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#028.楽譜を読むための基本 3「速度に関する表記」

ただいま数回に分けて「楽譜を読むための基本」を解説しています。前回は「テンポと拍子の関係」についてでした。シリーズになっているのでぜひ過去の記事もご覧ください。

そして今回は「速度に関する表記」の話題を中心に書いていきます。


テンポに関する表記は楽譜の上にある

楽譜はいくつもの「(原則的な)お約束」があり、テンポ(速度)に関係する記号は原則として五線の上に書かれています。ご存知なかった方も、もしかしたら無意識にそう感じて楽譜を見ていたかもしれませんね。ちなみに五線の下に書かれているのは「曲想記号」といって表現に関する内容である場合がほとんどです。

しかし楽譜浄書の原則を無視してなのか知らないだけなのか、五線の下にテンポに関する記号が記されていることもあり、そうなるととても見づらく、見落としてしまうなど実際の演奏にも影響が出ます。

ということで、五線の上に書いてあるものについては「何かテンポについて言っているのだろう」と推測することが大切です(もちろん Mute などの指示記号が五線上に書かれていることもあるので全てではありません)。

メトロノーム記号

左上に書かれた『音符=数字』。これを「メトロノーム記号」と呼びます。これは、「対象の音価を1分間に何回カウントするか」という意味で、例えば上の楽譜の場合は対象の音符は4分音符ですから、1分間に4分音符を60回カウントするので、すなわち「1秒=1拍(4分音符1つ)」になります。ですので、

この場合は1秒に2カウントです。このように60とか120ようなキリの良い数字であれば時計の秒針でも見ればすぐわかりますが、例えば、

これはいかがでしょうか。瞬時にピッタリわかる人は少ないかもしれません。そんな時に便利なのがメトロノームです。メトロノームを92に設定して鳴らしてみればすぐわかります。

ちなみに前回の記事で解説した拍子記号ですが、ほとんどの場合拍子記号の分母である「基準となる音価」と、メトロノーム記号に記されている対象の音価は同じです(ただし複合拍子は捉え方が2通りあるので例外です。前回記事参照)。

M.M

古い時代の楽譜に見られるこの「M.M」という記号はメトロノームの特許をとったメルツェルさんのメトロノームということで「メトロノーム・メルツェル(Metronom Melzel)」の意味です。書いてあってもなくても特に違いはありません。

ca.

メトロノーム記号の数字にこれがついていることもよくあります(数字の前に書かれることもあります)。

これは「チルカ(circa)」と読む略記で、「約」「およそ」の意味です。メトロノーム記号は絶対的な数値で示すことにあるので、実はそこまで厳密じゃなくてもいいと作曲家や編曲家考えている場合に使われます。『 =120~132』のような範囲で表記する方法や『≒』になっている場合もあります。

BPM

これは「Beats Per Minute」の頭文字を取った略称で、1分間に何回クリックがあるか、という意味なのでメトロノーム記号と結局同じ解釈です。ただ、メトロノーム記号のように基準となる音価がBPMではわからないので、楽譜に表記するのではなく口語として感覚的に用いたり機器のセッティングで用いられる傾向にあります。いわゆるクラシック系の音楽では様々な拍子で楽譜を表記することが多いためにあまり使われることがありません。

一方で、編曲などをする際「このテンポ、どれくらだろうか」と調べたいときにBPMカウンターというアプリを使うことがあります。連続的にタップをすることで、ある程度のテンボを計測することができます。ぜひアプリを調べてみてください。

メトロノームはテンポを知るための道具

メトロノームを延々と鳴らして曲練習をしている姿をよく見かけますが、それをしてしまうとブレスのタイミングが用意できません。また、「アゴーギク」と呼ばれる音楽の緩急による演奏表現がしにくく、機械的で平坦な表現になりやすいのです。したがって、メトロノームで長いフレーズを練習したり、ましてや曲を通すのは避けましょう。
一方で、フィンガリングの練習など狭い範囲を反復練習するなど、メトロノームと共に練習することで効率的になる場合もあります。

メトロノームはそのリズムに合わせて曲を練習するための道具、というよりも「テンポがどれくらいかを把握するために演奏前に使用する道具」と位置付けておくほうが良いでしょう。

