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祝・2020東京オリンピック|極東の都に五つの輪が踊るとき、蒼き魂は天竺の聖地で静かに黄昏れる

0. 五輪禍

世界の東の果てにはジパングという名の黄金の国があって、とはいうものの幕末の頃に金と銀との為替相場の不均衡からずいぶんとお宝の黄金の大判小判を持っていかれたとか言いますが、それはともあれ人類の輝かしき合理主義的文明を揺籃した希臘(ギリシア)のいにしえより絶えることなく燃え続ける聖火に照らされて炙り出されて、倦まず弛まず欲望を刺激すること幾千年、すなわち皇紀2,681年の目出度きこの年に、こりゃまたほんにめでたいではありませんか、蒙古民族の一大大国の杜撰な研究施設からこぼれ出したかとも疑われる大きさ100から200ナノメートルほどの一本鎖プラス鎖ウイルスが神武景気もかくやの盛大に強気の拡張傾向で、むろん一進一退の大波小波はございますから、見ているほうもはらはらどきどき、としているうちはまだよかったが、これが1年を越して2年になるか、果たして3年か5年かはたまた10年越しかとなってきますと、さすがに人民の心境もいささか疲弊してまいります。

そうゆうご時世でございますから、日本政府の先行きを大いに憂いておる一部の皆さまを除きましては、どうぞせっかくの由緒正しきオリンピアの神々とも比較されうる超人的神人的怪物的もののけ的なまでの月面宙返りの空中浮遊の千里眼の地獄耳の、いえ随分はなしが混乱してもうしわけありませんが、その見るも麗しき超絶の技の数々の、繰り出されてタイムを競い合い、人類の可能性の限界を超えゆく金銀銅メダルの獲得合戦の熱狂をアナウンサーの声の響きに感じ取り、平和裡に皆さまの狭いながらも楽しい我が家で、あるいはこっそり営業中の隠れ家風カフェでバーで立ち飲み屋で、自分も100メートル10秒を切る速度で疾走しながら、楽しまなくっちゃこいつは損々、踊るあほうに見るあほう、そうですあなたもほら今ここで、踊らされるもよし踊りまくるもよし、いつかは草葉の陰でしみじみと泣く日も来ようというものですから、さあさ、何しろこの虚構の祭典、皆々さまの貴重な税金を財源としておりますからにはパンとサーカスの大奉仕爆弾セールにて候、最後までごゆるりとお楽しみくだされ、腹は下されぬよう夏場の冷房にはお気をつけなさいませ、あまりの下らなさに涙ちょちょ切れて泣き笑いの波に洗われながらも人様には笑われないようマスクの目元も涼やかに、冥土の土産はこのいかれた想念の連想ゲームの自己参照的全体統合不二一元結晶にてございますから、これをあなた様の1,400グラム内外の脳髄にどうぞ遠慮なくお納めなさってくださいましませまされば、右にも左にも出るものなしの人類驚喜の共起の遅延祝祭日が粛々と進行していく次第なのでございます。

1. 聖地沈没

日本沈没という場合は日本が沈没しますが、聖地沈没といっても沈没するのは聖地ではなくて、インド共和国のとある聖地にて今これを書いている五十男が直喩的に沈没しているのであります。

背中にリュックサックを背負ってバックパッカーと呼ばれる人たちは、安宿を泊まり歩いて世界中を気の向くまま財布の許すままに旅をしますが、初めは楽しくてしょうがなかった旅も、異文化の目新しさにも慣れて馴染んで少しばかりくたびれてくる頃には、居心地のいい街ののんびりできる宿に腰を落ち着けて、そろそろ次の場所へ移ろうかと思いつつも、荷物をまとめて重い腰を上げることがつい難しくなって、いつの間にやらその街に沈没、旅立つためには水の漏る小舟の修繕がまず必要ということになります。

というのが、旅人さん界隈で言われているいわゆる沈没のことなのですが、奥さんと二人アジアの片隅でゆらゆらと時間を過ごしているぼくという人間は、実のところ旅が好きだというほどのこともありませんし、この北インドの聖地ハリドワルに「沈没している」と書いてみたものの、どちらかというと、「生まれたときから地球に沈没してるんじゃない?」というような気もしてくる人生なのです。

しかし、ここは旅の中で聖地に沈没しているという表題の設定に戻りまして、というのも今回のインド滞在は、例の一本鎖プラス鎖ウイルスの大活躍によって、普通なら長くても180日を限度に出国しなければならないところを、航空業界も通常運行がままならぬことを理由にインド政府のご好意で、もう1年半に渡り天竺の地に居座り続けさせてもらっておりまして、その間感染防止のための移動制限が緩んでからは、幾たびかあちらこちらに足を伸ばしてはいるのですが、おおむねハリドワルに大沈没続行中、特に去る5月下旬にとあるお寺の巡礼宿の一室を貸していただいてからは、電磁調理器なども買い入れて、いつもの安宿住まいでの電気ポット暮らしから一足先をゆく文明生活となり、しっかりと地に足つけて沈没暮らしを堪能させていただいている今日この頃なのです。

