見出し画像

午前3時のヘルマン・ヘッセ

大学三年のころ、夜に眠れなくなった。
塾講師、家庭教師、バーのアルバイトと夜に働く仕事を掛け持ちしていたので、生活は自然と夜型になった。明け方まで眠れず、一度寝付くと昼まで寝ていたので、大学の授業に出られない日が続いた。

深夜になるとみんな寝てしまい、メッセージを送っても帰ってこない。さみしさをまぎらわす方法は酒、映画、そして本だった。
冷凍庫にはいつも、ウォッカとジンの酒瓶がキンキンに冷えていた。バイトが終わってから割材とつまみ、レンタルショップのDVDを抱えて帰宅した。これだけあれば朝までは退屈しない。多い日は映画を一晩で2~3本観た。「2001年宇宙の旅」を初めて観たときは冒頭の30分で眠ってしまったが。

何を読んだか、何を観たかを一つひとつ明確に覚えているわけではない。しかしヘルマン・ヘッセの「車輪の下」を読み明かした日については記憶が鮮明に残っている。
主人公のハンスは地元では秀才と呼ばれ、神学校に入学する。自身に芽生えた反抗心と周囲からの期待の間で葛藤し、ついには学校を去る。地元で機械工として勤めるが、劣等感から自暴自棄になり最後は酔って溺死してしまう。
本を読みながら眠ってしまう日もあるのだが、「車輪の下」は一気に読み終えた。酔っていたのか、終盤に差しかかるころには泣いていた。読み終えてひとしきり泣き、気が付くと眠っていた。

大学に入るまで、ずっと親の期待通りに生きようとしてきた。高校は学区で一番偏差値の高い公立高校を目指し、高校では医学部を目指した。薬学部に入ってからは道しるべを失った。
私は大学を中退することを真剣に考えていた。将来が安泰と言われた薬学部に入学し、衣食住の足りた暮らしをしながら何がつらいのか自分でもよくわからなかった。大学に入るまで親が決めた人生を歩むことに不満があったのか、大学で友達ができないことが嫌だったのか。
酔っているうちは気がまぎれるが、酔いがさめるといつもどん底にいた。朝が来る前に車輪にひかれてしまいたいと思っていた。

朝の10時くらいに目がさめたので、カーテンから漏れる光がまぶしかった。ハンスは死んだが、私は生きた。
翌日ヘッセの「デミアン」を買いに行った。

本や映画を嗜んだところで、すぐに自分が変わるわけではない。しかし食べたものがいつか体の一部を作るように、観たもの、聞いたものが自分の一部になっているのだと思う。
今朝の明け方に目が覚めて、ふと「車輪の下」に泣いた日のことを思い出した。


この記事が参加している募集

読書感想文

よろしければサポートお願いします! いただいたサポートはZINEの制作費に使わせていただきます。