見出し画像

晴れたら「いい天気」なのか【てるてる坊主考note#31】


はじめに

 「いい天気」と聞いて思い浮かぶのは、青い空の広がった晴天。いっぽう、「あいにくの天気」と聞くと、どんよりとした曇り空から雨の降る光景が想像されます。
 このような、「いい天気」とか「あいにくの天気」といった表現においては、天気が善悪とか好悪を伴って形容されています。晴天や雨天と直接に言わずとも、善悪とか好悪などを交えることで一定の天気を表現することができるのは、なぜでしょうか。
 それは、わたしたちが普段から天気に対して、共通した感覚を無意識のうちに抱いているためと考えられます。天気観とでも呼べるような、そうした感覚の一端を探るべく、かつて、天気に関わる何気ない言いまわしに注目して整理したことがあります(★詳しくは、下記に掲載した「なぜ「ふれふれ坊主」はないのか【てるてる坊主考note#30】」参照)。
 その結果、2つの図式を導き出すことができました。1つは「晴=プラス」/「雨=マイナス」という図式、もう1つは「晴=通常」/「雨=異常」という図式です(★表1参照)。

 ただし、いくら晴天が「いい天気」とはいえ、空に雲ひとつない快晴がずっとずっと続くのも困りものです。そうしたなか、本稿で注目したいのは民俗学者・宮田登(1936-2000)の指摘。「晴=通常」なのではなく、空に適度に雲がある状態こそが通常なのではないか、というのです。
 もとより、そうした宮田説においても、手がかりとしているのは「晴」をめぐる解釈。そこで、宮田の論に耳を傾ける前に、「晴」という表現が意味するところについて、まずは確認しておきましょう。

1、「霽れる」から「晴れる」

 「晴れる」という語を辞書で引くと、真っ先に出てくるのが「雲や霧などが消えてなくなる」とか「雨や雪が降りやむ」といった空もように関わる事がら。「晴れる」のほかに「霽れる」という漢字を充てることも可能と説明されています。
 ただし、細部に注目すると、「晴」と「霽」には微妙なニュアンスの違いがあるようです。漢和辞典の編集者だったという円満字二郎さんのブログ「雨と漢字の物語」に、「晴」と「霽」の違いについて、歴史的背景をふまえながらたいへんわかりやすくまとめられています(http://www.art-access.jp/comunity/28/17.html)。

「晴」は、太陽が輝いて空が青く澄みわたっているわけだから、「はれている」という天候の状態が発想の基盤にある。そこから意味が広がって、雨がやんで「はれる」という天候の変化を指しても使われる。一方の「霽」は、そもそも「雨が降り終わる」という天候の変化から生み出された漢字なのだ。

「霽」は、「雨(あめかんむり)」の下に「齊」と書く。なにやらややこしい形をしたこの「齊」は、「斉」の旧字体。これに「氵(さんずい)」を付けたのが、現在では「返済」のように「おしまいにする」という意味で用いる「済」で、本来は「川を渡り終える」ことを表す。同じように考えて、「齊」に「雨」を組み合わせた「霽」は、「雨が降り終わる」ところから「はれる」ことを表すようになった、と解釈されている。

 本来、「晴」は「はれている」という状態を表し、「霽」は「雨が上がる」という変化を表していました。たとえば、雨上がりの虹が見られるのは、「晴れた」ときではなく「霽れた」ときです。
 漢字が誕生した中国において、歴史が古いのは実は「晴」よりも「霽」。紀元前1300年ごろ、最古の漢字とされる甲骨文字のなかに、すでに「霽」の原形を確認できるそうです。いっぽう、「晴」が登場するのはそれから1500年ほどのちのこと。「霽」と「晴」の使用頻度の変化については、次のように説明されています。

現在、残されている文献の上に「晴」という漢字が登場するのは、紀元後の3世紀ごろのことである。以後、「晴」は、活躍の場をだんだんと広げていく。そして、8世紀ごろ、唐王朝の時代には、「霽」よりもよく使われるようになっている。
そこには、状態と変化の両方を表せる「晴」の方が、変化しか指し示さない「霽」よりも使い勝手がいい、という理由もあっただろう。

