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スタートアップが「商標トロール」と本気で戦った4年10ヶ月の記録【前編】

創業して1年が経過した2017年、世間ではピコ太郎のPPAPの商標について大きく話題になっていた中、Trimでも実は同じようなことが起こっていました。

手塩にかけて作り上げた製品の大事な大事な商標を知らない誰かに先に取られ、それを取り返す+反撃する過程において、僕は次の「3つの教訓」を得ました。


  1. 製品名・サービス名を公にする時は、先に商標出願をしておこう!

  2. 信頼のおける弁護士・弁理士を味方につけよう!

  3. Stay Cool.



このnoteは、僕自身への強い戒めとこれから起業しようとされる方や起業したばかりの方にこんなこともあるんだという一種の警鐘になればと思い書き殴っているものです。なんだか長編になりそうなので2回に分けてUPします。

Topic: 「商標トロール」とは、事業実態がないのにもかかわらず、特定の事業者が出願していない商標を先回りして特許庁に出願した上で、商標権侵害等を理由として当該事業者から商標権の使用料や和解金等の利益を得ることを目的として活動している者たちのことです。
これまでにも前述のPPAPやプレミアムフライデー、都民ファーストなどがそのターゲットとなっています。詳しい解説はインターネット上の解説サイトなどをご覧いただければと思います。

▼目次(前編)
●プロローグ 「起業、そしてものづくりへ」
●第一幕 「事件の始まり」
●第二幕 「闘いは冷静かつ慎重に」


前編 プロローグ 「起業、そしてものづくりへ」

当社は2015年11月の創業以来一貫して”All for mom. For all mom.”をミッションとし子育てしやすい環境整備に努めてまいりました。祖業の「ベビ☆マ」は授乳室やおむつ交換台を検索できる地図アプリとして日本で初めてサービスを開始し、後に世界の32カ国の情報も掲載した「Baby map」へと進化しました。

しかし、アプリにできることは情報を提供することだけです。ITはとてつもなく便利なもので、今ではそれなくして生活が難しいと思えるほど我々の生活を豊かにしてくれています。しかし、授乳やおむつを替えるという行為はITではできません。また、その場所を増やしたり、提供することもITだけではできません。

僕たちは日本全国だけでなく世界の授乳室の情報を知っているけど、その情報を提供するだけでは不十分だ。どうすれば本当にお母さんたちの助けになれるのだろう。

悩みに悩んだ結果「あ、じゃあ自分で作ればいいじゃん」と創ったのがベビーケアルーム「mamaro」、ものづくりなんてやったこともないのに無謀にも挑戦することになるのだけどそれはまた別の話。(この時の僕を張り倒してやりたいほどハードシングスの連続が待ち受けているのです)

mamaroのビジネスアイデアを実現するために、横浜市経済局が主催する「第3回ベンチャーピッチ」で初めて公にプレゼンテーションをさせてもらいました。

その結果、新聞をはじめ非常に多くの媒体にて取り上げていただき、開発後初めてプロトタイプとなる「mamaro」を実証実験という形で設置してくださる施設さまも見つかりました。
喜び勇んでTrimコーポレートサイトで「mamaro」についてプレスリリースを公開しました。


前編 第一幕 「事件の始まり」

実は同じ頃、当社とはまったく関わりのない第三者 S氏によって、「mamaro」の商標出願が行われていたのです。そのことを知ったのは、「mamaro」のプレスリリース後に僕たちがmamaroの商標を取ろうとして、知り合いから紹介された弁理士先生に相談したときのことでした。

その弁理士先生からは、先願主義があるので、S氏が先に出願した商標をどうにかしなければ、僕らが商標「mamaro」を取得することはできないという、とても辛い事実をご指摘いただきました。

Topic: 日本をはじめ、多くの国が採用している商標制度の「先願主義」では、実際にその商標を先に使用していたか否かにかかわらず、先に特許庁に出願を行った者が優先的に登録が認められることとなっています。

S氏が偶然に僕らと同じように「mamaro」という名称を思いついて商標出願していたというならばまだ理解できるのですが、S氏の商標が指定する商品は「簡易更衣室組立セット(金属製のものを除く。),「簡易授乳室組立セット(金属製のものを除く。),建造物組立てセット(金属製のものを除く。)」と、僕らのサービスと全く同じものを想定していなければ指定できないような内容でした。
さらに、後からわかったことですが、S氏は当社で当時テスト中だったサービス名「Make Local」の商標も出願しておりました。加えて、S氏の代理人である弁理士のN氏は、僕らが手掛けたサービスである「baby map」や「ベビマ」を、S氏とは別の個人の方の代理人として商標出願していました。