文字による速度記号

楽譜は、このように文字でテンポを示すことも大変多いです。

言葉に込められた意味を理解する

しかし文字の場合、先ほどのメトロノームのように絶対的なテンポがわからないぶん、作曲者がその作品に対してどのようなイメージを持っていたのか、そして演奏者自身がどのようなイメージを持つかが重要になります。そして文字による速度記号の最も重要なことは、「その言葉に込められた意味」です。ちなみにメトロノームを見ると、文字による速度記号がどの程度の数値を指しているのか記載されていることも少なくありませんが、あくまでもこれは参考であり、絶対その範囲でなければならない、ということではありません。

では、いくつか例を挙げてみましょう。

Allegro

アレグロ。比較的速いテンポに用いられます。込められた意味は「快活に」など。カイカツなんて言葉日常ではあまり使いませんね。簡単に言えば「元気」というニュアンスで良いかと思います。

Andante

アンダンテ。「平凡な」「(人柄が)飾らない」などの意味を持っているようですが、音楽では「歩くような速さ」と解釈することが多いです。しかし、急いで歩く、慌てて歩くのではなく、散歩とかブラブラするような心にゆとりがある、落ち着きのあるニュアンスの「歩く」になります。

これは主観になってしまいますが、私がこれまでに出会ってきたAndanteの作品は、とても優しくて暖かみのある音楽が多く、それでいて前向きな推進力を感じられるものが多い印象があります。

Lento と Largo

Lentoレントは「ノロノロした」「緩慢な」といった意味合いが込められていて、Largoラルゴは「(心が)のびのびとした」「幅広い」という意味があります。

どちらも遅いテンポに用いられますが、この違い、イメージできますか?こうなってくると、もはやメトロノームの数値、もっと言えば「テンポ」という話だけでは片付けられない表現の世界だと思うのです。

Moderato

モデラート。楽典などでは「中くらいの速さで」と書いてあることも多いですが、チュウクライってなんだよ!って思いませんか?確かに、Moderatoが文字速度記号の中心軸になり、速い遅いを分類しているとも言えるのですが、この言葉に込められた意味がやはり大切になります。それは「適度」「節制」です。要するに「やりすぎない」「過剰なことをしない」。もっと意訳的に解釈をするならこうも言えるかもしれません「その曲に最も最適だと考えられる作曲者が持っているイメージを尊重する」素材の味、とでも言いましょうか。自分のイメージを優先してあれこれ作品を作り変えるのではなく、自然なままのテンポで演奏しましょう。という感じです。

また、モデラートには「穏やかさ」という意味もあります。ですので、中位の速さとは言われていますが、どちらかと言えばゆっくりな印象を持たせる言葉なのではないか、と思っています。

いかがでしょうか。文字による速度記号は奥が深くて面白いですよね。他にも楽譜の冒頭に書かれている文字速度記号はいくつもあります。

さらに、「Allegro moderato」「Allegro vivace」など、それぞれが単体でも速度記号になるもの同士が合体することもあります。

この場合は最初に書かれているものがテンポの意味を司っていて、後ろの文字はそれに意味を追加していると考えてください。ですから、こうなってくると具体的な速度ではなく、言葉に込められた意味を理解していないとどうしようもないので、知らないものは必ず調べ、理解をした上でイメージを固めることが大切です。

速度に影響をもたらす楽語

速度記号として書かれているわけではないけれど、結果的にテンポに影響を与える(場合のある)楽語というものもあります。少しだけ紹介します。

sostenuto

ソステヌート。意味としてはテヌートの広範囲版です。ここから先は全部テヌートになる、という感じで良いかと思いますが、場合によっては若干テンポが落ちる可能性があります(テンポを落とすと良い表現になる可能性があります)。

maestoso

マエストーゾ。荘厳(そうごん)に、重々しくて気高さのある壮大なシーンに使われることの多い楽語です。堂々たる演奏を求められるので、テンポが落ちる可能性があります。

こういった発想記号は五線の下にイタリック体(斜体)で表記されることもありますが、作曲者がテンポにも影響を与えてほしいと考えている場合、やはり五線の上に太字とか大きな字で(斜体ではなく)書かれている場合はテンポ変化を求めている可能性が高いので、それを加味したテンポを演奏前にイメージしておきましょう。

相対的な速度の変化を理解しよう

「今までより◯◯」という変化を示す楽語もたくさんあります。それを理解するために大切な2つの言葉をまず紹介します。

piùとmeno

piùピウは「もっと」という意味なので、その言葉を強める力を持っています。

menoメノは「より少なく」という意味なので、その言葉を弱める力を持っています。

このpiù、menoは音大の楽典という試験の中でよくひっかけ問題として出題されるので、私は当時「ピウをプラス(+)」「メノをマイナス(-)」というイメージで覚えました(実際の意味とは違うのでご注意を)。