 中国では、本来は状態を表していた「晴」が、やがて変化を表すのにも使われるようになったことがわかります(★表2参照)。

2、てるてる坊主と「晴」/「霽」

 日本に目を移してみましょう。注目したいのは、江戸時代の国学者・槙島昭武てるたけ(生没年不詳)が編んだ『和漢音釈 書言字考節用集』。享保2年(1717)に発行された辞書です。
 その第1巻「乾坤 上」において、「晴」と「霽」の注記に目を凝らすと、それぞれの違いが明確に書き分けられています(原文は訓読文だが、書き下し文に改めた)[槙島1717:5丁ウラ]。

「晴」……「気止雲歛るを晴と曰」
「霽」……「雨止を霽と曰」

 前者の「晴」の説明に見られる「歛」とは「望む」とか「願う」という意味。すなわち、「晴」とは雲ひとつない晴天を指します。いっぽう、後者の「霽」は雨が止む様子を指すようです。ここにもやはり、「晴」が「はれている」という状態を表し、「霽」が「雨が上がる」という変化を表すという、先述したような本来の区分の名残が感じられます(★表3参照)。

 昨今、わたしたちがてるてる坊主に願うのは、「晴」と「霽」のどちらでしょうか。実感として多いのは「晴」のほう。遠足や運動会など何か行事予定を前にして、その日の「晴れ」(という状態)を願うケースです。ただし、行事予定の有無など関係なく、いま降っている雨が上がるよう「霽れ」(という変化)を願うケースもしばしば見られます。
 もっとも切実なのは、行事の予定があるのに目の前で雨が降っている場合。すなわち、雨が止んで(霽れて)、さらには晴天に恵まれる(晴れる)よう願うケースです。こうしたケースのとき、てるてる坊主の出現率は一段と高くなるようです。

3、天気の「ハレ」と「ケ」

 前掲した『和漢音釈 書言字考節用集』では、「晴」という語に「気止雲歛るを晴と曰」という注が記されていました。ここで「晴」が「気止」と説明されている点に注目しているのが、宮田登の論考「ハレとケガレの生活感覚」(昭和56年=1981)です。
 宮田によれば、「気止の「気」は、ケである。ケは「褻」であり、植物の成育と関わる「毛」でもある」といいます。そして、「ケ」の性格を次のように述べています[宮田1993:365頁]。

「ケ」とは、生命体のもつ生命力のようなもので……(中略)……気によって、生命が維持されていくという認識が潜在的にあったといえるのである。その気が止ったり、絶えてしまうことは、すなわち穢れであるが、これはすなわち「気枯レ」に通ずる……

 「ケ(褻)」と「ハレ(晴れ・霽れ)」はしばしば対置される民俗学の分析概念。「ハレ」とは儀礼・祭り・年中行事などの非日常を指し、「ケ」とは普段の生活である日常を指す、という説明が一般にはされてきました。そうしたなかで宮田は、「ケ」とは「生命体のもつ生命力のようなもの」なのだという、まったく新しい見かたを提示したのです[宮田1993:365頁]。
 そして、前掲した「晴」を「気止」と説明する事例から、宮田は次の2点を読み取っています[宮田1993:365-366頁]。

・「「晴」は……(中略)……ハレであると同時に、「気止」すなわち日常的な生命力あるいは活力が中絶するということ」
・「晴=ハレを一方で強く意識した際、「気止」=「気枯レ」の状態(ママ)他方で意識されるということ」

 空もようの「晴」は文字どおりに、民俗学の分析概念である「ハレ」/「ケ」の区分では、前者の「ハレ」にあたります。言い換えれば、それは「ケ」ではない状態です。そのため、「晴(ハレ)」が続くと「日常の生命力あるいは活力」である「ケ(気)」は衰えをみせます。その結果、「気止」「気枯レ」という状態に見舞われるというのです。
 それでは、「ハレ」/「ケ」と区分した場合、後者の「ケ」にあたるのはどういった天気なのでしょうか。宮田は次のように想定しています[宮田1993:366頁]。

晴を天気の様子に限定した場合、雲がなくなるという日和なのだから、逆に言えば雲がある状態がケ=気の維持される天気に相当する……(中略)……つまり雲一つない快晴=開晴と、雨や雪が降っているという両極端の間に、「気」に対応する天気があり、それが日本の気候の大部分を占める日常的な天気ではなかった(ママ)のではないかと思うのである。

