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あいつはギフテッド

空を眺めるのが好きだった。

ぼーっと流れる雲と時々飛んでくる飛行機。私の住んでいた街は空港があったから、飛行機がよく見えた。轟音が響いて高く飛ぶさまは、わたしにとって自由の象徴に見えた。

「それANAの○○便、ボーイング○○○だよ」

中学校へ行く途中、空を見上げながら歩いていたわたしは、急に声をかけられて、転びそうになった。

「え?なに?」

「だからあれはANAの〜…」

入学以降、彼と初めて話した瞬間だった。

彼は同じクラスだったけれど、あまり目立つタイプではなくて、話すこともほとんどなかった。観察してみると、電車の時刻表を常に持ち歩いている。時刻表を読んでは嬉しそうにニヤニヤしている。風変わりなひとだ、と思ったけれど、同時に面白そう!と思ったわたし。

友達になりたいな、と思っていたその頃、事件が起きる。

授業で当てられた彼は、答えられなかったのだ。寝ていたのか、声が出ないのか。とにかく立って震えたままじっと黙っていた。

「早く答えなさい!!!」

静まった教室に、先生の厳格な声が響く。怖い先生だったから、みんな余計に手に汗握っている。

次の瞬間、彼は「うわああああ!!!」と叫びながら机を倒し椅子を投げ、教科書を投げ、教室から走り去った。

ポカーンとしていた先生だけれど、すぐに追いかけるから待ってなさい!と走って行った。

またか、という声がちらほら聞こえる。彼は感情のコントロールが苦手で、小学生の頃からこうして暴れていたらしい。わたしも噂には聞いていたけれど、いざ目の前にみるとすごい迫力だなあ、と逆に感心してしまった。

そういうことが何度かあった。

普段の彼は物静かで、時刻表が友達。いつも何かをぶつぶつ呟いていて、多分物知りだ。わたしは登下校が彼と同じ道だと知ってから、見つけると声をかけるようになった。

「おはよう!あ、あの飛行機は?」

「あーあれはJALの〜」

鬱陶しがるわけでもなく、嬉しそうにするわけでもなく、淡々と答えてくれる。目視できると言ってもそんなに近くはない。機体の文字なんて読めないのに、正確に当てる彼は、本当に乗り物が好きらしい。

「ねえ、その能力すごいね」

「どうなんでしょう、そうかもしれません」

まるで近未来から来たロボットのような喋り方で、わたしはますます嬉しくなる。だってこんな素敵でユニークな友だちいないもの!

そうして私たちは友達になった。と言っても向こうは思ってなかったかも。でも、二人で過ごすことは嫌じゃなかったようで、待ち合わせはしないけれど一緒に登下校するようになった。

飛行機の魅力、電車の魅力、バスや船、いろんな乗り物について教えてくれた。わたしはそれを、まるでナレーションを聞くドキュメンタリーみたいに、居心地よく過ごした。

彼は時々笑う、わたしが飛行機の名前を間違えると。その笑顔がとても愛らしくて、なんだかくすぐったくなった。

でも教室の彼は、やっぱりどこか不安そうだった。いわゆる一軍の男子が、ふざけて時刻表を持ち去って、それにキレては笑われていた。授業も当てられてもいつも答えられなくて、声が出せないままキレて机を投げ飛ばす。感情コントロールが苦手なことを理解してもらえないことに苦しみながら、それでも彼は学校に来ていた。

わたしもその頃いじめられていて、シカトなんて日常茶飯事。「ツジ死ね同盟」なんていう物騒なもんも作られていたけれど、教師たちはわたしのことも彼のことも見て見ぬふり。彼がキレることに対して、キレ返すだけ。



その年のバレンタイン。
お菓子が持ち込み禁止の学校でも、先生が目をつぶってくれる一日だ。わたしもウキウキで作ったお菓子を持って行った。すると、運の悪いことに学年主任に見つかった。みんなで交換していた時に限って。ズカズカと近づく図体のでかい男の先生は、いきなりわたしを突き飛ばした。

「お前校則破ってんだぞ!?ふざけんな!ルールを守れ!!!」

大声でわたしを怒鳴る姿にみんなもビビってお菓子をすぐに隠した。ついてこい、と言われ、ぶつけた肩を撫でながらついていく私。ドアが開いた瞬間、先生は笑顔でこちらを向いた。

「ツジ、代表でお前を怒ったんだ。みんなの手本になってもらえると思ったから。ツジなら分かってくれるよな、な?」

正直納得がいかなかったけれど、自分だけが怒られるってことは期待されてるってこと、そう言われて納得した。

その後私は愕然とした。他の教室の子からその先生がお菓子をもらって食べているところを見たから。

「お前たち秘密だぞ〜!」と寛大でユーモアのある先生を演じている姿を見て吐き気がした。

私は結局、本当に見せしめで、先生にとってきちんと怒りましたよ!というパフォーマンスのヒロインにされただけなんだと。

何もかもバカらしくなった。学校で優等生を演じる自分も、そのために損な役回りばかり回ってくることも。わたしも彼みたいに暴れたいなと思って初めて、「彼はこのやり場のない怒りや悔しさを、ああ表現するしかなかったんだな」と理解した。



帰り道、彼と遭遇した。相変わらずぶつぶつ呟いていて、二人で高く飛ぶ飛行機を眺める。

「ねえ、飛べたらいいのにね」

「飛べないですよ人間は」

真っ当な返しに何も言えず、とぼとぼ歩く。

「飛行機はさ、自由でいいよね」

「場所から場所を飛ぶのでコースは決まってますよ」

当たり前の返しに更にぐぬぬとなる。

「でも、こんな狭い世界じゃなくて、飛行機に乗ったらどこへでも行けますよ」

続けて彼は涼しげな顔でそう言った。そう、彼だけは、この世界から飛び立つ方法を知っていたのだ。

そう聞いて、肩の力がすっと抜けた気がした。そうか、私たちはどこへでも行けるんだ。

「アフリカとかで野生動物見れるよね!」

「危ないですよ」

「ピラミッドだって登れるね!」

「登ったらダメですよ」

嬉しくなって口走る適当なことにも、冷静に静かに訂正する彼の目は、どこか可笑しそうで。

私たちはつい周りの狭い世界で、人間関係に苦しんでしまうけれど、空はどの国にも繋がっている。心の中に飛行機を。教室を飛び立ち膨らむ想像や創造は、どこまでも自由だ。

卒業してから会っていない彼は、こうしてわたしに初めて"本当の自由"を教えてくれた人だった。

ゆりかごを飛び立ち、墓場が目的地。どうせ私たちは人生という名のフライトをしてるだけだから、自由に想像して、創造しよう。寄り道しながら、休憩しながら、羽ばたいて知らない景色をたくさん見よう。そして、たくさん素晴らしい思い出を作ろう。

彼に会えたらギフトを贈ろう、彼に渡し損ねたバレンタインチョコと、君はgiftedなんだよ、と。

同じ空の下、どこまでも飛んでいける私たちだから、いつか会えることを祈っています。

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