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伝統的モンゴル文字

 モンゴルは分断国家

 意外に知られていないことなのだが、モンゴルは民族分断国家である。一つは独立国として存在している「モンゴル国」で1992年以前はモンゴル人民共和国だった。モンゴル人居住エリアとしては概ね北半分の地域である。
 もう一つは、中華人民共和国の内モンゴル自治区でモンゴル国の南側にある。
 そのため、モンゴル語では一般的に「北モンゴル Ар Монгол」「南モンゴルӨвөр Монгол」という言い方を使っている。「内モンゴル」という言い方は中華人民共和国側から見た言い方なので、モンゴル人は一般的に使わない。
 その内モンゴル自治区では、中華人民共和国の政策により民族教育として伝統的なモンゴル文字、縦書きで左から右に行が進む独特な書き方をする「モンゴルビチグ」が教育の場でもモンゴル語の公文書でも使用されてきた。そのモンゴル文字の教育が危機に瀕しているのだが、この件はここでは触れない。
 モンゴル国では、モンゴル人民共和国時代に、文字改革と称するキリル文字による表記の押しつけがロシア人の都合で、すなわちソビエト連邦の力で行われた。民主化以後、伝統的モンゴル文字への回帰が画策され、教育も伝統的モンゴル文字に一時的に切替えた。しかし、教育の場が混乱して完全切替は取りやめとなり、結果的に伝統的モンゴル文字は一科目としての扱いとなっている。
 なお、この記事を書きながらググってたところ、モンゴル国で改めて伝統的モンゴル文字(モンゴルビチグ)への移行を画策しているようで、2025年から公文書などでキリル文字と伝統的モンゴル文字の併用を開始し、将来的に伝統的モンゴル文字に一本化しようとしているようである。モンゴル国は伝統的モンゴル文字への回帰を諦めていないようだ。中○人民共和国へのあてつけもあるかもしれない。知らんけど。

縦書きと改行

 コンピュータ上で文書を扱う場合、基本的には左から右への横書きという英語などの言語での書き方が基準となっている。
 そのため、縦書きの文書の扱いに様々な制約が存在している。

 日本語に関しては、一般的に広く使われいてるMicrosoftWordでは縦書きでの文書作成にも対応している。筆者はMacを使用しており、以前はPagesが縦書き対応になっていなかったため、OpenOffice等を使用していた。しかし、現在ではPagesをメインに使用している。
 しかし、縦書き対応になっているPagesでも伝統的モンゴル文字の文書作成には使用できない。改行による行の進行方向が日本語とは逆で、改行で次の行は右へ進むモンゴル語に対応していないためである。
 筆者が伝統的モンゴル文字の文書作成に使用しているのは、LibreOfficeというオープンソースのオフィススイートである。Writerという文書エディターで左から右への行進行が設定できる。

伝統的モンゴル文字の入力環境

 そしてもう一つ、キーボードドライバやフォントを含めた入力環境が必要で、モンゴル国のBolorsoftという会社が開発して無償で提供しているキーボードドライバやフォントを使用している。
 LibreOfficeとこのBolorsoft Mongolian Script Keyboard Driveの2つを使用することで、画像に上げたような伝統的モンゴル文字の文書を作ることができる。
 テクノロジーの進歩は様々な利便性をもたらす。しかし、伝統的モンゴル文字の入力環境のような特殊でかつ利用者が少ないものに関しては、どうしてもテクノロジーの進歩の恩恵を受けにくい。

 モンゴル語話者は全世界で600万人程度と言われている。モンゴル国、内モンゴル自治区の他にロシア連邦などに住んでいるが、伝統的モンゴル文字をコンピュータ上で使用する必要がある人達の数は多く見積もってもその半数程度、300万人程度が上限になるであろう。モンゴル研究者でもない筆者のような人物が、伝統的モンゴル文字の入力環境が必要だ、などというのはヲタクの極みであって、そもそも数に入らない。それはともかく、伝統的モンゴル文字を民族政策の一環として行ってきた中華人民共和国が伝統的モンゴル文字の教育をやめるとなると、こういう需要も減ってしまうことになる。
 しかし、こうして筆者のiMacで伝統的モンゴル文字で文書作成、編集作業ができる環境があることは非常にありがたいことである。
 キーボードドライバを提供しているBolorsoft社
 及び
 LibreOfficeを提供しているTheDocumentFundation
に深く感謝する次第である。

伝統的モンゴル文字の必要性

 などと大上段に構えたことを述べたところで、ほとんどのジャパニーズピーポーには、何それ、美味しいの? 的な話になってしまうが、モンゴルの歴史を研究するにはどうしても必要になる。キリル文字を使用しているモンゴル国でも、いわゆる文字改革が行われた1960年代以前の文書を調べるには、伝統的モンゴル文字は必要になる。
 強引に横書き表示のまま縦書きの文字を入力することも不可能ではない。
 伝統的モンゴル文字はすべてUnicodeで体系化されているので、Unicode対応なら表記できるのである。 ᠮᠣᠩᠭᠣᠯ ᠪᠢᠴᠢᠭ  Монгол бичиг などのように、入力表示は可能なのであるが、横書き環境で縦書き文字を入力した場合、改行が逆になってしまうという問題が残ってしまうのである。
 文書として編集した場合を考えると、やはり改行が逆になるのはよろしくない。そもそも読みづらい。

 モンゴル国において公文書が伝統的モンゴル文字になっても困らない文書入力編集環境はすでに出来上がっている。2025年以降、BolorsoftのキーボードドライバとLibreOfficeのセットがどんどん使われる未来は、夢想では終わらないのかもしれない。

 ということで、モンゴルビチグと呼ばれている伝統的モンゴル文字の入力編集環境でお困りの方の一助になればと思っている。


2023年10月7日 一部リンクなどを修正


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