2. ネパールで出会った太宰治

もう15年も前の話ですが、ネパールのポカラという、沈没には打ってつけの湖畔の街で過ごしていたときのことです。

たまたま泊まった安宿は、日本からの客が多い宿だったようで、日本の文庫本が置いてありました。その中に太宰治の短編集があって気まぐれにぱらぱらと読んでみたのです。

太宰は教科書に載った「走れメロス」しか読んだことがなく、女に溺れた駄目な作家というような偏見に満ちた印象しかなかったので、そのとき読んだ「月からの手紙」について書かれた短編が、乙女チックと言いたくなるほどの抒情性を持っていることに胸を打たれました。

短編の題名は忘れてしまって検索しても見つからないので、ご存知の方がいらっしゃればぜひご教示いただきたいのですが、夜半に眠れずにいる男が、畳の上にハガキがあるのに気がついて何だろうと思い手を伸ばしますと、手は畳に触れるばかりでハガキをつかむことができない。おかしいなと思ってよく見ると、ちょうど窓から差し込んだ月明かりがハガキの形になって畳に写されていただけだったのです。それを男は「月からの手紙」と空想し、何とはなしにもの寂しく思うというような掌編なのでした。

3. 太宰、好評流行中

日本の文学などそもそも読まない人間なので、その後はずっと太宰を読む機会もなかったのですが、最近フェイスブックで知り合った物書く先輩から、「ヴィヨンの妻」を勧められて読んでみると、これがなかなかおもしろい。語りがなめらかで実にするすると読めるのです。

また、文壇の大御所に派手に喧嘩を売った「如是我聞」も、その書きっぷりはまったく人騒がせではありますが、その批判の内容は確かに正論とも言え、「だらしなく女と心中した作家」の直情的な正義感に感じ入るとともに、「斜陽」、「人間失格」などなど、あれこれと青空文庫で読んでいるところなのです。

「斜陽」は、落ちぶれる宮家の女性を語り手に、自らの無頼な人生を巧みに織り入れて描いた太宰のヒット作、「人間失格」はどうにも破滅的なだめだめ男の人生を描いた、自伝的にして彼の代表作で、どちらも日向の世間というものに違和感をお持ちのあなたにはおもしろく読めるに違いありませんからおすすめしておきましょう。

4. 太宰とオリンピック

ところでこの記事は「五輪と太宰」の組み合わせで書いてみようかと、ほんの無茶ぶり的に思いついたものですから、太宰が五輪について何か書いていないだろうかと検索してみたところ、次の一節が見つかりました。

““
けさ、新聞にて、マラソン優勝と、芥川賞と、二つの記事、読んで、涙が出ました。孫という人の白い歯出して力んでいる顔を見て、この人の努力が、そのまま、肉体的にわかりました。
””
(太宰治「創生記」より)

1936年のベルリン・オリンピックでマラソンの金メダルを、アジア出身者としては初めて獲得した孫基禎 (ソン・ギジョン) について書いた太宰27歳のときの文です。

オリンピックでの金メダル獲得という偉業を成し遂げた孫への、太宰の賛美の気持ちが素朴に表されています。

当時朝鮮半島は日本の植民地支配下にありました。自分は朝鮮人として金メダルを取ったのだと考えた孫は、表彰式で君が代が流れ、日の丸が揚がる現実に、

““
「なぜ君が代が自分にとっての国歌なのか」と涙ぐんだ
””
(ウィキペディア「孫基禎」の項より)

のだそうです。

ぎくしゃくしがちな隣国との友好関係のためには、こうしたエピソードを知っておくことは大切なことだと思い、太簡単ですが太宰に関連付けて紹介しました。

5. 大沈没の前夜

2011年の3月11日にはぼくは日本にはおらず、前年の4月から日本を離れ、そのときは珍しく太平洋を越えて、アメリカ大陸にまで足を伸ばし、アジアに戻って数か国を経巡り、その日はタイの南部の海辺の街に、奥さんと二人滞在していました。

地震のあった翌日に港街から小島へ渡り、馴染みのバンガローの主人から津波について知らされたときには、もう4月下旬に帰国するための航空券を取っていたもので、地震と原発事故のために日本が混乱状態にあるなか予定通りに帰国して、とにかく東京の国分寺に部屋を借りまして、新しい生活を始めるつもりでおりました。

けれども、どうにも体調がすぐれないのです。

仕事も探しましたがそうそうよい仕事も見つからず、そうこうしているうちに、「あれ、これはやっぱり日本にいないほうがいいのかも」と、今から考えるとやや被害妄想気味に、けれども振り返ってみれば、決して間違いだったとも思えない現実に目を向けるきっかけに出会い、とにかくそれで8月にはもう部屋を引き払って、日本を逃げ出してインドへ向かったのでした。

