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『蝶々と灰色のやらかい悪魔』 39

 駐車場に戻ると、昼間いたチンピラたちは、とっくに居なくなっており、ガランとしたスペースに、わたしたちの車だけが駐まっていた。自動販売機の明かりだけが、ポツンと駐車場を照らしており、さながら海に浮かんでいるようにも見える。

 少し安心しつつ、「ああ、よかった……」とほっと胸を撫で下ろすわたしに、「ああ、昼間のチンピラ?」と、察しのいいマサキさんが、それとなく尋ねる。

「ああ、分かります?」

 彼の気遣いに感心しつつ、上目遣いで尋ねると、「見てれば、大体ね……」と、彼が澄ました顔で、鼻を高くする。

 得意になる彼を見上げながら、「これさえなければ、パーフェクトなのになぁ〜……」という、皮肉の籠もった眼差しを向けていると、あまりにジロジロと見つめられたせいで、「え? なに?」と、彼が不審がり、逆に疑いの目を向ける。

「ううん……」

 そう首をふり、「乗ろっか?」と、今度はわたしから彼を促す。

「そうだね……」

 彼がエスコートでもするように、わたしの手を引き車の前まで案内する。その動きに合わせ、新車のプリウスのハザードが、ピピッという音とともに点滅し、キーのロックが解除される。

「おお!」

 とつぜんの車の反応に、ハイテク音痴のわたしが、大袈裟に驚くと、その反応を見たマサキさんが、「ああ、自動で開くんだよ。これ……」と、さも当たり前のように説明する。

 車に乗り込みドアを閉めたとたん、気まずくもあり、それでいて、どこか心地いい沈黙が流れる。なにか話そうと思えば話せたが、敢えて話さずに黙り込んでいた。

 静かすぎて、マサキさんのする呼吸の音まで、聴こえてきそうなほどで、どちらからともなく手を伸ばすと、互いの存在を確かめ合うように、座席の中央で、さっきみたく友達繋ぎではなく、今度は恋人繋ぎで手を繋いだ。

 そのまま二人で黙り込んでいると、とつぜん顔を寄せてきた彼に、不意打ちでキスをされた。あまりに急なことに言葉を失っていると、一呼吸置いて、耳元に顔を寄せてきた彼が、「ねぇ?」と、わたしを見つめる。

「ん?」と、わたしが見つめ返すと、さらに一呼吸置き、「『バナナとドーナツ』、行こっか……?」と、彼が笑いを堪えながら、ニヤケ顔で提案する。

「バカじゃないのっ!」

 薄ら笑いを浮かべる彼を、持っていた手提げで、文字通り、思い切り袋叩きにしてやった。

「やめろよっ!」

 必死に抵抗するマサキさんが、わたしの手提げ袋を、嬉しそうに手で制し、「バカ、冗談だよ!」と、悪態をつく。

 そんな彼を見ていて、ふと思う。ちょっとエロくて、紳士なマサキさんが、やはりわたしは好きなのだと。


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