僕が名付けた造語である「mamaro」の商標。誰も考えたことがないベビーケアブースを作りmama(ママ)たちが外出先でつかえるroom(部屋)を提供することで子連れのお出かけの負担が少しでも軽減できればと徹夜つづきの日々の中で考えた大切な名前。
S氏がどんな目的があって「mamaro」の商標出願をしたのかは不明でしたが(正直、これを書いている現在も真の目的は不明なままですが)、そこはかとない悪意を感じました。

僕は、S氏の商標出願はどう考えてもおかしい、と考え、弁理士先生に相談の上、対応を開始します。
S氏が出願した事実を知ってから、僕らがまず実行したのは、特許庁へ「すでにS氏から出願されているmamaroの商標はTrimが開発・販売している製品である」という事実を骨子として拒絶理由に該当する旨を主張する「情報提供」です。

Topic:「情報提供」とは、特許庁において審査中の知的財産権に拒絶理由等が認められると考える場合に、当該第三者が特許庁に対して拒絶理由の根拠となる情報を提供する制度です。但し、提供された情報を審査に考慮するか否かは特許庁の裁量によることとなります。

次にTrimでも、S氏の商標が登録されない場合等に備えて、(S氏の商標を何とかしないと、このままでは登録査定までは進めないのですが)「mamaro」の商標を出願しました。この時点でS氏よりも5ヶ月も遅れての出願となりました。

残念なことに特許庁への情報提供も虚しく、先に出願したS氏の商標出願「mamaro」には登録査定がなされ、逆に僕たちが出願した商標については、S氏の先願商標と類似するということを根拠として「拒絶理由通知」が出されてしまったのです。

Topic:「拒絶理由通知」とは、特許庁が出願した知的財産権の登録可能性を検討し、登録拒絶する理由がある場合に発出する通知書面のことです。出願人は、拒絶理由通知に対し、反論等を行う機会が与えられます。

早速、僕らは弁理士先生に依頼してS氏の商標登録に対して特許庁へ異議申立てを行いました。

Topic:「商標登録の異議申立て」とは、商標公報発行の翌日から起算して2カ月以内に、商標の登録査定に異議を唱える者(申立人)が、特許庁に当該商標の拒絶理由等を申立て、登録処分の適否の審理を促す制度です(複雑なので、詳細は下記URL参照)。
https://www.jpo.go.jp/system/trial_appeal/shubetu-shohyo-igi/index.html

ちょうどこの頃から当社の業務でも、多方面でこの件が問題となりはじめました。
例えばある公的機関から社会に役立つ製品であるという趣旨の認定をもらう制度の審査の中で、審査官などからは製品内容についてはお褒めの言葉を非常に多くもらいましたが、権利関係の質疑で本件を伝えたところ一気に顔色が曇りだし「いつまでにそれは解決しますか?」と聞かれ「こっちが知りたいよ」と内心思いましたが「係争となるとかなりの時間がかかると弁理士からアドバイスもらっています」とお答えしました。結果は不採択となりました。

また当社の所在地である横浜の市役所からも(Trimが)商標侵害している可能性があると応援しづらいとも言われ酷く落胆したのを覚えています。
その他にも取引企業からの問い合わせや取引の中止を検討されたり、スタートアップにとって重要なエクイティでの資金調達の際にも非常に不利な状況に立たされました。

社内や株主から「ここは大人になって解決金としていくらか払って商標権を買い取るように交渉してみればいいじゃないか」という声もあったのは事実です。株主にそんなことを言わせてしまったことに激しいショックを覚えました。僕や当社を信じてお金を投じた人が、本来使わなくていいことのためにお金を使うことをやむ無しと言っているのですから、穴があったら入りたい。

「忸怩たる思い」とはこのことかと、その時感じました。
スタートアップは寝る間も惜しんで自分たちが描くよりよい世界を実現するために働きます。
創業期であればプロダクト開発がまさに全集中の対象です。
だから兎に角ヒットする商品をつくることだけに注意が向いていて他のことには目も向けられていなかったのです。