また、「mosso(モッソ)」という楽語があります。これは「躍動して」「動きのある」と解釈されることが多く、この言葉単体が書いてあった場合はテンポが速くなります。ですから、

「più mosso」と書かれてある場合はやはりテンポが速くなるのですが、一方で「meno mosso」と書いてあった場合は、「動きが少なくなる」という意味になり、結果としてテンポが遅くなるのです。

più + 速度に関連する言葉

テンポが遅くなる楽語にpiùが付くと、それをより強めることになるので、例えば

「più largo」とか「più adagio」などの場合、それまでより遅いテンポになります。しかし、「più allegro」の場合はallegro自体が速いテンポの意味を含んでいるので、それを強めるために、より速いテンポになります。


meno + 速度に関連する言葉

ということはmenoが付けば、言葉の意味が弱まるわけですから、例えば、

「meno allegro」の場合は、それまでよりもテンポが遅くなります。

「meno lento」などテンポの遅い意味を持つ言葉に付けば、それまでよりテンポが速くなるわけです。

わかりましたか?ちょっとややこしいですね。


徐々に変化していく速度指示

「rit.」そして「accel.」。出現率が非常に高いので、ご存知の方も多いと思います。

ところでこれらの単語、正しく読めますか?「リット」「アッチェレ」と呼ぶ人も多いですし、口で言って伝わるなら別に問題ないのですが、文字の最後に「 . 」がついていたらそれは略記ですので、本当はもっと長いのです。正確には、「ritardandoリタルダンド」「accelerandoアッチェレランド」と読みます。

それぞれの意味は、rit.は「だんだん遅く」、accel.が「だんだん速く」です。これらについてはまた今後詳しく書きたいと思いますが、「rit.って書いてあるから遅くしたけど何か?」のような演奏は音楽的ではないので、「なぜrit.が書かれているのか」「作曲者のイメージは?」「rit.した結果、音楽がどのように変化するのか」などをイメージして演奏することが大切です。


ritenutoにご注意!

ritenutoリテヌートという楽語はご存知でしょうか。略記だと「riten.」と書かれるので、「rit.」と見た目にも混同しがちですが、riten.の意味は「ただちに遅く」なので、rit.と演奏解釈が全然違います。
それを知らないで合奏をしてしまうとひとりだけズンズン突っ走って恥ずかしい思いをしてしまうかもしれません。それに、もしそんな演奏をしたら、「私は楽語を調べずに演奏しています!=譜読みしてません」と主張しているようなものです。楽譜を読むというのは、そこにあるすべての情報を理解して、自分は(ひとまず)どのように演奏するのかを決定し、それを可能な限り表現することです。

音符の羅列ばかりを目に留めて演奏する人はテンポについてメトロノームや指揮者、他の奏者に任せてしまう場合も多い傾向にあり、とてもよくありません。ぜひ楽譜に書かれている文字は必ず理解して演奏するように心がけてください。

テンポは自分で生み出すもの

「指揮者とはどんな役割の人ですか?」と質問して「テンポを決める人」と答えた人ほど、合奏で指揮棒に注目しすぎて逆にテンポが不安定になっている場合が多いです。

先ほども言いましたが、テンポは誰かに指示されて決定するのではなく、その前に自分でまず決めておくことが大切です。この作品(場面)ではこのテンポがふさわしいと思う、とか、Andanteと書いてあるから、このテンポが美しい!など、まずは自分が納得できるテンポイメージを掴むことです。

そしてそれが結果として指揮者の持つテンポと違っても構いません。指揮者もやはり自分の思うテンポを表現しているわけで、合奏では奏者は指揮者のテンポを尊重します。

間違っても「いや、私のテンポのほうがいいんだ!」と奏者が指揮者を無視して演奏し、アンサンブルを乱すような行動に出てはいけません。指揮者の生み出したテンポで作られる作品が「その時のその作品」なのです。

そうすることで同じ曲でもいくつもの表現方法があることを体感できるし、より豊かなイマジネーションを持つことができるわけです。音符の羅列ばかりに目を奪われず、楽譜に書かれている様々な情報から、自分の心や頭の中に(暫定的な)素晴らしい音楽を奏でてください。


荻原明(おぎわらあきら)

荻原明(おぎわらあきら)です。記事をご覧いただきありがとうございます。 いただいたサポートは、音楽活動の資金に充てさせていただきます。 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。