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『心霊迷図 ~マギ ルミネア編~』 #01

プロローグ

 女が走っていた。
 街灯はなく、入り組んだ細い小路には、他に人影はない。
 ただ、ひたすらに走る。足がもつれる。息が乱れる。
 だが、そんなことはどうでも良かった。
 これから先、女は束縛を逃れ、真に自由になることができるのだから。
 自由になるためには、努力が必要だ。
 忍耐が必要だ。幸運が必要だ。
 いや、何者にもとらわれない、誰のものでもない、真に自由な内的世界をつくりあげることが必要だ。
 だから、こうしなくてはいけなかった。
 
 女は何度もつまずきながらも、先ほど、道端に置いたものをひったくるように抱え、狭い路地裏に身を潜めて、心の中の闇を隠した。
 こうしなくてはいけなかった。
 女は何度も、その言葉を内心で唱えつつ、息を切らしながら細い小路から外へ出た。
 酒の匂いがどこからともなくしていた。
 人声が遠くから聞こえる。
 急いで、ここから逃げなければ。
 
 女は左右を見渡し、人影のないことを確認した。
 向かい側にある建物に目を留め、目を細めるようにして大きな看板を見た。若い女性が、にこやかに微笑んでいる。
 
 どこかで、彼女を見たかもしれない。
 だが、どこで。いつ、彼女を——。
 急に、頭が割れそうに痛んだ。
 激しい痛みに頭を片手で押さえる。
 まさか、こんなときに——。
 女はうめくように小さな声を上げると、痛みでぼやけた視界の中、闇の中から『影』がやって来るのを感じた。
 以前から彼女には何度となく影が迫り、心を刺すような言葉を投げかけては、気がつくと立ち去っているのだった。
 こんなときに。絶対に来てほしくないタイミングで。
 あの『影』が——。
 薄ら笑いを浮かべながら、『影』はやって来る。
 いやだ。やっと自由になれたはず、なのに——。
 
 女は目をつぶる。
 だが、『影』は足音を立てて、急速に彼女に近づき、飲み込まんとする、その一歩手前。
 暗い視界の中で、一点の光明が視界全体をおおった。
 『影』は光で、光は『影』だった。
 なぜ、気がつかなかったのだろうか。
 手を伸ばせば、そこに真実はあった。
 
 ほとばしる光の奔流ほんりゅうに思考を翻弄ほんろうされながらも、女はよろめきつつ、暗がりの中を転がるように走って行った。
 夜の中に、彼女を追う者は誰もいなかった。



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