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最期まで親孝行できたもの

「もう二度としないって約束したじゃない!」


私の弟が小学生また中学生の時は、かなりの問題児であった。

一人で場所問わず何かしらの問題を起こすこともあれば、同級生をはじめとした友人たちと共謀して、周りにとって良からぬことを企んで実行に移していた。

挙げ句の果てには、親まで学校に呼び出されてしまうことも、しばしばあったのである。

学校から母と弟が二人揃って家に帰ってくる光景を、何回か目の当たりにするたびに、だんだん驚かなくなってしまった。

そうした一連の流れを繰り返すうちに、日常として定着していくのを遠めで見ながらも、一つの情が薄れてしまったのだと思う。


ある日のこと、私が学校から帰ってくると、なにやら誰かの悲痛に満ちた叫び声が、リビングの奥から聞こえてきたのである。

また弟がやらかしたのだろうと思いつつも、なんだかいつもと様子がおかしいと少々気になっていた。ドアを開けてリビングに入ると、目の前には俯きながら正座している弟に、その前で同じく正座しながら泣き喚く母の姿があった。


「なんでまた約束を破ったのよ!」


母は、表で仕出かしてしまった弟に対して、しかめっ面をしながら厳しく怒鳴りつけることがほとんどであった。しかし、この日に限っていつもの怒り方ではないことに、私は驚きを隠せないでいた。

無論、それを聞きつけた父からも、手を上げてしまうほど相当なまでに叱られていた。父は普段から滅多なことで顔色を変えず常に温厚であったが、怒る時は徹底的に怒る人でもあった。

思えばあの叱咤は、一言だけでは表せないぐらい凄まじいものだったと、今でも記憶に鮮明に残っている。



それから、どれくらいの月日が経っただろう。

あの日、東京から急いで実家へと戻ってきた私は、荷物を玄関に下ろすとすぐ様リビングに向かった。

そしてドアを開け放った先には、まるであの時と同じように正座したまま咽び泣く弟がいた。

その先には…よそ半年にわたって病気と闘い、その痛みと苦しみから解放された父の姿もあったのであった。

顔を除く身体全体には白い布団のような布に覆われ、頭を北の方角に向いて仰向けのまま横たわっている。

父は、もう二度とこちらを振り向くだけじゃなく、口を開くことも、目を開けることもない。


振り返れば、面会に行くことができない私の代わりに、弟は父の入院している病院に何度も足を運んでくれていた。

自身の仕事が多忙を極めているにも関わらず、なんとか時間を割いて面会に訪れていたのだった。

これまで父の容態が急変した時も急いで病院に駆けつけ、ただただ見守ることしかできず心の底から張り裂けてしまいそうな母のそばにいて、ずっと支えてくれた。


「ありがとう」

私は静かに弟の隣に正座し、そっと肩に手をおき、泣きじゃくる弟に向けて感謝の意を述べた。


最後までお読みいただきありがとうございました。 またお会いできる日を楽しみにしています!