荒井胤海

フリーランスのグラフィックデザイナーです。

荒井胤海

フリーランスのグラフィックデザイナーです。

最近の記事

ヘルベチカはそんなこと言わない

「書体を使いこなすためには、その歴史や背景を知らなければならない」って、誰に言われたのか思い出せないけど、重みのあるアドバイスとして素直に受け止めてきた。実際、多くの人から愛されている書体にはそれなりの歩みがあり、造形の美しさもさることながら、物語としても楽しい。制作された経緯を知れば、使う際の参考にもなる。 学生の頃は純粋に文字を楽しむ人として、書体にまつわる物語に触れていたのだけど、デザイナーとして仕事をしていると、蓄えた知識が邪魔に思えることがある。いっそ何も知らずに

    • 失われしドットの字を求めて

      また、ゲームにハマっています。任天堂やスクウェア・エニックスなどの大手ゲーム会社によるタイトルは安定して面白いのですが、個人であったり、少人数のチームが手がけた所謂「インディーゲーム」を漁っていると、美意識の結晶のようなビジュアル表現に出会えることも。自分だけがこの感動を味わえているんじゃないかという気がして嬉しいんです。 インディーゲームとドットの字 私がこれまでにプレイしたインディーゲームのなかで特に気に入っているのは、『Eastward』と『Katana ZERO』で

      • もう文字詰めなんてしないなんて、言わないよ絶対

        まるごと一冊レタースペーシングについて書かれた本が出版されるらしい。グラフィックデザインの教科書的な本ではだいたい一見開きか片ページで済ませられるこの息の詰まるような地道な作業、その奥深さについて語る本って今までなかったかも。これを楽しみにしているデザイナーが多いようなので、この波に便乗して私なりにレータースペーシングについての思いの丈を書き連ねてみようと思う。 念のため説明しておくと、文字を用いてデザインする際に文字と文字の間のアキを調整する作業のことをレタースペーシング

        • 「書体とは〇〇である」って、言えない

          「書体とは声である」太いゴシック体が与える印象を〈重厚〉〈大声〉〈力強い〉などと説明されて大多数の人が共感できるのは、文字のデザインに関心がなくとも、無数に存在する書体それぞれの特徴を手がかりに声色を想像できる感受性を、誰しも持ち合わせているからだ。 「書体とは声である」という言葉は、書体デザイナーやグラフィックデザイナーが、一般の方に書体の存在意義を伝える際の常套句だ。映画監督が作品に合った俳優をキャスティングするように、書体もテキストの内容にあわせて使い分けるべき、とい

        ヘルベチカはそんなこと言わない

          文字の内側から湧いてくるもの

          建築空間に文字やピクトグラムを配置し、来訪者を案内するのがサインデザイナーの主な仕事だが、ゴミ箱や傘立てなど、施設を運営していくうえで欠かせない設備の見た目をサインと統一していくために、形状から考えることもある。 文字の位置や大きさをコントロールすることで人の目線を誘導するのは、グラフィックデザイナーが日常的に行なっていることだ。その感覚をサインデザインに活かせる部分は多いのだが、ゴミ箱や傘立てのような構造物のデザインとなると、勝手がわからなくて困惑してしまう。 一刻を争

          文字の内側から湧いてくるもの

          アトラスの悪魔的ロゴ遣い

          2020年7月のニンテンドーダイレクトミニで、『真・女神転生V』と『真・女神転生III NOCTURNE HD REMASTER』の紹介映像を観た。 本稿で触れているアトラスの新作紹介パートは8:42から https://www.youtube.com/watch?v=t57NnJAao0A 女神転生シリーズの最新作となる『真・女神転生V』を紹介するパートの冒頭で、開発元であるアトラスのロゴが黒地に表示される。アトラスといえば『キャサリン』や『ペルソナ』のスタイリッシュな

          アトラスの悪魔的ロゴ遣い

          タイピングからタイポグラフィへ

          書き手がWordにタイピングしたテキストを「すっぴん」の状態と捉える。「すっぴん」のテキストはそのままでは見るに耐えないので、デザイナーがそれをIllustratorのテキストボックスに流し込み、書体、文字サイズ、行間、その他あらゆる設定を決め、紙面に配置することで美しく仕上げる。これがタイポグラフィという行為の一般的なイメージである。 このイメージに疑問を呈するのが本記事の趣旨であるということをあらかじめ伝えたうえで、まずはタイピングからタイポグラフィへと至る事例をいくつ

          タイピングからタイポグラフィへ

          視覚調整が悩ましい

          いま、PS4のゲームソフト『The Last of Us Part II』が話題になっている。衝撃的すぎるストーリーに前作のファンからは批判もあるようだけど、ここまで感情移入させられるゲームを他に知らない。デザインの面でも、パッケージやUIがどれもハイクオリティで、大ヒットゲームの続編たる王道感はさすがだと思う。 ジャケットは前作から引き続き登場する主人公のエリー。般若の面って怒りに満ちた女性の顔がモチーフなんだよな、と改めて思わされる表情が印象的なのだが、今回取り上げたい

