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ボーイズ・ヴァーサス・ブラックボマーサンタ #パルプアドベントカレンダー2020

 Photo by Egor Oxford on Unsplash


 今日は楽しいクリスマス! 嗚呼、実に楽しいクリスマス。男友達と二人きり……
 今年『も』彼女ができず、サークルにもほとんど顔を出さなかったせいで忘年会に出るのも気まずかった俺は、友人の中で唯一クリスマスの日にヒマしていた日高と共にスーパーへ食材の買い出しに出かけていた。今日は腕によりをかけて料理を作る、と日高が言っていたからだ。正直、俺はピザでも頼もうかと考えていたんだが、そう口にすると日高があまりにも悲しそうな顔をするもんだからこのクソ寒いなか出かけることにしたってわけだ。これ以上辛気臭い気分でクリスマスを過ごすのは御免だからな。

「北見くん! あそこに入ろっか!」

 出かけてからの日高は随分と上機嫌だった。どれくらいかというと、雪の降りしきるこの本当にクソ寒かった道中を、初めて雪を見た子供並みの元気さで跳ね回っていたくらいだ。普段の日高は世話焼きのしっかり者なんだが、二人でいる時はこういう天真爛漫な一面も見せてくる。そんな姿を見せられる度に、日高は男なのに思わず可愛らしさを感じてしまう俺がいる……
 日高の可憐なルックスは女ウケも良く、俺の友人の中では一番モテているハズなんだが、何故かこいつ絡みの浮ついた話は一度も聞いたことが無かった。そのおかげでぼっちクリスマスを辛うじて回避できているから、まあ別にいいんだが……

「ああ、そうしよう。まったく、寒くてかなわねえ……」

 余計な事を考えるのは一旦やめにして、俺は日高について行った。



 店先で雪を払った俺たちは店内へと足を踏み入れた。

「「あったかい……」」

 漏れ出た声がハモった。何だか無性におかしく思えてしまってひとしきり笑い合い、そのあとはゆったりと店内を見て回ることにした。

「クリスマスケーキ手作り用品コーナーだって!」
「これ、食紅……だっけ? なんか……カラフルだよな……」
「今日作るケーキに入れてみる?」
「いやいや! 食う気失せるってこの色は!」

「これ安い! あとこれも、これも……」
「なんか多くねえ? 二人前の量じゃねえじゃん」
「どうせ北見くんのことだから、明日からまた外食で済ます気でしょ? ついでだから明日の分まで作れるように用意しとこうかなって」
「マジで!? ありがてえけど……」
「あ、当然僕の分も兼ねてるから、今日は泊って明日の朝ご飯を食べてから帰るからね?」
「ああ、いいよ。こんなクソ寒い中帰らせるのも悪りぃしな」

(なんか、いいもんだな……友人とはいえ、こうも甲斐甲斐しくしてくれて、明るい気持ちにさせてくれるとな……)

 日高との何気ない会話が、俺の心に溜まっていた毒を浄化している気がした、一瞬だけ……
 でも、嗚呼、イヤでも目に入ってくる……カップル、カップル、そしてカップル! 俺たちとだいたい同じような会話をしている! 男女で!
 こいつらは恋人同士で料理とかしながら聖夜を過ごすんだよなあ……そのあとは勿論、ベッドの上で……嗚呼………

「北見くん!? おーい! 大丈夫!?」
「んえ!? ああ大丈夫大丈夫! なんでもねえって!」

 沈んだ気持ちが顔に出てしまっていたようだ。気を取り直そう。野郎二人は気楽なもんだ、女といる時とは別の楽しさがある……そう自分に言い聞かせながら、なるべくカップルを見ずに歩くことにした。したのだが、カップルとは全く異なる『目にしたくないもの』が視界に映ってしまった。



「…………………」

 サンタだ。ただのサンタじゃねえ。ブラックサンタクロースだ。悪ガキに汚いプレゼントを押し付けるとか、袋に入れて攫っちまうとかいう、アレだ。そんな格好をしたやつが目をギラつかせながら不明瞭な声でボソボソと呟き、白くてデカい袋をまさぐっている。どう見たってまともじゃない。

「日高、買い忘れたもんは無いよな? さっさと会計しようぜ」
「うん? そうだね、行こっか」

 早いとこ通り過ぎようと日高を促したその時! ブラックサンタクロースが袋から何かを取り出して高く掲げた! ……あれは、プレゼント箱? 何をする気だ、あの不審者は!?