ですが、もしあの時、製品名を仮称にしておけば、もし事前に商標出願しておけば、取引相手、株主や応援してくれている人たちにも心配やご迷惑をおかけしなくて済んだのにと情けなくて、悔しくて、自分自身への激しい怒りが込み上げてくるのです。
それにもかかわらず、厚顔無恥な僕は「非合理的なのは理解しているが、正義を成したい」と親切にしてくれている株主や心配してくれている人たちに突き返したのです。

たぶん呆れ気味だったとは思うけど最終的に僕の判断を皆尊重してくれました(ありがとうございました)。

闘うと決めたらあとは勝つだけです。しかし、ただ勝つのではなく二度とこんな悔しい想いをしたくない。そこで、強い矛と強固な盾の確保です。最初に相談していた弁理士先生も優秀でしたが係争関係の経験は少ないということでしたので係争にも強く、今後の知財保護を確固たるものにするためのスペシャリストが必要だと考えました。

前編 第二幕 「闘いは冷静かつ慎重に」

幸運にも、その時期にネクセル総合法律事務所の代表である成川弁護士、及び、木本弁理士の最強タッグとご縁をいただき早速最強の矛と盾が揃いました。

成川弁護士には矛としてS氏との徹底抗戦の準備を、
木本弁理士には盾として今後の知財戦略の構築を、
それぞれお願いしました。

成川弁護士は、闘魂燃え上がる僕に「勝つためにも賢く立ち回りましょう」と諭してくれました。
そして、現在の状況を分析し、一旦、継続中の異議申立てはそのまま走らせながらも、「mamaro」の商標権者となったS氏に対し、一旦は商標出願をした意向の有無等を回答するよう打診してみる、という方法を提案されました。
異議が認められれば必然的に我々の勝ち、仮に異議が認められなくても、当社の打診にS氏が反応すれば、S氏の意図が図れ、今後の商標無効審判(後述)において利用し得る。という燕返しのような二段構えだったわけです(全然説明になってないですが)。

しかし、S氏からの返答はなし。残念なことに特許庁への異議申立ても通りませんでした。

それでも僕は焦りませんでした。なぜなら成川べn・・・・成川さん(弁護士と打つのが疲れてきましたので、今後は、いつも呼んでる「成川さん」で統一)とは用意周到にその次の手についても打ち合わせてあったからです。

次の一手とは、無効審判請求です。実をいうと、成川さんに当初相談した時から、異議申立てではなく、無効審判で進めた方が勝率が高い案件だという指摘をいただいておりました。
(既に異議申立てを進めていたために、コストの観点からそのまま異議申立てを走らせていました。)

Topic:「商標登録の無効審判」とは、登録された商標権について、無効理由があるか否かを争う手続です。原則として、特許庁は双方の主張を確認する、審判廷にて期日を開催する等、異議申立てに比べて厳格な手続となっています(複雑なので、詳細は下記URL参照)。
https://www.jpo.go.jp/system/trial_appeal/shubetu-muko/index.html

成川さんは、非常に優秀なアソシエイトである金子弁護士(同事務所)をアサインしてくださり、無効審判請求を進めていくことになりました。そして、当社の言い分を必要十分に記載した審判請求書を提出し、無効審判が開始されることとなったのです。

さらに!
無効審判請求において、当社の主張に対して、S氏が反論の書面(答弁書)を提出してきていないようでしたので、「無効審判に反論する意思がないのであれば商標権の放棄による権利抹消登録手続きを行ってください」と依頼するレターをS氏に送付。
再三無視を決め込むS氏に対してめげることなくレターを送ります。
このレターに対しても、S氏からの返答はありませんでした。

もちろん深謀遠慮の我が最強の矛 成川さんはこの可能性も見越してレターを送るといった交渉を進めていました。

成川さん「レターを見れば通常は何らかの反応(反論)をすると考えられますが、そのような反応をしない場合には商標を使用する意思がないことの根拠となり得る、ということを見越して送付しております。」

頼もしいぞ成川さん!

※想像上の成川さん

こうして僕たちは突然遭遇した商標トロールとの直接対決に向けて
抜かりなく歩みを進めていくのであった。


続く。(と思う)

次回、「審理の心理 」「さぁ、反撃だ!」の二本立て。


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