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運の土壌なくして実力なし

自助努力や自己責任という新種のウイルスが社会に瀰漫する事で
社会のコアは腐り果てた。

あたかも個人の能力因子ですべてを変革できるかのような軽薄でチープなイデオロギーの集団感染である。

政治は公の調整を放棄し既存の既得権と新しい既得権のために
私腹を肥やす事しか考えなくなる。

学校や会社は即戦力という大義を掲げた市場傭兵を育成する場という事になる。それ以外の自由は即怠慢となる。

強制的だが自発的にスキルを獲得し続けよ」という呪文は社会に生きる人々への永久に解けないメダパニである。

自分はできた。だからお前もできる。」と偉そうに言う人はたまたま
その時代に打ち込める環境と対人関係があっただけだ。

経験はお金では買えない。経験は大事です。」と偉そうに言う人は壮大で稀な経験を莫大なお金で買っているペテン師だ。

自称成功者の軽薄でチープなサクセスストーリーはたまたま起こった話を牛丼特盛にしシナリオを随時いじって凄い話に仕立てているだけだ。
構成が上手いだけだ。

あらゆる実力は運が土壌になっている。だからシステムで税金徴収をして運要素が皆無だった人々に社会保障を通して運の分配をしているのでしょう。

義務教育レベルの公民を軽視し、蹂躙する人々が跋扈する事で社会はどんどん弱体化していく。

能力主義を起点とした成り上がりストーリーは何の為にもならない。我々の土壌は常に偶然産物の集合体でしかない。実力は付随品でしかない。

学習教材(数百円)に使います。