「ホォーーッッ……カップル……」

 確かにそう聞こえた。ブラックサンタクロースの視線の先には……精肉コーナーで品定めしているカップルがいる。

「ホオーーッ! ホオオーーッッ! 爆発しろオオーーーッ!」

 その叫び声と共にプレゼント箱が投げ飛ばされた! ヤバい! 何だか分からないが凄く危険な気がする! 日高を庇うよう俺は咄嗟に身を乗り出した!

「うわっ――」
「きゃっ――」

 ズドオオオォォォーーーーーン!!

 カップルの悲鳴は爆発音にかき消された! プレゼント箱は爆弾だった! それも爆風で俺たちまで吹き飛びそうになるほど高威力の爆弾だった! そして爆風が止むとすぐさま天井のスプリンクラーが作動し、周囲の煙が晴れていった。その時つい爆心地の方を見ちまったが……クソッ、ひでえ……むごすぎる………

「カップルゥゥーーッ! お前等カップルじゃなァ!? 死ねエエエーーーッッ!」

 ブラックサンタクロースはまた袋からプレゼント爆弾を取り出している! あっ! 腰を抜かして動けなくなったカップルを狙って再びプレゼント爆弾が投げ込まれた! 爆殺! あっちで爆風に飲まれて負傷したカップルにも追い打ちのプレゼント爆弾が投げ込まれた! 爆殺! 投擲の隙を見て誰かの彼氏っぽい男が果敢に挑みかかっていったが、あっけなく殴り飛ばされてトドメのプレゼント爆弾を喰らっちまった! 爆殺! ヤベェ……! ヤバすぎる! に、逃げなきゃ……逃げなきゃ死ぬ!

「日高ッ!」
「うわあっ!」

 反射的に日高の手を取り、俺は一気に駆け出した……だが、それがまずかった。

「待てェーーーッ! お前等ァ、カップルじゃなアアーーッ!?」
「ええっ!? いや俺らは違っ」
「爆発しろッ! 死ねエエーーーッ!」

 問答無用と言わんばかりに、俺らをカップルと見間違えたブラックサンタクロースがプレゼント爆弾を投げ込んできた! 俺たちに向かって、爆弾がどんどん近づいてくる! ……なのに、ああ、なんだろう、この感覚は。世界が全て、スローモーションで動いているみたいだ。全力で走らなきゃいけないはずなのに、ものすごくゆっくりと足が動く。視界も、もう滅茶苦茶だ。すぐそばで光ってる電飾がぼやけて見える。スーパーの出口も、地平線の果てにあるみてえだ……こんなんじゃ絶対辿り着けねえや。ってことは俺、この歳で、こんなところで死ぬのか……もっとマシな気分の時に、安らかに逝きたかったぜ。死ぬなら死ぬで、楽しかった思い出とかに浸りたいんだが……こんな状況なのに、走馬灯って流れねえもんなんだな。悲しいなあ。
 諦めの境地に至った俺の視界の端に、日高が映った。ゴメンな、俺が一人でクリスマスを耐え忍んでいれば、お前を巻き込まずに済んだってのに。せめて生きて帰さねえと……真横のお菓子コーナーの小道に突き飛ばしてでも、逃がさねえと…………お菓子コーナー? おい、あるじゃねえか、逃げ道……! なんで気付かなかったんだ!? なんで手前だけ死ぬ気になってたんだ、俺! 日高を抱えて飛び込めば、俺も生き残れるはずだろ! 気張れ! 脚に力込めろ!