その後も紆余曲折はあって、1年半ほど日本に戻り東広島に住み着いた時期もありましたし、東広島滞在中に見つけた日本語教師の有償ボランティアの求人に応募して、ボルネオ島に半年派遣されたりと、それなりの定住の努力はしたのですが、結局アジアを流れ流されて、今の大沈没へ至るのです。

そこで先ほどもちらりと書きましたが、2011年の帰国以来ずっと体調がすぐれないままでして、ああこれが世に言う原パツぶらぶら病かと一人合点をしておるわけですが、それを化学物質過敏症と考えるか慢性疲労症候群と考えるか、どう理解したところで体の重さに違いはございません。朝目覚めると体の重さに溜め息をつき、こうして寝転がって端末に文字を打ち込んでいても、うむやはり体が重いではないかと再認識しと、とにかくその不快感がいつもあることには代わりはないのでございます。唯一の救いは、初期仏教のヴィパッサナ瞑想をこの10年ほど続けていることで、そこに体の重さという避けがたい不快感があっても、それに振り回されずに、ある程度の落ち着きをもって当たれるようになってきたことです。

6. 言葉を並べて宝珠を得る

太宰という人が、また芥川という人もそうだったと思いますが、そしてまた一見タイプの違う三島や川端という人たちも同じ仲間のように思われますが、文章を書くということに人生の意味を見いだし、けれども人生自体には意味を見いだせずに、結果として自ら死を選ばざるを得なかった、そうした人たちの生き様(よう)というものを丹念に見れば見てゆくほど、真空に枯れ果てる豊穣の海が、陽光を浴びて月光を放つその麗しさと儚さに、一夜の夢の荘厳を味わい尽くし続けることの難しさを感ぜずにはおれません。

そのとき、危うい橋をつたなくも滔々と、
綱渡りで切り抜けているつもりでいながら、
名も知れぬ詩も書けぬ一人の詩人として、
美辞麗句巧言令色を重ねてゆき、
重ね合わせてよじり合わせてゆけばゆくほどに、
困難と苦痛のいかばかりなることか、
そしてその困苦の先の法悦と多幸、
はたまた喜怒哀楽の嵐吹き荒れて起承が反転し、
祭りのあとには静けさまでをも呑み込んで、
ようやく結語が遠くに見えてきたとき、
このアブラカダブラ南無観世音菩薩あほだら経に、
あーありがたやと笑っていただければ、
苦労の甲斐もあるというものですが、
孤軍奮闘孤高の鳥は承認欲求の渦に巻き込まれて疾風怒涛、
今日も食わねど高楊枝、いえ本当は食っております、
お寺の天竺風精進料理は豆のカレー2種に無発酵平焼きパンを添えて、
本日もおいしくいただいたばかりゆえ、
忍者のごとく言葉を宙空にしゅしゅしゅと飛ばし、
あなたの心をことごとく狙い打ち、
射止めたその暖かい気持ちの泉こそが幸福行きの、
秘密の切符の発券もとにてございますからには、
地位も収入も捨て去った流浪の乞食の我が身には、
余って溢れる光栄の、透明空虚なる勲章となりまして、
金銀銅の幾多のメダルを数えて紅白玉入れの、
子どものときに立ち戻り、幻の世も黄昏れて、
眠りの森へと帰りましょ、眠られないなら魔法の薬を、
山に探しにまいりましょ、いつか世界の東の果ての、
ジパング国で会いましょう、竜宮城の乙姫さまに、
宴を一席お願いしまして、夢から醒めて踊りましょう、
舞って唄ってまったりと、資本の鎧は投げ捨てて、
世界沈没としゃれ込みましょうよ、そうしましょう……
(以下はてしなく続いてのち、初めに戻る)。

※最終節は後書き代わりに有料部に起きます。気が向いたら投げ銭がてら、どうぞよろしく!

☆本稿で触れた作品

・小松左京「日本沈没」
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(日本どころか世界中が沈没気味の昨今、ぜひお読みいただきたい古典的パニック小説です)

・太宰治「斜陽」
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(没落貴族の優雅な出戻り女性が、画家の子を身籠って生きる道を模索する破天荒な物語は、生きづらいこのご時世を別の時代に照らし合わせることで、あなたの心の鬱屈を和らげてくれるかもしれません)

・太宰治「人間失格」
https://amzn.to/3fg1HXI
(人間なんか失格してかまわない。太宰の悲痛な叫びが頭蓋の中に響き渡るかもしれませんが、死者は安らかに眠ることを信じて鎮魂の書として皆さまに読んでいただきたい一作です。物語を締めくくる京橋のバーのマダムの言葉があなたの心に沁みるはずです)

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[みなさまの暖かいスキ・シェア・サポートが、巡りめぐって世界を豊かにしてゆくことを、いつも願っております]

7. 安定を求めず不安定にこそ安住す、あるいは後書き代わりの最後っ屁

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