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火曜日、ほうれん草と愛を買った

澄んだ冬の青、まばゆい光が瞳を照らす。このお店に来ると、いつも緊張してしまう。「こ、こんにちは!」裏返りそうな声で声をかけると、いらっしゃいとおばあちゃんが微笑んでくれる。穏やかな冬の日、春の匂いがした。

近所の野菜直売所は、農家さんがやっているちいさなお店だ。普段はスーパーで買い物するけれど、時々このお店に寄る。大体野菜が100円〜200円。品数は少ないけれど、お目当ての野菜がある時はラッキーだ。採れたての美味しい野菜は、いつだって身体にじんわり染み渡る。

でも、わたしはあまりお店に行っていない。なぜなら、ほんとうに、緊張してしまうから。馬鹿みたいって思われるかもしれないけれど、ほぼ引きこもりのわたしには一大事。普段のスーパーでは決まりきった会話だけ、温度を感じることもない。けれどこのお店にはレジもないし、ぜんぶ手渡しだ。一言お礼を言うだけで精一杯、じんわり手汗をかいてはいそいそと帰る。おばあちゃんはいつも変わらず、微笑んでくれるのに。そんな自分が、少し嫌いだ。

今日お店の前を通ったら、ほうれん草が100円で売っている。お、帰りに買おう!と楽しみに用事を済ませ、帰ってきた。お店に近づくと、いつものおばあちゃんはどうやらお友達と話し込んでいる。棚を見ると、ほうれん草が、ない…!売り切れか、どうしよう、うーん、諦められない。

思い切って「あ、あの…ほうれん草って…」と声をかけると、二人がこちらを見た。

忘れていたのだけど、今更ながら君に想像してほしい、わたしの姿を。まず髪の毛はブリーチして、半分ホワイト、半分ブラック。そしてまつげはダイソーで買った白のつけまつげをつけている。鼻ピアスも開けていて、まるで牛さんみたい。極めつけは、眉毛がないこと。最近ぜんぶ嫌になって剃ってしまったのだ。…やばくね?よく考えたら…怖くね?

そんな自分にハッと気づいて、気まずくなる。すると、お友達がずんずん近づいてくる。やばいやばい!と内心なぜか焦るわたし、どちらかというと怖いのはおばあちゃん達の方だろうよ。

「ね、ね、その髪の毛ってやっぱりブリーチしてるの??」

そう言って、わたしの顔を見て微笑むお友達。ほっと、胸を撫で下ろして、嬉しくなる単純なわたし。

「そ、そうなんです!2回ブリーチして」
「え〜やっぱり髪傷むの?」
あ、はい、傷みますねえ、なんて会話をしていると、おばあちゃんが近づいてきてくれた。

「あ、あの!ほうれん草…売り切れ、ですか?」
思い切って聞くと、「あら、もうない?裏から持ってくるわ」とすぐに駆けて行ってくれた。

悪いことしたかな、なんて思っていると、お友達はわたしの顔を今度はじーっと見つめている。体感1時間、汗がたら〜り。

「その、まつげ」
「あ、あ、これ!これ!つけてるんです!」
慌てて言うと、綺麗にメイクをしたお友達は「エクステなのかしら?」と微笑む。このおばあちゃん、美容に詳しいぞ…!

「いや、これつけまつげなんです、しかもダイソーの!」
ええ!見えないわねえ!と二人でひとしきり盛り上がる。

そのうち、両手いっぱいのほうれん草を抱えておばあちゃんが出て来た。「わ〜大盛り!」お友達が手を叩いて笑う。

「冬のほうれん草がいっちばん、美味しいのよ。もりもり食べなさいね」
そう笑うおばあちゃん、なんだか胸がギュッとなる。100円ね、と言われ慌ててお財布からお金を出す。

最後に、勇気を振り絞って言った。 

「お、美味しく食べます!」と。

二人はふふふ、と笑ってくれた。陽だまりに照らされて、わたしたちは幸福だった。あの瞬間だけは、世界を信じられた気がした。そんな、夕方だった。

100円には換えられないものを、両手いっぱい抱えて家に帰った。たくさんのほうれん草、何にしようか。おひたし、シチュー、グラタン…想像してはお腹が減ってくる。ことこと煮込もう、美味しいスープを。おばあちゃんたちの愛とともに。

ひとりでは得られない幸せが、他人と関わることで得られるから。部屋に引きこもる時間があってもいい。でも、思い切って明日は部屋から一歩踏み出そう。きっと、美しい世界が待っているから。

世界は広い、世界は美しい。

出かけよう、飛び出そう。

世界は君を、わたしを、待っているから。

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