 気付けば酩酊状態じみて鈍化していた時間は徐々に加速しはじめ、視界もはっきりとしてきていた。爆弾はもう俺の背中にぶつかりそうなほど接近していたが、この瞬間、俺に諦めの気持ちなんて微塵もなかった! 俺は日高を一気に抱き寄せ、ありったけの力を込めて床を蹴りお菓子コーナーへ飛び込んだ!

ドガアアァァァーーーン!

 プレゼント爆弾はちょうど俺が床を蹴った地点で起爆し、辺り一面を吹き飛ばした。俺は身体を打ち付けこそしたものの、俺も日高も手足は吹っ飛んでいなかったし、脳ミソや内臓が飛び出したりもしていなかった。

「あ……危なかった………」

 まさに危機一髪だった。

「見えてたぞォォーーッ! 避けやがったなアアーーッ!?」

 だが間髪入れずに気狂い野郎の声が木霊してきた。まだまだ安心なんてさせてくれねえようだ。二発目が投げ込まれるのも時間の問題だろう。一刻も早くここを離れねえと……!

「日高、立てるか?」

 奴に聞かれないよう、日高の耳元で囁いた。

「うん、大丈夫」

 日高は俺の目を真っすぐ見つめて答えた。

「迂回しながら出口へ行くぞ」

 そう言いながら日高に手を貸し、さっき走っていた道をふと振り返ると、プレゼント爆弾が高速で通り過ぎていった。そして出口の方から男女の悲鳴が聞こえ、少し遅れて爆発音が轟き、出口辺りの天井が崩れ、ここからでも見えるくらいに大きな火柱が上がった。

「……一旦ここを離れるぞ」

 俺たちは、出口とは逆の方向へ逃げざるを得なくなった。



「ホオッホオッホオオーーッ! 誰も逃がさんぞォーーッ! カップルは全員爆発させてやるぞオオーーッ!」

 イカレ野郎が勝ち誇ったような叫び声を上げてやがる……出口を失った絶望感も相まって、俺の心はもう折れる寸前まで弱り果てていた。

「もう……どこにも逃げようがねえよ……」
「そんなことないよ! あいつだって無限に爆弾を投げられるハズないし、全部投げつくすまで逃げきれれば……」
「全部投げつくすまで、この建物が持つと思うか?」

 こんな状況でも気丈に振る舞う日高は芯の強い男だとは思うが、どうであれ無理なモンは無理だ。奴から逃げ切って生還できる可能性なんて、万に一つだってありは……

「なら、立ち向かうしかないよ」
「日高お前、いくらなんでも……」
「だって! まだまだ生きていたいもん! 北見くんと一緒でも、こんなところで殺されるのを待つなんて、僕いやだよ……」
「俺だって生きていたいさ。でもあんな奴に丸腰の俺たちが立ち向かうなんて、一体どうやって……」
「丸腰でなんて言ってないよ。武器なら、この店内にある」
「店内に?」
「北見くん、クリスマスケーキの手作り用品コーナーに何が置いてあったか憶えてる?」
「えっ? あのカラフルなコーナーか? 食紅と、トッピング用のチョコレートや砂糖菓子もあったな。食べ物以外ならロウソクとか……」
「ロウソクに火を着けるライターもあったよね? トリガー式の」
「あっ……」

 爆弾魔に、火で立ち向かう。日高が何を狙っているのかは理解できちまった。だが同時に、当然の疑問も浮かんできた。

「でもよ、どうやって火を着ける隙を作るんだ?」
「それを今から作るんだよ、ここで!」
「ここで?」
「すぐ取り掛かるよ、付いてきて!」

 訳も分からぬまま日高に引っ張られ、俺たちはまず台所用品コーナーへと向かった。

「北見くん、そっちの棚からサイズの違うボウル二つと紙皿を取って!」
「ああ! 紙皿は何枚あればいい?」
「一枚でいいよ!」
「分かった!」

 俺はお徳用紙皿セットの梱包を破いて一枚だけ取り出し、ステンレス製のボウルと一緒に抱えて日高について行った。日高はその手に泡だて器とゴムベラを持っていた。傍から見れば俺たちは妙な火事場泥棒だろうな……