 引用した箇所では末尾にやや混乱が窺えるものの、これまでの文脈をふまえて整理すると、「ケ」に相当するのは「雲がある状態」。それは、「日本の気候の大部分を占める日常的な天気」であるとともに、「日常の生命力あるいは活力」である「ケ=気の維持される天気」と位置づけられるでしょう。
 なお、気象庁が「気象観測の手引き」で定めている「気象庁天気種類表」では、天気を15種類に区分しています。区分の基準としているのは、空全体に占める雲の量(雲量)、あるいは、降水の有無など(★表4参照)。

 「晴」は「雲量2以上8以下」と説明されています。空の半分(雲量5)以上を雲が占めていれば体感では「曇」に近い気もしますが、それでも8割(雲量8)以下であれば「晴」というのはやや意外です。
 ともあれ、「気止雲歛る」ような空は、「気象庁天気種類表」の区分では雲量1以下の「快晴」です。そして、宮田が「ケ」に相当するとした「雲がある状態」は、「気象庁天気種類表」では「晴」「薄曇」「曇」に当てはまるでしょう(★表5参照)。

4、「天気なるほどよく候」

 「雲がある状態」が「ケ」であるとする宮田の指摘。それは言い換えると、「雲がある状態=通常」/「晴・雨=異常」という対比の図式に表すことができるでしょう。
 宮田は「雲がある状態」が「ケ」と見なされる具体的な例を挙げています。手がかりとしているのは、阿見町(茨城県稲敷郡)の町史編さん委員会が編んだ『近世農民の生活』(1980年)に収められている「貞享五年 日記付帳」。
 当地の名主・湯原久左衛門が記した日記で、貞享五年(=元禄元年。1688)の1月1日から11月4日までの分が現存しています。「日記の内容は、阿見村の日常的記録が淡々とつづられているわけだが、その冒頭のかならず記される天候記事で、「天気なるほどよく候」という表現が気にかかる」と宮田はいいます[宮田1993:366-367頁]。

「天気なるほどよく候」と記した日数は、全体の約七割を占めており、二一九日を数える……(中略)……「天気なるほどよく候」とは別に「天気今日ハ晴申候」と記した日が二日あった。その場合、前日まで大雪とか大雨がつづいた直後の快晴を「天気晴申候」と記したのであって、「天気なるほどよく候」の心意とは微妙なニュアンスのちがいがあると判断される。

 日記のなかで「晴」と表現されているのは「前日まで大雪とか大雨がつづいた直後の快晴」。それは、先述した「晴」と「霽」の違いに基づくなら、「晴」ではなく雨上がりの「霽」に相当します。
 いっぽう、日記の表現のなかで、宮田が「晴」とは「微妙なニュアンスのちがい」を感じ取って注目しているのが「天気なるほどよく候」という状態。それは、日記が残されている1月1日から11月4日までの期間のうち219日を数え、実に7割を占めているといいます[宮田1993:367頁]。

「天気なるほどよく候」といったのは、明らかに日常生活の営みに適当であるという潜在意識の表白だったのである。したがって、これが気=ケという心的状態なのだろう。大雪、大雨、長雨、日照りの快晴つづきは、全体が極端に走り、農耕生活の秩序が乱れる。すなわち「気枯レ」状態となる……(中略)……雲一つない晴天をハレととらえながらそれがほどよくない場合、「気止」という非日常的感覚によって意識することもあり得たのである。

 晴天や雨天ばかりが極端に続くと、生活の秩序が乱れてしまいます。わたしたちが暮らしていくうえで望ましいのは、晴天や雨天が適当に織り交ざったほどほどの天気。それが日記のなかでは「天気なるほどよく候」と表現されているのです。

5、「ケ」を回復するための「ハレ」

 「ハレ」/「ケ」の概念になぞらえるなら、「天気なるほどよく候」が相当するのはケ。いっぽう、「ハレ」に相当する「晴」はほどほどが望まれます。雨も同様。もしも、晴天や雨天が極端に続くようだと「気止」「気枯レ」に陥ってしまうというのです。
 そのような「天候不順に対応するハレの儀礼」が天気祭りなのであると宮田はいいます。そして、天気祭りの例として晴祭りと雨乞いを対比させながら示しています[宮田1993:374頁]。

晴祭りは、長雨というケガレのために、「天気ほ(ママ)どよく候」のケの状態が維持できなくなって生じたハレの儀礼である。一方雨乞いは、日照りという晴天によるケガレによってケを維持できなくなった状態の回復を求めるハレの機会になる。