          視覚調整が悩ましい

          本は、宇宙の容れ物です

          文字が連なり本として立ち上がる過程を辿る紙芝居です。タイポグラフィは、宇宙をつかまえる行為だと思う。 ここに、日本語の短いテキストがあります。 日本語の文字は、「仮想ボディ」と呼ばれる正方形の容れ物に収められています。 ここでは、この正方形を一文字ととらえていただきましょう。 文字が直線的に連なることで「行」ができます。横組みなら横に。縦組みなら縦に。 横組みの「行」は上下に連なります。 ズームアウトしましょう。文字が無限に連なっています。 さらにズームアウト。

          本は、宇宙の容れ物です

          ムゲンダイな文字

          去年の夏、ふと思いたちニンテンドースイッチを購入した。日常的にゲームをするようになったのは中学生の頃以来で、ゲームボーイアドバンス世代の私は今時のゲームの進化に驚きの連続である。 『ポケットモンスター ソード・シールド』『リングフィット アドベンチャー』などの話題作をいくつかプレイしたのだが、グラフィックデザイナーの私としてはUIで使われているフォントが気になるところ。 「ニタラゴ」先述した二作品のUIで共通して使われているフォントが、「ニュータイプラボゴシック」(以

          ムゲンダイな文字

          合成フォントは尊い

          実はちぐはぐな「こぶりなゴシック」こぶりなゴシックが好きだ。素朴で、すこし控えめで、たまにとぼけたような顔を見せるところが好き。これを具体的に説明すると、字面が小さく、フトコロが狭いので端正で落ち着いた印象があり、「こ」の一画目、「た」の三画目にハネがなく、「お」のループ部分が丸いので、類似書体の游ゴシックと比べて、より柔和な雰囲気になっている。拡大してみると、エレメントがぬるっとしていて柔らかいのも柔和な雰囲気の要因。と、ここまで書いたのは仮名の特徴であって、漢字はそれにあ

          合成フォントは尊い

          文字はデザインの素粒子

          『Powers of Ten』の衝撃公園で寝転がる男性を捉えたカットから映像が始まる。画角は1:1。カメラは徐々に上空へと上がり、先ほどまで画面を占有していた男性は点のように小さくなる。やがて地球が宇宙のチリに見えるまで上昇した時、カメラは静止する。今度は徐々に地球に寄っていき、冒頭の男性の皮膚を突き抜け、素粒子レベルまでズームしていく。 『Powers of Ten』はチャールズ&レイ・イームズによって1968年に作られた映像作品で、現在でも教育映画の名作として語り継がれ

          文字はデザインの素粒子

          ㍉派デザイナーの単位の話

          感染症の影響で在宅勤務をし始めて、早一ヶ月。これまで忙しさにかまけて食べ物は外食とコンビニ弁当で済ませていたのだが、外には出れないし、時間はあるしで自炊するようになった。 オムライスが食べたくなり、クックパッドを開く。材料はお米2合、バター10グラム、牛乳大さじ2、玉ねぎ半たま、など。大さじって普通のスプーンでいいの? 10グラムってどれくらいなんだろう…。計量スプーンすら持っていなかった料理初心者の私はすっかり混乱してしまい、仕方なく目分量で作ったオムライスはイマイチであ

          ㍉派デザイナーの単位の話

          オルタネートな平成

          改元して今日でちょうど1年が経過したが、平成生まれ、平成育ちの自分としては、古さの代名詞としての昭和(すみません)と、新しさの代名詞としての令和のはざまで未だに宙ぶらりんな気分でいる。それはともかく、今回はジャニーズのアイドルグループ、Hey! Say! JUMPにまつわるタイポグラフィの話をしたい。 以前勤務していたデザイン事務所でテレビ情報誌の表紙デザインを担当していた頃、2、3号に一度はHey! Say! JUMPが誌面に登場していた。といっても、デザインするのは表紙

          オルタネートな平成

          神を細部に宿しすぎ問題

          PCを使ってデザインするほとんどの時間、私たちは拡大または縮小された状態のものを見ている。 B1サイズのポスターのように大きなものはPCの画面内に収まりきらないので、全体を見渡すには縮小表示せざるをえない。名刺のように小さなものは原寸で表示しても画面に収まるけれど、ディテールを調整するために拡大表示することがある。全体と細部の間を往復しながら拡大と縮小を繰り返す。すると、いつのまにか本来のサイズ感を見失う。 そうしてデザインしたものを原寸大で出力すると、画面上の印象と違う

          神を細部に宿しすぎ問題