「料理でもすんのか!? ここで!?」
「そうだよ! 超お手軽なやつだけどね!」

 クリスマスケーキ手作り用品コーナーの反対側から悲鳴と爆発音が聞こたのを確認してから、俺たちは足音を抑えつつ速足で手作り用品コーナーへと向かった。

「あの半円形のスポンジケーキ取って!」
「あれだな!?」

 道すがら、半分にカットしたスポンジケーキでホイップクリームを挟んだ菓子パンを棚から引っ掴んだ。

「ボウル出して!」
「わあっと……!」

 日高が乳製品コーナーから拝借してきた生クリームを小さい方のボウルで受け止めた。アイスの入った冷凍庫から取ってきた保冷剤は大きい方のボウルに敷き詰めた。そしてひんやりしたボウルを抱えたまま、遂に件のコーナーまで辿り着いた。

「これで全部揃ったよ!」

 机に巻き付いていた電飾とトリガー式ライターを握りしめながら日高は言った。全部揃ったのか……? 何をするつもりなんだと思いながら、俺たちが抱えているものを見直してみる。生クリーム、泡だて器、スポンジケーキ……なるほど、ようやく俺にも理解できたぜ。

「せっかくだし、こいつらも使おうぜ?」

 小さなサンタ型の砂糖菓子を二個と変な色の食紅をボウルに放り込み、俺たちはブラックサンタクロースの声がする方角の逆へと一目散に退散した。



 カチャカチャカチャカチャ…………

 保冷剤で冷やしたボウルの中に入った生クリームが泡だて器でかき混ぜられる音だ。日高が料理している間、俺は全神経を集中させてブラックサンタクロースの動向を探っていた。殺せるカップルがもういないのか、さっきから爆発音は止んでいる。その代わりに、パチパチと出口で燃え続ける炎の音に混じって、悪辣さが滲んだような奴の笑い声がわずかに聞こえてくる。

「……よし、こんなところかな」

 かき混ぜ作業が終わったらしい。日高は紙皿にスポンジケーキの菓子パンを円形になるように敷き、そこに泡立てたクリームをゴムベラで塗ろうとしていた。

「ちょい待ち、こいつらをトッピングしとかなきゃな」

 俺はスポンジケーキの上に『仕込み』を済ませ、その上から改めて日高がクリームを塗っていった。

「よし、これで完成っと……」
「あとはこいつを、あのイカレサンタにお見舞いして……」
「隙を晒したところを、コレでドカン! だね」

 即席クリームケーキとライターで爆弾魔を倒す……普段の俺たちが聞けば正気を疑うだろう。でもこれが、追い詰められた俺たちにできる最善の手だった。

「ケーキの方、俺に任せてくれねえか」
「……うん、分かった。ライターと陽動は任せて」
「ああ。陽動は合図をしてから五秒後だ。頼んだぜ」

 俺は即席クリームケーキを給仕係のように片手で持って日高から離れた。そして日高の視界に入るギリギリの位置で、空いている方の手で合図を送り、すぐさま目的地点めがけ走り出した!
 合図から三秒、目的地点の商品棚の反対側へ到着。合図から四秒、足音を殺して目的地点へと進む。合図から五秒、日高のいる場所から、積み上げられた買い物かごが崩れ落ちる騒音が鳴った!

「ホオーーッホオオーーッ! そこにいたのかァ! 最後の生き残りカップルめがアアアーーーーッッ!」

 ブラックサンタクロースの素早い足音が近づいてきた! 焦る気持ちを抑え、なおも足音を殺して目的地点へと進む! あと五歩! 奴の足音がはっきり聞こえてくる! あと三歩! 奴の影が見える! あと一歩! 俺はケーキを構えた! 目的地点に到着! そして同時に奴と商品棚の角で……鉢合わせた!

「俺たちからのプレゼントだああーーーッッ!!」
「何ィィィ!?」

 即席クリームケーキはブラックサンタクロースの顔面に叩き込まれた! 俺は踵を返し元来た道を全速力で走り去った!