 天気祭りのなかでも雨乞いと対になる関係として位置づけられている晴祭り。その例として宮田は近世(江戸時代)の文献資料から、奥州白河(現、福島県白河市)の天道念仏や、上州草津(現、群馬県吾妻郡草津町)の日和祭りを紹介しています[宮田1993:370-371、373-374頁](★図参照)。

 注意しておきたいのは、宮田が決して「ケガレ」を不浄とは捉えてはいない点。前掲論考の2年前、昭和54年に(1979)発行された『神の民俗誌』において、宮田は「ケガレと不浄とは、本来別のもの」とはっきりと述べています[宮田1979:99頁]。

気は、生命を持続させるエネルギーのようなものだろう。その気がとまったり、絶えたりすることも、「穢れ」だった。そしてこれは死穢に代表されるものであり、不浄だとか、汚らしいという感覚はそこにはないのである。

 「ケガレ」(穢れ)とはあくまでも、「ケ」(生命力や活力)が弱まった状態のこと。本来、そこには不浄とか汚らしいといった感覚は付随していませんでした。神道や仏教の介在によって「ケガレ」が不浄とみなされ、不条理な差別や排除の対象となったのは後世のことです。

おわりに

 本稿で見てきたような、宮田が示した「雲がある状態=通常(ケ)」/「晴・雨=異常(ケガレ)」という図式。それは、かつてわたしが示した「晴=プラス」/「雨=マイナス」という図式、あるいは「晴=通常」/「雨=異常」という図式とは異なる見かたでした。
 「晴」に焦点を絞ってみると、わたしが示した図式ではそれは「いい天気」(プラス・通常)であったはず。それが宮田の図式では異常なケガレの状態と位置づけられています。宮田の図式では「いい天気」とは「晴」ではなく「雲がある状態」なのです。
 こうした齟齬をどう考えたらいいのでしょう。それを解き明かす鍵となるのが、対象とする期間の長短。すなわち、短期的な視野で考えるのか、長期的な視野で考えるのか、という違いです(★表6参照)。

 短期的視野とはたとえば1日から数日。このケースでは、かつてわたしが示した「晴=プラス」/「雨=マイナス」という図式、あるいは「晴=通常」/「雨=異常」という図式が有効です。とりわけ、行事の予定などがある場合、一般的に望まれるのは「いい天気」、すなわち晴天。行事を前に作られるてるてる坊主には、「晴れ」(という状態)への願いが込められます。
 いっぽう長期的視野とはたとえば数週間。このケースでは、宮田が示した「雲がある状態=通常(ケ)」/「晴・雨=異常(ケガレ)」という図式が有効です。晴天にせよ雨天にせよ、それがずっと続くのは困りもの。望まれるのは言うまでもなく、晴天や雨天が適度に織り交ざった「天気なるほどよく候」という「ケ」の状態です。
 もしも「ケガレ」の状態に陥ってしまった場合、それを払拭すべくおこなわれるのが「ハレ」の行事である天気祭り。日照り続きであれば雨乞いが、雨天続きであれば晴祭り(天道念仏や日和祭りなど)がおこなわれます。そして、後者の晴祭りと同様に、いま降っている雨が上がるようにとてるてる坊主が作られることもあります。そこに込められるのは「霽れ」(という変化)への願いです。

参考文献

・阿見町史編さん委員会〔編・発行〕『近世農民の生活』(阿見町史編さん史料4)、1980年
・円満字二郎「雨上がりというドラマ――「晴」と「霽」の違い」(ブログ「雨と漢字の物語」第17話) 
http://www.art-access.jp/comunity/28/17.html
・「気象観測の手引き」、気象庁、1998年
・槙島昭武『和漢音釈書言字考節用集』第1巻 乾坤 上、村上平楽寺、1717年
・宮田登『神の民俗誌』、岩波書店、1979年
・宮田登「ハレとケガレの生活感覚 ——「天気」と「休み日」について——」(塚本学・福田アジオ〔編〕『日本歴史民俗論集』4 村の生活文化、吉川弘文館、1993年。初出は、茨城県史編集委員会〔編〕『茨城県史研究』第47号〈茨城県教育財団歴史館史料部県史編さん室、1981年〉)


#雨の日をたのしく

この記事が参加している募集

雨の日をたのしく

学問への愛を語ろう

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?