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インテリジェンス能力

例えば、「美術(art)」、「文化(culture)」、「文明(civilization)」、「社会(society)」、「科学(science)」、「空間(space)」、「時間(time)」、「恋愛(love)」などのように、明治時代には、日本は多くの西洋の概念を取り入れ、それに合わせて日本語の新しい言葉が生まれた。

また、福沢諭吉のような啓蒙思想家は、新しい西洋文化の概念を日本語の訳語に置き換えることによって日本の近代化に大きく貢献した。

「演説」という言葉は古からあったが、福沢は「『演説』というのは、英語で『スピーチ(speech)』といって、大勢の人を集めて説を述べ、席上にて自分の思うところを人に伝える方法である。わが国では、むかしからそのような方法があることを聞かない。寺院の説法が、まあ、これに近いだろうか。」として、「演説」を新しい言葉に変えた。

福沢によって、欧米社会を表現する言葉として「西洋」が使われるようになったし、「自由」、「家庭」、「幸福」、「社会」、「権利」という言葉もまた、福沢による訳語である。

しかし、考え方自体が日本文化に希薄であり、未だにどうしてもうまく訳せない言葉もある。

インテリジェンス(intelligence)という言葉もその一つである。

Intelligenceの語源は、ラテン語の inter と lego で「間に読む」という意味だそうである。

私たちはインテリジェンスを一般的には「知性」と訳すが、それはインテリジェンスの一面を表わしているに過ぎない。

米国のCIAを日本語では中央情報局と呼んでいるが、英語の正式名称はCentral Intelligence Agencyであり、Intelligenceを知性と訳せば中央知性局ということになる。

インテリジェンスは知性であるが、情報とも深い関係がある。

弁別性とは、2つ以上の異なる刺激の間の差異を感知する作用である。

平たく言えば、様々なモノやコトの違いを認識する働きである。

刺激を情報と読み替えれば、弁別性は情報によって差異を感知するということになる。

知性とは、違いを認識する弁別性の働きから生まれるものである。

すなわち、情報が媒介となって、知性を働かせることになる。

それゆえ、日本語では知性はなじみが薄いので情報という言葉を使って、CIAを中央情報局と訳したのであろう。

知性とは、「間に読む」こと、すなわち、事物の因果関係や構造(要素の関係性)を理解することであるが、そのためには情報を収集し、整理・分析することが必要になる。

収集した情報の整理・分析によって、事物の因果関係や構造について検証を認を行ったり、または、仮説を構築したりすることになる。

情報の収集、整理・分析に関する活動は、日本語では「諜報」という言葉が適切であろう。

諜報という言葉を使えば、CIAは中央諜報局となり、日本語的にしっくり来る。

実際には、CIAでは、情報の収集、整理・分析という諜報活動だけではなく、自らに有利な状況をつくり出すための、特殊作戦、不正規戦、秘密作戦、非合法作戦等に従事する特別行動センター(SAC: Special Activities Center)という、準軍事組織も有している。

なぜ知性という言葉は日本語になじみが薄いのか?

知性を使う前提には、主体が明確な意図や意思をもっているということがある。

主体が明確な意図や意思を持っているので、その意図や意思を実現するために、主体は環境に対して積極的な働きかけを行う必要が出てくる。

現在の環境と、意図や意思を実現できる環境の違いを認識して、現在の環境をより有利な環境に変化させていかなければならない。

そのために、知性の働きが必要になる。

しかし、主体が環境を受容して受動的に対応しているだけならば、知性の働きは必要ない。

欧米人が環境を積極的に有利な方向に変えようとするのに対して、日本人は環境を受け入れてそれに従属しようとする傾向が強い。

従って、欧米人が知性を重視するのに対して、日本では知性という概念や言葉はあまり一般的ではないことになる。

これからの日本が、欧米はもとより他の地域の国々と伍していくためには、環境や状況を受容するばかりではなく、積極的に自己に有利な方向に変えることが必要になってくる。

日本はインテリジェンス能力を磨き、その能力を十二分に発揮していかなければならない。

インテリジェンス能力の向上は、日本という国家ばかりでなく、これからの日本企業や日本人にとっても非常に重要な課題である。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR202VT0Q4A420C2000000/


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