「アアアアーーーッ! 目! 目がアアッ!」

 顔にべっとり付いたクリームを手で拭いながらも、奴は目を押さえて喚き散らしていた。ざまあみやがれ! クリームの下に仕込んでおいた固ってえ砂糖菓子がモロに目を刺したんだ、しばらく目は開けられねえぜ!

「目がゴホッゴホッ、ゴホオオッ! ゲエホッ! エホッ! カハッ!」

 もう一つの『仕込み』もうまく機能したみたいだ。スポンジケーキにたっぷり(容器一本分丸ごと)まぶしておいたドギツい色の食紅にむせ返りながら、毒々しい色の咳を吐き出してやがる!

「待てエエエ! このガキがアアアアーーーッ!」

 俺の足音を頼りにしてか、ブラックサンタクロースは顔を覆いながらも俺の方に体を向けていた。背負った袋は日高の方に向けられている。チャンスだ!

「今だああーーッ! やっちまえーーッ!」
「たあああーーーっ!!」

 日高の声が響いてから少し間を置いて、炎を吐き出したままのトリガー式ライターがブラックサンタクロースめがけて飛んできた。おそらくトリガーに電飾を巻き付けて固定してあるから、手を放したのに火が出続けているんだろう。ライターがブラックサンタクロースの背負う袋に当たり、袋に引火する瞬間を目の当たりにした俺は大慌てで商品棚の陰へとヘッドスライディングした。

「この臭い……火!? 何故ェ!?」

 それがブラックサンタクロースの最期の言葉になった。

 ドガアアアーーーン! ドガガガアアアーーーン! ドカンドカンドガアアアン………

 爆発が爆発を生み、爆発音をかき消すように新たな爆発音が鳴り、起爆する度に様々な商品が宙を舞った。砕けたアイスキャンディー、袋からばらまかれたトルティーヤチップスに冷凍チャーハン、オリーブオイル、バナナ、あれは……トマト缶ということにしておこう。モノが銃弾のように飛び交う中、俺は匍匐前進で日高のいる方へと進んでいった。
 そして爆発が収まった頃に、ようやく日高と落ち合えた。

「北見くんっ!」
「日高ッ!」

 俺たちは熱い抱擁を交わした。嗚呼、勝ったんだ。あの爆弾魔ブラックサンタクロースに、俺たちが打ち克ったんだ! 緊張の糸が切れたのか、今までずっと気丈に振る舞っていた日高の目から大粒の涙が零れ落ちていた。そうだよな、平気なはず無かったもんな……!

「ありがとな、一緒に戦ってくれて……!」
「ぐすっ……うん! ひぐっ……うん……!」

 こうして、生死を掛けたクリスマスの戦いはひとまず幕を閉じた。俺たちは今さらやって来た警察と消防の肩を借りながらスーパーから這い出て、やれ火災の煙を吸ってるかもしれないだの何だのと言われて病院へ担ぎ込まれたが、特に異常も見当たらなかったのですぐさま警察の取り調べに付き合わされ、余計な疲れをたっぷり抱えて帰路についた。



 やっとの思いで帰宅。時計を見ると時刻は午前零時を回ったところだった。つまりもう十二月二十六日。俺たちのクリスマスは、爆弾魔との戦いとその後の面倒な検査や取り調べで潰れてしまったということだ。俺は手洗いうがいだけ済ませると、ソファに倒れ込むようにどっかりと座り込んだ。日高はというと、台所で二人分のココアを入れてくれていた。あいつも疲れているだろうに……

「結局、なんにも買わずに帰って来ちゃったね……」
「あんなことがあったんだ、仕方ねえさ」
「僕の手料理、食べてほしかったんだけどなあ……」

 俺はしょんぼりとした顔の日高からココアを受け取った。嗚呼、そんな顔すんなよ……

「じゃあさ、俺たちは明日クリスマスパーティーをやろうぜ」
「えっ!?」

 日高の表情が一転してパッと明るくなった。

「正月明けまで講義も無えしさ、今日は必死こいて頑張ったんだ……一日遅れでやったってバチは当たんねえだろ」
「うんうん! じゃあ明日こそ一緒に買い物して、料理もいっぱい作って、一緒に楽しもうね!」
「ああ、勿論……」

