言えばやっぱり「この気持ちを一緒に抱えたい」と思うから。それを忘れず話ができて本当によかったと思う。

前に書いたことはちゃんと叶っている。


これだって。いつか来る別れを思って悲しくなれるならこの関係が好きだということだ。


僕はこの自分で行くしかなくて、その時に起こる嬉しいも悲しいも受けとるしかない。この自分で生きる中で起こることを引き受けてマジメに考えてやっていくしかない。
僕はそうして生きていく人間。そういう自分への信頼はある。

「きっと大丈夫ですよ」みたいな精神論じゃなくて良い。
むしろ「僕らが変わっていく可能性だって現実的に十分あること、これまでそうだったのだから今からだってそうだろうということ、でもこれまでと違うこの形が今幸せで、そう知ったから前の自分には戻れない、この暮らしが終わることがあればぽっかり穴が空くだろう」という実感と事実。

無理な約束や励ましではなく、事実や現実はこうですよねってごまかしなく話すことが、僕が思う「向き合う」とか「一緒に」の中身。


現実をちゃんと見てこその精神論だと思っている。事実や現実を無いことにはできない。新しい暮らしを始めた今の自分に必要なのが「精神論や希望」だとしても「事実」の部分を捨てることはない。そういう自分で来たのだから。

「精神論や希望」こそ必要かもしれない新しい自分。これまで通り「事実や現実」を忘れず見たい自分。その二人が仲良しでいられるようにする。
ごまかさず今の気持ちを話して向き合って、幸福と不安とが仲良しでいられるようにする。

そうやって状況を好転させられたら良い。こんなとき過去の自分の言葉に救われる。これで良いよなと再確認する。


セーブポイントを作りながらここまできた。これからだってきっと同じ。


今この暮らしで心がけていたいこと。

されるがままをしてみる。力を抜いてリラックス=委ねることをしてみよう。意図を読んで合わせるとかリードするとかすぐしてしまうけれど、それって自分を守ることでもある。自分を守ると気持ちよくなれない。
リクエストを伝える。してくれるのに任せる。任せるなら自分からは動かない。

「自分のために相手を使ってはいけない」と思って生きてきた。リクエストってできなかった。でも楽しいことなら「意志と反してさせてしまう心配」は無い。
リクエストするって何を欲しているのか自分のことを自分で分かっていて、良い伝え方ができて、相手への信頼があって、そういう全部が合わさって叶うこと。

今の気持ちを話すことで、この関係が育っていく。

ちゃんと話ができるのが良い。「この関係もいつか終わってしまうのかな」なんて思った自分もこの関係が終わってほしくないと思う。
ちゃんと話ができるのって、それぞれindependentな個人だから。ここに惹かれるのだから互いのこれを失わないように。僕らに何より大事なこと。
「この関係が終わらないように」ともしない。僕らでいれば僕らの形になっていく。

こういう関係の心地よさは根源的。いつまで経っても無くならないし、僕らが変わっていっても変わらずそこにあり続ける。
「自分のこんな欲求も話せるし聞いてもらえる」というこの関係はやっぱり貴重で大切で、僕らがどう変わっても何かしらの形で続けていきたくて、だから続いていくんじゃないかと思う。

こうやって未来を考えちゃうのはもう仕方が無い。未来の不安にむけた対処を今しておいて、それで今に集中できれば良い。
「今」「将来への不安を感じている」のは本当で、60%でも良いからそれを口にすることができると「未来の話」を「今」することができて、「今に一緒に留まる」ことができる。

「きっと大丈夫」と言うのは簡単。でもそれでインスタントに終わらせたくない。せっかくのこの気持ちを消費したくない。安易な解決策に飛びつきたくない。

この不安もせっかくの気持ち。抑えず話してみて「良い関係だ」と感じられたなら。
その瞬間あなたと僕のこの関係が一つ積み上がる。インスタントでも簡単でもなく、じっくり育てて見つけていく、繊細で確かで暗号のような僕らだけに分かる楽しみがあって、それが関係性を強固にする。


不安や揺れは必ずやってくるから対処法を知っておきたい。
気持ち悪くて落ち着かなくて、すぐにでも何とか解消したい。だからこそ逆に判断を保留する。「ひとまず話してみる」ができると、落ち着かないその状況に耐えられる。

ふらっと入った本屋でマンガを立ち読みしたらすごくスッキリした。それと似ていると思う。
気持ちが揺れていると余裕が無くて、自分のほしい世界=解釈に引き寄せてしまう。その偏りを自覚してフラットに戻す。
良いエンタメに触れて、別の世界に没頭して頭を使わずいられると、目の前の世界から離れられて自分をフラットに戻しやすい。

関係って、結局は素直なところを言うしかない。気持ちが二つ三つ混じっているならその全てを言うこと。混じっているとか矛盾していると感じるそのままを言うこと。
きっと聞いてくれるんじゃないかと思う。だって今までそうだったから。

これまで通り変わりながら、きっとこの関係を続けていける。

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