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家族の港

「今来た人って誰だった?」

「奥のXXX号室の◯◯さんだよ。あの人とはあんまり面識なかったっけ?」

「どうだったっけなぁ。たまに朝帰ってくる時、ゴミ捨て場で通りがかって誰かしら挨拶するんだけど、それ以外で会うことあまりないから」

「なんだかんだで、ここのマンションも知らないうちに、いろんな人が入居してきたんだね」

「そうだな。けど、うちの階はかれこれずっと変わっていないぞ」

「そうなの?私なんて、隣の◯野さんや◯木さんに、あとは◯下さん以外、ほとんど覚えてないよ」

「あら困るなぁ…って言いたいところだが、ツカサは家を出てからどれくらい経ったんだ?」

「たぶん5年ぐらいだと思う」

「もうそんなに経つのか、あっという間だったなぁ」

「それを言うなら、父さんも早いって。ようやく家のローンも終わって、これからだっていう時に…」

「本当にそうだな。ゴールが見えた瞬間に、どうも気が抜けてしまったみたいだ」

「……」

「ところでツカサ、疲れたりしていないか?」

「大丈夫だよ。それに、父さんのあの多忙さと比べたら、私なんてそんな大したことないさ」

「けど昨日だって、東京から高速道路でかっ飛ばして来たんだろ。2、3時間ぐらいだったか?然程離れていない距離といっても、一応は長旅なんだから少しは休まないと」

「うん、そうだね。それに加えて、同じ階の人と話したりするの久々だったから、結構緊張しちゃった」

「だろ?けど明日はもっと緊張するかもしれないぞ…って、俺が言うのも難だけど」

「父さん。明日からは、もう…」

「ああ、わかってるさ」


* * *


父の遺体が葬儀場に移されるまでの間、家には同じマンションの階に住む人をはじめ、親戚ないし友人など多くの方が弔問に訪れていた。

一人一人、雑談を交えては時に涙を流し、父との思い出話に花を咲かせながら、お線香を上げつつ別れを惜しんでいる。


翌日、自宅マンションの外で同じ階の人たちが見守る中、母と棺に入った父を乗せた霊柩車が出発していく。

やがて後ろ姿が見えなくなったところで皆散り散りになると、私は葬儀場に向かう前に、持ち出す荷物を取りに行こうと一人家に戻った。


思えばこの場所がすべての始まりであった。

父が初めて念願の家を購入した場所であり、家族一同が初めて引っ越しした場所である。

それから数十年以上と長い年月をかけて、いくつもの出来事や数えきれない思い出を、じっくりと大事に積み上げてきたのだった。

時に大事にしながら、時に乱暴になったり、良いも悪いも日常として過ぎ去っていった。

そして長く暮らした日々が今、永遠となる。同時に、父は、もう此処に戻ることはない。

かつて帰るべきだった場所に二度と、永遠にー



最後までお読みいただきありがとうございました。 またお会いできる日を楽しみにしています!