 これでいい。硝煙まみれのクリスマスなんて嘘だ。俺たちのクリスマスは明日やり直そう。今日はココアを飲んで一息ついたら、さっさと寝てしまおう。今日は疲れた、ようやく安心できたせいか、いつになく眠い……

「眠そうだね? 北見くん」

 俺とは対照的に、日高はまだ戦いの興奮冷めやらぬといった表情だった。こいつも相当疲れているはずだ、無理は良くない……

「今日はもう寝ようぜ。今になって、何だか疲れが出てきちまってて………」
「……そっか、じゃあ一緒に寝よっか」
「ああ……うん………」

 生返事を返しながら、俺はふらふらとベットへ向かい、着替えもせずにベッドへなだれ込んだ。

「あっ、シワになっちゃうよ?」

 日高が甲斐甲斐しくも俺の服を脱がしてくれている……

 「あー……すまん………」

 上着を脱がされた辺りで、日高の顔が近づいてくるのを感じた。

「おやすみ、北見くん」

 唇に触れられた気がする……でも、疑問より、睡魔が勝った………

「まだドキドキしてるの……ごめんね………」

 俺はそのまま、意識を手放し、眠りについたのだった…………


【終わり】

あとがき

 ここまでお読みいただきアリガトウゴザイマス! 本文を書き上げたのは12/5の深夜2時半で、もうなんか満身創痍の状態であとがきを書いています。

 この作品は数多の路線変更の果てに辿り着いたものとなっています。最初はハードボイルドジジイ vs ジャパンカルチャー履修済みサンタコスエイリアンを書くつもりでいました。マジで。最終的には主人公と(ブラックサンタクロースになったけど)サンタが戦うという要素しか残りませんでしたが。
 何故ここまで内容を変えたかというと、正直なところ『いかにもパルプらしいハードボイルド主人公』を書きたい欲求が殆どなかったクセに「パルプアドカレだし……パルプらしい主人公を書かなきゃ……」みたいな強迫観念に駆られて無理やり書き進めた結果、見事に序盤で力尽きてEND OF MEXICOしかけたからです。自分でもこの流れはかなりまずいと自覚していたので、まずは主人公を本当に書きたいやつ(男と男の番が書きたかった)に変えて、敵役を主人公の戦闘力に合わせて変更しました。その結果『ノンケ大学生×可愛い系ノンケじゃない可能性が高い同級生 vs リア充爆破ブラックサンタクロース』という構図が誕生するに至りました。
 この後も、中盤の爆弾回避シーケンスの後で詰まりに詰まり、ブラックサンタクロースが身の上話とかしてきて危険信号が灯りましたが湯船に浸かってたらなんか閃いて解決しました。休息は大事。

 ブラックサンタクロースについて。こいつは古代のインターネットで流行った(ゼロ年代はもう古代です)『リア充爆発しろ!』というワードが全てのベースとなっています。十年以上前のマイナスなネットミームに囚われ続けていたら、一般人には十分脅威的なじゃあく存在になるのではないか? というところからこいつは作られました。要するに凶器を所持した限界中年男性なので、主人公の格が上がると敵になり得ないタイプのキャラクターではあります。

 主人公ズについて。『攻を食うタイプの受これが大好き』の精神で書きました。ブラックサンタクロースさえいなければ、デートして胃袋掴まれて酒の勢いで一夜を過ごしてなんかぎこちない朝を迎えていたことでしょう。本文パターンでも吊り橋効果で日高が昂っていたので結果は変わりませんが……
 北見(語り部)はなんも意識せずに書いたら自然とパルプっぽい野郎口調になりました。フシギ!

 長くなりましたが、今回のあとがきはここで締めさせて頂きます。


 12/6のパルプアドカレは無銘海姫さんの『通りすがりの魚屋さん【クリスマス特別編2020・偽りの天使と三人の巫女】』です! お楽しみに!!

※本作品はパルプアドベントカレンダー2020参加作品です。


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